Flower Story

心符

文字の大きさ
上 下
8 / 15
第八章

フリージア

しおりを挟む
葬儀は、小さな花屋の主人だと言うのに、大変盛大なものでした。

改めて、父の凄さに驚かされた。

一方、弔問客の中には、全く知らない人たちも大勢いた。

『凛花・・・あの人たちは誰だ?』

お父さんが不思議に思ってきいた。

『あれはね、きっと花に救われた人たちよ。』

お婆ちゃんの客として、あの小さなカフェに座った人たちであることを、私は知っていた。

彼らは、何度も何度もお礼の言葉を言い、惜しみながら帰って行った。

『もう、あの店もおしまいだね。本当に残念だ。』

そんな言葉を聞き、彼らの涙を見ていると、私にもまた悲しみが込み上げてきた。

(お婆ちゃん。こんなにも大勢の人たちが、集まってくれたよ。凄いねお婆ちゃんは・・・。会いに行けなくて、ごめんね。)

涙がこぼれた。

すると、私の目の前にハンカチが差し出されました。

『あなたは、凛花さんね。』

顔を上げると、綺麗な身なりをした、知らないおばさんが立っていた。

『はい…そうですが。あなたは?』

『私は、あなたのお婆様に命を助けられた者です。』

そう言って、黒いバッグから小さな手帳を取り出すと、中を私に見せたのです。

『こ・・・これは・・・。』

『この花は、かつての私でした。「弟切草」と言って、大変あさはかな例え花です。いえ、決して、この花が悪いのではありません。あの時の私の心の醜さを教えてくれた、大切な花なのです。』

それは、私が始めて怖さを感じた、あの花でした。

『では、あの時の・・・。』

『はい。叶わぬ淫らな恋に狂っていた私は、あの時、彼を殺して、自分も死ぬつもりだったのです。』


あの時の、うつむいた女性と、オトギリソウの記憶がよみがえってきた。

『彼のマンションへ向かう途中、駅から出てきた私は、横断歩道の信号を待っていました。すると、向かいの花屋から、あなたのお婆様が、手招きをしてきたのです。』

話しながら、お婆ちゃんの顔を想い浮かべているのが分かりました。

『招かれるままに、店に入った私の目の前に置かれたのが、この花でした。お婆様は、私の心の全てを知っていました。

「あなたの心はとても純粋です。それ故に周りが見えなくなっています。時には少し自分を騙して見るのも、生きていくためには必要かもしれませんね。自分はとても移り気で、いい加減な人間なんだ、ってね。あなたの恨みや悲しみは、全てこの花に込めて、今日はもうお帰りなさい。あなたの花は、私がここで、ずっと見守ってあげます。いつか、この花をちぎることができる様になったら、もう一度、ここへおいでなさい。」

そう言われて、私はこの花を残して、家へと帰りました。あの時の言葉は、不思議なくらい、今でもはっきり覚えているのです。』

『あの時は、本当に怖かった。でも、今は全然違います。』

『はい。あれから暫くして、私は今の夫と巡り逢い、幸せに暮しているのです。結婚した時、もう一度、あの店を訪ねました。お婆様は約束通り、私の花を育ててくれていました。私は、その花をちぎって、捨てずに押し花にしたのです。人を羨んだり、腹を立てたりした時は、この手帳を開き、自分を戒めてきました。あれからこの花は、私のお守りなのです。』

「弟切草」・・・花言葉の本当の意味が、分かった様な気がした。

『お婆様は、あなたのことを自慢げに話してくれましたよ。「あの子にも「心の花」が分かる。私の自慢の孫です。」ってね。長々とお話してごめんなさいね。では、くれぐれもお元気で。』

そう言って、深く礼をした彼女は、最後に幸せそうな微笑みを見せ、帰って行きました。


『それでは、まことに惜しまれることではございますが、これにて、棺を閉めさせていただきます。』

葬儀場の人が、皆に告げた。

あとは、火葬場へと出棺されて行く。

そう思った時、私はあるものを思い出した。

『お父さん、私一度お婆ちゃんの店へ行ってくるわ。どうしても持たせてあげたいものがあるの。』

止める言葉も聞かずに、私は表へ出て、お父さんの運転手を捕まえた。

『今すぐお願い、花屋まで行って!間に合わなかったらクビよ!!』

不景気の折、使ってはいけない冗談であったかも知れない。

運転手は、本当に必死で飛ばしたのである。


店に着いた。

(お婆ちゃん、ただいま。)

中に入ると、花は変われど、小さなカフェも健在で、あの頃のままの店でした。

お婆ちゃんの部屋や、店中を探したけれど、見つからない。

(もしかして・・・)

奥の温室に行ってみた。

「フクシア」の花は、今も手をつないでいました。

違っていたのは、フクシアの木が、二本に増えていたことでした。

その根元に、探していた小さな鉢はありました。

『ここにいたんだ。』

お婆ちゃんが大事にしていた鉢には、真っ白なフリージアの花が咲いていました。

見ると、葉の付け根に小さな紙が挟んでありました。


「凛花さん。「フリージア」の花言葉は、「清純な心・無邪気な心」です。この花は、あなたが生まれた時に咲いた、あなたの「心の花」なのですよ。自分に正直に、素直なままのあなたでいてください。それから、どうか私を、いえ、「心の花」を信じてくださいね。」

『お婆ちゃん・・・。』

お婆ちゃんの言いたいことは、十分に伝わっていた。

『そうしたいけど・・・まだ、ムリなんだ。ごめんね。お婆ちゃん。』

私は、携帯のカメラで、その鉢植え写した。

『さようなら、お婆ちゃん。』


その後、パトカーに捕まることもなく、無事に火葬場に着いた私は、鉢植えを一緒に燃やし、燃え残って崩れた鉢は、お婆ちゃんと一緒に白い壷へと納めました。


『フリージア』
アヤメ科の多年草
原産地:南アフリカ
花:3~5月
色:白 赤 紅 黄 紫 桃
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マロ
恋愛
病弱な女の子美雪の日常のお話です。 ーーーーー 生まれつき病弱体質であり、病院が苦手な主人公 月城美雪(ツキシロ ミユキ) 中学2年生の13歳。喘息と心臓病を患ってい、病院にはかなりお世話になっているが病院はとても苦手。 美雪の双子の兄 月城葵 (ツキシロアオイ) 月城家の長男。クールでいつでも冷静沈着。とてもしっかりしてい、ダメなことはダメと厳しくよく美雪とバトっている。優秀な小児外科医兼小児救急医であるためとても多忙であり、家にいることが少ない。 双子の弟 月城宏(ツキシロヒロ) 月城家の次男。葵同様に医師免許は持っているが、医師は辞めて教員になった。美雪が通う中高一貫の数学の教師である。とても優しく、フレンドリーであり、美雪にとても甘いためお願いは体調に関すること以外はなんでも聞く。お母さんのような。 双子は2人とも勉強面でもとても優秀、スポーツ万能、イケメンのスタイル抜群なので狙っている人もとても多い。 父は医療機器メーカー月城グループの代表兼社長であり、海外を飛び回っている。母は、ドイツの元モデルでありとても美人で美雪の憧れの人である。 四宮 遥斗(シノミヤ ハルト) 美雪の担当医。とても優しく子ども達に限らず、保護者、看護師からとても人気。美雪の兄達と同級生であり、小児外科医をしている。美雪にはとても手をやかされている… 橘 咲(タチバナ サキ) 美雪と同級生の女の子。美雪の親友。とても可愛く、スタイルが良いためとてもモテるが、少し気の強い女の子。双子の姉。 橘 透(タチバナ トオル) 美雪と同級生の男の子。咲の弟。美雪とは幼なじみ。美雪に対して密かに恋心を抱いている。サッカーがとても好きな不器用男子。こちらもかなりモテる

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

桜ヶ丘総合病院

マロ
恋愛
桜ヶ丘総合病院を舞台に小児科の子どもたち、先生達のストーリーをお楽しみください! リクエスト募集してます!

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~

弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。 それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。 そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。 「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」 そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。 彼らの生活は一変する。 ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。

処理中です...