Flower Story

心符

文字の大きさ
上 下
9 / 15
第九章

プリムラ

しおりを挟む
初七日が過ぎる頃まで、私は実家(マンションですけど)で父と過ごした。

一番の身内を亡くした寂しさから、誰かと一緒にいたかったのです。


日曜日。

『お、凛花、おはよう。』

『あらら、休みは昼まで寝てるのかと思ったわ。』

そう言いながら、二人分の朝食をテーブルへ運ぶ。

『そのエプロンは・・・』

『お母さんみたいだなんて言わないでよね。これしかないんだから。仕方なくつけてるだけだよ。』

『まだ・・・お母さんのことを許せないのか?』

『あったり前じゃん。私とお父さんを捨てて出て行った人なんか、絶対に許せないわよ。』


とは言ったものの、あのお婆ちゃんのメッセージを見てから、私の中に、「お母さん」がチラついているのは事実でした。

(今頃、どこかで幸せにしているのだろうか?どうして、出て行ってしまったのだろうか?)

私の心は、大きくゆらいでいたのでした。

『凛花・・・。お前にもそろそろ本・・・』

『もういいの!朝からそんな辛気臭い話やめてよね。それより、あの店はどうなるの?』

私は強引に話の筋を折った。

『あ、ああ・・・。とりあえずまだ花がたくさんあるからね。お婆さんの手前、放っとくわけにもいかないから、勤めてたアルバイトの子に頼んで、面倒は見てもらってるよ。いつまでもってわけには、いかないけどね。』

『そう・・・。』


その日の午後、私は葬式の日ぶりに、お婆ちゃんの店を訪ねた。


『こんにちわ。』

『いらっしゃいませ。あっ!凛花さん。』

確か・・・藤咲・・・何とかさん?

葬式の時、一生懸命に手伝ってくれていた、店のアルバイトの男性であった。

『どうも。色々とすいません。』

『い、いえ!とんでもないです。僕はお婆さんに大変お世話になっていましたから。凛花さんのことも、たくさん聞かせてもらいました。また逢えて嬉しいです。』

人なつっこい笑顔。
澄んだ瞳。

私の胸が、「ドキッ」っと強く一打ちした。

『あらためまして、藤咲信也と言います。』

『あっ、これはご丁寧に!(焦;)如月凛花です。・・・知ってましたね・・・ハハ(恥)。』

『どうぞ、座ってください。』

彼は、私をあのカフェへと案内した。


(あ~・・・。懐かしい。でも、もうお婆ちゃんはいないんだ・・・。)

センチになりかけた私の前に、コーヒーが運ばれた。

『清純で無邪気かぁ。。。』

『えっ?』

『あっ、ごめんなさい。お婆さんから、凛花さんはフリージアの花だと聞いていて。どんな人かなぁ・・・と思っていたんです。』

『そんなことまで話してたんですか。』

『はい。こうして、お逢いして、何だか分かった様な気がします。』

『せめて、その「納得」が、イイ結論であることを、心から願うわ。』

『もちろんですよ。思っていた以上に素敵ですよ。ハハハ。』

(ドキッ!)

初対面に近い女性に、こんなにも自然に、「素敵」なんて言える人に、初めて会った。

私は、自分の頬が、赤くなるのを感じた。


『そうそう!大切なことを忘れるところでした。』

彼は、カウンターの裏から、一つの封筒を持ってきた。


『亡くなられる前の晩に、もし、あなたがこの店に来ることがあったら、これを渡してくださいと言われました。』

封筒の表には、

「凛花さんへ」

と書かれ、

花びらで封をされていました。


『少し花の世話をしてきますので、ごゆっくり。』

彼が気を遣ったのがわかった。


ゆっくりと、花びらの封を解く。

周りの花たちが、「ユラッ」っと揺れた気がしました。


~凛花さんへ~

「凛花さん。あなたがまたこの店に来て、この手紙を読まれることを、分かっているからこそ、私は少しためらいました。でも、やはりあなたの為に伝えたいと思います。

あなたには、色々なことを教えましたね。

花の意味や、花の生き方、人の心と花に込めた想い。

私が教えるまでもなく、全部、あなたは自分で分かっていたのですよ。

「心の花」の秘密を、伝えたいと思います。」


私がいつもききたくて、でも何故かきけなかったこと。

知っている様で、分からなかった疑問。

それが分かる瞬間。


「私は小さい頃から、花を通じて、人の心が分かるのです。

その人のことを念じると、あの小さな鉢に、その人の心を咲かせることができたのです。

あなたが生まれた時に、あなたを思うとフリージアの白い花が、お父さんとお母さんが出逢った時、二人を思うと、フクシアの恋の花が咲きました。

私は、この不思議な力で、この店に訪れる、たくさんの人の心を知り、その人たちの人生と交わってきました。」


亡き友を想う百日草。
醜い恨みの弟切草。
正義の花ルドベキア…

全て、お婆さんが咲かせた花だったのです。


「この店には、そういった多くの人の心が咲いているのです。

できることであれば、この店を、いつまでも壊さないで、残してあげてください。

凛花さん。

これは、あなたにしかお願いできないことなのです。

あなたにも、私と同じ力があるのですから。」

いつもお婆ちゃんの花を見ると、色々な感情がわいてきたのを、自分でも不思議には想っていた。

(私にも咲かせられるの・・・?)

「それから、最後に。

あなたが、お母さんを本当は恨んでなんかいないことを、私は知っています。

なぜなら、あの日からも、あなたを想うと、いつもフリージアの真っ白な花が咲きましたからね。

様々な人の悲しみや苦しみに触れた時、私を支えてくれたのは、凛と咲く、あなたの花だったのですよ。

いつまでも、今のままのあなたで、いてください。

どこへ逝っても、あなたのことは、決して忘れません。

私は、あなたを信じています。」



『お婆ちゃん・・・。ほんとうにありがとう。』

涙が止まらなかった。

その私に、いつの間にかいた彼が、そっとハンカチを差し出した。

『店は閉めて来るから、泣いていいよ。』

『藤咲さん…』

私は、彼の胸で、思いっきり泣いたのでした。

何も言わず、そっと優しく抱きとめる彼の胸は、とても温かかった。


やっと、涙が収まって来た頃。


『いらっしゃいました~!!』

勢い良くドアを開け、沙耶花が入って来た。

『げっ!!ま、まずいとこへ来ちゃったかな?ごめん、出直すわ。』

慌てて、彼から離れる。

『沙耶花! 違うの!これはね、そうじゃないの!!』

『はいはい。言い訳はいいから、涙を拭いてよ。全く、まるで昼ドラの世界に来たみたいよ。』

彼がハンカチを差し出したが、あえて近くにあったティッシュで、慌てて涙を拭く。

『あの、ここの店員の藤咲信也です。凛花さんのお友達ですか?』

『あっちゃ~。メッチャタイプ!イイ男じゃん凛花!心配して損したわ。』

『だから、違うって、ごめんなさい藤咲さん、ちょっとあっちへ行ってて!』

優しい笑顔を見せて、彼が店の奥へと行く。

『沙耶花、どうしたの急に?よくここが分かったわね。』

『どうしたの?じゃないでしょ!ずっと休んでるから、心配してお見舞いに行ったのよ。そしたら、家にいないし。ここは、お父さんに教えてもらったのよ。』

『そっか。ごめんごめん。』

『しっかし、参ったなこりゃ・・・。凛花は花が好きだから、私なりに元気っぽい花を見繕って買ってきたのに、まさか、花屋に花を持って現れることになるとはね・・・。ハハ。はいこれ。』

小さな籠いっぱいに、ピンクの可愛い花『プリムラ』が咲いていた。

『沙耶花!!』

私の予想外の大きな声に、彼女の目が倍くらい開いた。

『ありがとう!!グッドタイミングよ。どうして分かったの?』

『はぁ?なに?何なの?・・・そんなに喜んでもらえると、嬉しいを通り越して気持ち悪いわよ。』


『私、大学辞めるわ。』

『え・・・えぇっ!!』


『私、ここで、花屋になる!!』


「プリムラ」は、運命を切り開く花なのです。


『プリムラ』
(英:プリムローズ)
サクラソウ科
原産地:ヨーロッパ
色:ピンク 赤 青 黄
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マロ
恋愛
病弱な女の子美雪の日常のお話です。 ーーーーー 生まれつき病弱体質であり、病院が苦手な主人公 月城美雪(ツキシロ ミユキ) 中学2年生の13歳。喘息と心臓病を患ってい、病院にはかなりお世話になっているが病院はとても苦手。 美雪の双子の兄 月城葵 (ツキシロアオイ) 月城家の長男。クールでいつでも冷静沈着。とてもしっかりしてい、ダメなことはダメと厳しくよく美雪とバトっている。優秀な小児外科医兼小児救急医であるためとても多忙であり、家にいることが少ない。 双子の弟 月城宏(ツキシロヒロ) 月城家の次男。葵同様に医師免許は持っているが、医師は辞めて教員になった。美雪が通う中高一貫の数学の教師である。とても優しく、フレンドリーであり、美雪にとても甘いためお願いは体調に関すること以外はなんでも聞く。お母さんのような。 双子は2人とも勉強面でもとても優秀、スポーツ万能、イケメンのスタイル抜群なので狙っている人もとても多い。 父は医療機器メーカー月城グループの代表兼社長であり、海外を飛び回っている。母は、ドイツの元モデルでありとても美人で美雪の憧れの人である。 四宮 遥斗(シノミヤ ハルト) 美雪の担当医。とても優しく子ども達に限らず、保護者、看護師からとても人気。美雪の兄達と同級生であり、小児外科医をしている。美雪にはとても手をやかされている… 橘 咲(タチバナ サキ) 美雪と同級生の女の子。美雪の親友。とても可愛く、スタイルが良いためとてもモテるが、少し気の強い女の子。双子の姉。 橘 透(タチバナ トオル) 美雪と同級生の男の子。咲の弟。美雪とは幼なじみ。美雪に対して密かに恋心を抱いている。サッカーがとても好きな不器用男子。こちらもかなりモテる

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

桜ヶ丘総合病院

マロ
恋愛
桜ヶ丘総合病院を舞台に小児科の子どもたち、先生達のストーリーをお楽しみください! リクエスト募集してます!

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~

弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。 それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。 そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。 「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」 そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。 彼らの生活は一変する。 ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。

処理中です...