Flower Story

心符

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第九章

プリムラ

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初七日が過ぎる頃まで、私は実家(マンションですけど)で父と過ごした。

一番の身内を亡くした寂しさから、誰かと一緒にいたかったのです。


日曜日。

『お、凛花、おはよう。』

『あらら、休みは昼まで寝てるのかと思ったわ。』

そう言いながら、二人分の朝食をテーブルへ運ぶ。

『そのエプロンは・・・』

『お母さんみたいだなんて言わないでよね。これしかないんだから。仕方なくつけてるだけだよ。』

『まだ・・・お母さんのことを許せないのか?』

『あったり前じゃん。私とお父さんを捨てて出て行った人なんか、絶対に許せないわよ。』


とは言ったものの、あのお婆ちゃんのメッセージを見てから、私の中に、「お母さん」がチラついているのは事実でした。

(今頃、どこかで幸せにしているのだろうか?どうして、出て行ってしまったのだろうか?)

私の心は、大きくゆらいでいたのでした。

『凛花・・・。お前にもそろそろ本・・・』

『もういいの!朝からそんな辛気臭い話やめてよね。それより、あの店はどうなるの?』

私は強引に話の筋を折った。

『あ、ああ・・・。とりあえずまだ花がたくさんあるからね。お婆さんの手前、放っとくわけにもいかないから、勤めてたアルバイトの子に頼んで、面倒は見てもらってるよ。いつまでもってわけには、いかないけどね。』

『そう・・・。』


その日の午後、私は葬式の日ぶりに、お婆ちゃんの店を訪ねた。


『こんにちわ。』

『いらっしゃいませ。あっ!凛花さん。』

確か・・・藤咲・・・何とかさん?

葬式の時、一生懸命に手伝ってくれていた、店のアルバイトの男性であった。

『どうも。色々とすいません。』

『い、いえ!とんでもないです。僕はお婆さんに大変お世話になっていましたから。凛花さんのことも、たくさん聞かせてもらいました。また逢えて嬉しいです。』

人なつっこい笑顔。
澄んだ瞳。

私の胸が、「ドキッ」っと強く一打ちした。

『あらためまして、藤咲信也と言います。』

『あっ、これはご丁寧に!(焦;)如月凛花です。・・・知ってましたね・・・ハハ(恥)。』

『どうぞ、座ってください。』

彼は、私をあのカフェへと案内した。


(あ~・・・。懐かしい。でも、もうお婆ちゃんはいないんだ・・・。)

センチになりかけた私の前に、コーヒーが運ばれた。

『清純で無邪気かぁ。。。』

『えっ?』

『あっ、ごめんなさい。お婆さんから、凛花さんはフリージアの花だと聞いていて。どんな人かなぁ・・・と思っていたんです。』

『そんなことまで話してたんですか。』

『はい。こうして、お逢いして、何だか分かった様な気がします。』

『せめて、その「納得」が、イイ結論であることを、心から願うわ。』

『もちろんですよ。思っていた以上に素敵ですよ。ハハハ。』

(ドキッ!)

初対面に近い女性に、こんなにも自然に、「素敵」なんて言える人に、初めて会った。

私は、自分の頬が、赤くなるのを感じた。


『そうそう!大切なことを忘れるところでした。』

彼は、カウンターの裏から、一つの封筒を持ってきた。


『亡くなられる前の晩に、もし、あなたがこの店に来ることがあったら、これを渡してくださいと言われました。』

封筒の表には、

「凛花さんへ」

と書かれ、

花びらで封をされていました。


『少し花の世話をしてきますので、ごゆっくり。』

彼が気を遣ったのがわかった。


ゆっくりと、花びらの封を解く。

周りの花たちが、「ユラッ」っと揺れた気がしました。


~凛花さんへ~

「凛花さん。あなたがまたこの店に来て、この手紙を読まれることを、分かっているからこそ、私は少しためらいました。でも、やはりあなたの為に伝えたいと思います。

あなたには、色々なことを教えましたね。

花の意味や、花の生き方、人の心と花に込めた想い。

私が教えるまでもなく、全部、あなたは自分で分かっていたのですよ。

「心の花」の秘密を、伝えたいと思います。」


私がいつもききたくて、でも何故かきけなかったこと。

知っている様で、分からなかった疑問。

それが分かる瞬間。


「私は小さい頃から、花を通じて、人の心が分かるのです。

その人のことを念じると、あの小さな鉢に、その人の心を咲かせることができたのです。

あなたが生まれた時に、あなたを思うとフリージアの白い花が、お父さんとお母さんが出逢った時、二人を思うと、フクシアの恋の花が咲きました。

私は、この不思議な力で、この店に訪れる、たくさんの人の心を知り、その人たちの人生と交わってきました。」


亡き友を想う百日草。
醜い恨みの弟切草。
正義の花ルドベキア…

全て、お婆さんが咲かせた花だったのです。


「この店には、そういった多くの人の心が咲いているのです。

できることであれば、この店を、いつまでも壊さないで、残してあげてください。

凛花さん。

これは、あなたにしかお願いできないことなのです。

あなたにも、私と同じ力があるのですから。」

いつもお婆ちゃんの花を見ると、色々な感情がわいてきたのを、自分でも不思議には想っていた。

(私にも咲かせられるの・・・?)

「それから、最後に。

あなたが、お母さんを本当は恨んでなんかいないことを、私は知っています。

なぜなら、あの日からも、あなたを想うと、いつもフリージアの真っ白な花が咲きましたからね。

様々な人の悲しみや苦しみに触れた時、私を支えてくれたのは、凛と咲く、あなたの花だったのですよ。

いつまでも、今のままのあなたで、いてください。

どこへ逝っても、あなたのことは、決して忘れません。

私は、あなたを信じています。」



『お婆ちゃん・・・。ほんとうにありがとう。』

涙が止まらなかった。

その私に、いつの間にかいた彼が、そっとハンカチを差し出した。

『店は閉めて来るから、泣いていいよ。』

『藤咲さん…』

私は、彼の胸で、思いっきり泣いたのでした。

何も言わず、そっと優しく抱きとめる彼の胸は、とても温かかった。


やっと、涙が収まって来た頃。


『いらっしゃいました~!!』

勢い良くドアを開け、沙耶花が入って来た。

『げっ!!ま、まずいとこへ来ちゃったかな?ごめん、出直すわ。』

慌てて、彼から離れる。

『沙耶花! 違うの!これはね、そうじゃないの!!』

『はいはい。言い訳はいいから、涙を拭いてよ。全く、まるで昼ドラの世界に来たみたいよ。』

彼がハンカチを差し出したが、あえて近くにあったティッシュで、慌てて涙を拭く。

『あの、ここの店員の藤咲信也です。凛花さんのお友達ですか?』

『あっちゃ~。メッチャタイプ!イイ男じゃん凛花!心配して損したわ。』

『だから、違うって、ごめんなさい藤咲さん、ちょっとあっちへ行ってて!』

優しい笑顔を見せて、彼が店の奥へと行く。

『沙耶花、どうしたの急に?よくここが分かったわね。』

『どうしたの?じゃないでしょ!ずっと休んでるから、心配してお見舞いに行ったのよ。そしたら、家にいないし。ここは、お父さんに教えてもらったのよ。』

『そっか。ごめんごめん。』

『しっかし、参ったなこりゃ・・・。凛花は花が好きだから、私なりに元気っぽい花を見繕って買ってきたのに、まさか、花屋に花を持って現れることになるとはね・・・。ハハ。はいこれ。』

小さな籠いっぱいに、ピンクの可愛い花『プリムラ』が咲いていた。

『沙耶花!!』

私の予想外の大きな声に、彼女の目が倍くらい開いた。

『ありがとう!!グッドタイミングよ。どうして分かったの?』

『はぁ?なに?何なの?・・・そんなに喜んでもらえると、嬉しいを通り越して気持ち悪いわよ。』


『私、大学辞めるわ。』

『え・・・えぇっ!!』


『私、ここで、花屋になる!!』


「プリムラ」は、運命を切り開く花なのです。


『プリムラ』
(英:プリムローズ)
サクラソウ科
原産地:ヨーロッパ
色:ピンク 赤 青 黄
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