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第八章
フリージア
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葬儀は、小さな花屋の主人だと言うのに、大変盛大なものでした。
改めて、父の凄さに驚かされた。
一方、弔問客の中には、全く知らない人たちも大勢いた。
『凛花・・・あの人たちは誰だ?』
お父さんが不思議に思ってきいた。
『あれはね、きっと花に救われた人たちよ。』
お婆ちゃんの客として、あの小さなカフェに座った人たちであることを、私は知っていた。
彼らは、何度も何度もお礼の言葉を言い、惜しみながら帰って行った。
『もう、あの店もおしまいだね。本当に残念だ。』
そんな言葉を聞き、彼らの涙を見ていると、私にもまた悲しみが込み上げてきた。
(お婆ちゃん。こんなにも大勢の人たちが、集まってくれたよ。凄いねお婆ちゃんは・・・。会いに行けなくて、ごめんね。)
涙がこぼれた。
すると、私の目の前にハンカチが差し出されました。
『あなたは、凛花さんね。』
顔を上げると、綺麗な身なりをした、知らないおばさんが立っていた。
『はい…そうですが。あなたは?』
『私は、あなたのお婆様に命を助けられた者です。』
そう言って、黒いバッグから小さな手帳を取り出すと、中を私に見せたのです。
『こ・・・これは・・・。』
『この花は、かつての私でした。「弟切草」と言って、大変あさはかな例え花です。いえ、決して、この花が悪いのではありません。あの時の私の心の醜さを教えてくれた、大切な花なのです。』
それは、私が始めて怖さを感じた、あの花でした。
『では、あの時の・・・。』
『はい。叶わぬ淫らな恋に狂っていた私は、あの時、彼を殺して、自分も死ぬつもりだったのです。』
あの時の、うつむいた女性と、オトギリソウの記憶がよみがえってきた。
『彼のマンションへ向かう途中、駅から出てきた私は、横断歩道の信号を待っていました。すると、向かいの花屋から、あなたのお婆様が、手招きをしてきたのです。』
話しながら、お婆ちゃんの顔を想い浮かべているのが分かりました。
『招かれるままに、店に入った私の目の前に置かれたのが、この花でした。お婆様は、私の心の全てを知っていました。
「あなたの心はとても純粋です。それ故に周りが見えなくなっています。時には少し自分を騙して見るのも、生きていくためには必要かもしれませんね。自分はとても移り気で、いい加減な人間なんだ、ってね。あなたの恨みや悲しみは、全てこの花に込めて、今日はもうお帰りなさい。あなたの花は、私がここで、ずっと見守ってあげます。いつか、この花をちぎることができる様になったら、もう一度、ここへおいでなさい。」
そう言われて、私はこの花を残して、家へと帰りました。あの時の言葉は、不思議なくらい、今でもはっきり覚えているのです。』
『あの時は、本当に怖かった。でも、今は全然違います。』
『はい。あれから暫くして、私は今の夫と巡り逢い、幸せに暮しているのです。結婚した時、もう一度、あの店を訪ねました。お婆様は約束通り、私の花を育ててくれていました。私は、その花をちぎって、捨てずに押し花にしたのです。人を羨んだり、腹を立てたりした時は、この手帳を開き、自分を戒めてきました。あれからこの花は、私のお守りなのです。』
「弟切草」・・・花言葉の本当の意味が、分かった様な気がした。
『お婆様は、あなたのことを自慢げに話してくれましたよ。「あの子にも「心の花」が分かる。私の自慢の孫です。」ってね。長々とお話してごめんなさいね。では、くれぐれもお元気で。』
そう言って、深く礼をした彼女は、最後に幸せそうな微笑みを見せ、帰って行きました。
『それでは、まことに惜しまれることではございますが、これにて、棺を閉めさせていただきます。』
葬儀場の人が、皆に告げた。
あとは、火葬場へと出棺されて行く。
そう思った時、私はあるものを思い出した。
『お父さん、私一度お婆ちゃんの店へ行ってくるわ。どうしても持たせてあげたいものがあるの。』
止める言葉も聞かずに、私は表へ出て、お父さんの運転手を捕まえた。
『今すぐお願い、花屋まで行って!間に合わなかったらクビよ!!』
不景気の折、使ってはいけない冗談であったかも知れない。
運転手は、本当に必死で飛ばしたのである。
店に着いた。
(お婆ちゃん、ただいま。)
中に入ると、花は変われど、小さなカフェも健在で、あの頃のままの店でした。
お婆ちゃんの部屋や、店中を探したけれど、見つからない。
(もしかして・・・)
奥の温室に行ってみた。
「フクシア」の花は、今も手をつないでいました。
違っていたのは、フクシアの木が、二本に増えていたことでした。
その根元に、探していた小さな鉢はありました。
『ここにいたんだ。』
お婆ちゃんが大事にしていた鉢には、真っ白なフリージアの花が咲いていました。
見ると、葉の付け根に小さな紙が挟んでありました。
「凛花さん。「フリージア」の花言葉は、「清純な心・無邪気な心」です。この花は、あなたが生まれた時に咲いた、あなたの「心の花」なのですよ。自分に正直に、素直なままのあなたでいてください。それから、どうか私を、いえ、「心の花」を信じてくださいね。」
『お婆ちゃん・・・。』
お婆ちゃんの言いたいことは、十分に伝わっていた。
『そうしたいけど・・・まだ、ムリなんだ。ごめんね。お婆ちゃん。』
私は、携帯のカメラで、その鉢植え写した。
『さようなら、お婆ちゃん。』
その後、パトカーに捕まることもなく、無事に火葬場に着いた私は、鉢植えを一緒に燃やし、燃え残って崩れた鉢は、お婆ちゃんと一緒に白い壷へと納めました。
『フリージア』
アヤメ科の多年草
原産地:南アフリカ
花:3~5月
色:白 赤 紅 黄 紫 桃
改めて、父の凄さに驚かされた。
一方、弔問客の中には、全く知らない人たちも大勢いた。
『凛花・・・あの人たちは誰だ?』
お父さんが不思議に思ってきいた。
『あれはね、きっと花に救われた人たちよ。』
お婆ちゃんの客として、あの小さなカフェに座った人たちであることを、私は知っていた。
彼らは、何度も何度もお礼の言葉を言い、惜しみながら帰って行った。
『もう、あの店もおしまいだね。本当に残念だ。』
そんな言葉を聞き、彼らの涙を見ていると、私にもまた悲しみが込み上げてきた。
(お婆ちゃん。こんなにも大勢の人たちが、集まってくれたよ。凄いねお婆ちゃんは・・・。会いに行けなくて、ごめんね。)
涙がこぼれた。
すると、私の目の前にハンカチが差し出されました。
『あなたは、凛花さんね。』
顔を上げると、綺麗な身なりをした、知らないおばさんが立っていた。
『はい…そうですが。あなたは?』
『私は、あなたのお婆様に命を助けられた者です。』
そう言って、黒いバッグから小さな手帳を取り出すと、中を私に見せたのです。
『こ・・・これは・・・。』
『この花は、かつての私でした。「弟切草」と言って、大変あさはかな例え花です。いえ、決して、この花が悪いのではありません。あの時の私の心の醜さを教えてくれた、大切な花なのです。』
それは、私が始めて怖さを感じた、あの花でした。
『では、あの時の・・・。』
『はい。叶わぬ淫らな恋に狂っていた私は、あの時、彼を殺して、自分も死ぬつもりだったのです。』
あの時の、うつむいた女性と、オトギリソウの記憶がよみがえってきた。
『彼のマンションへ向かう途中、駅から出てきた私は、横断歩道の信号を待っていました。すると、向かいの花屋から、あなたのお婆様が、手招きをしてきたのです。』
話しながら、お婆ちゃんの顔を想い浮かべているのが分かりました。
『招かれるままに、店に入った私の目の前に置かれたのが、この花でした。お婆様は、私の心の全てを知っていました。
「あなたの心はとても純粋です。それ故に周りが見えなくなっています。時には少し自分を騙して見るのも、生きていくためには必要かもしれませんね。自分はとても移り気で、いい加減な人間なんだ、ってね。あなたの恨みや悲しみは、全てこの花に込めて、今日はもうお帰りなさい。あなたの花は、私がここで、ずっと見守ってあげます。いつか、この花をちぎることができる様になったら、もう一度、ここへおいでなさい。」
そう言われて、私はこの花を残して、家へと帰りました。あの時の言葉は、不思議なくらい、今でもはっきり覚えているのです。』
『あの時は、本当に怖かった。でも、今は全然違います。』
『はい。あれから暫くして、私は今の夫と巡り逢い、幸せに暮しているのです。結婚した時、もう一度、あの店を訪ねました。お婆様は約束通り、私の花を育ててくれていました。私は、その花をちぎって、捨てずに押し花にしたのです。人を羨んだり、腹を立てたりした時は、この手帳を開き、自分を戒めてきました。あれからこの花は、私のお守りなのです。』
「弟切草」・・・花言葉の本当の意味が、分かった様な気がした。
『お婆様は、あなたのことを自慢げに話してくれましたよ。「あの子にも「心の花」が分かる。私の自慢の孫です。」ってね。長々とお話してごめんなさいね。では、くれぐれもお元気で。』
そう言って、深く礼をした彼女は、最後に幸せそうな微笑みを見せ、帰って行きました。
『それでは、まことに惜しまれることではございますが、これにて、棺を閉めさせていただきます。』
葬儀場の人が、皆に告げた。
あとは、火葬場へと出棺されて行く。
そう思った時、私はあるものを思い出した。
『お父さん、私一度お婆ちゃんの店へ行ってくるわ。どうしても持たせてあげたいものがあるの。』
止める言葉も聞かずに、私は表へ出て、お父さんの運転手を捕まえた。
『今すぐお願い、花屋まで行って!間に合わなかったらクビよ!!』
不景気の折、使ってはいけない冗談であったかも知れない。
運転手は、本当に必死で飛ばしたのである。
店に着いた。
(お婆ちゃん、ただいま。)
中に入ると、花は変われど、小さなカフェも健在で、あの頃のままの店でした。
お婆ちゃんの部屋や、店中を探したけれど、見つからない。
(もしかして・・・)
奥の温室に行ってみた。
「フクシア」の花は、今も手をつないでいました。
違っていたのは、フクシアの木が、二本に増えていたことでした。
その根元に、探していた小さな鉢はありました。
『ここにいたんだ。』
お婆ちゃんが大事にしていた鉢には、真っ白なフリージアの花が咲いていました。
見ると、葉の付け根に小さな紙が挟んでありました。
「凛花さん。「フリージア」の花言葉は、「清純な心・無邪気な心」です。この花は、あなたが生まれた時に咲いた、あなたの「心の花」なのですよ。自分に正直に、素直なままのあなたでいてください。それから、どうか私を、いえ、「心の花」を信じてくださいね。」
『お婆ちゃん・・・。』
お婆ちゃんの言いたいことは、十分に伝わっていた。
『そうしたいけど・・・まだ、ムリなんだ。ごめんね。お婆ちゃん。』
私は、携帯のカメラで、その鉢植え写した。
『さようなら、お婆ちゃん。』
その後、パトカーに捕まることもなく、無事に火葬場に着いた私は、鉢植えを一緒に燃やし、燃え残って崩れた鉢は、お婆ちゃんと一緒に白い壷へと納めました。
『フリージア』
アヤメ科の多年草
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花:3~5月
色:白 赤 紅 黄 紫 桃
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