ネコの涙

心符

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第五章

瞳との出逢い

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~7年後~


『きったねぇ~!』

『こいつゲロったよ、あはははは!』


蹴られたお腹を押さえてうずくまる。

『何か今日はあっけねぇ~。つまんないから行こ!』


昼休み。校舎の裏で「遊んでいた」彼女たちが立ち去って行く。

暫くして、午後の授業の鐘が鳴った。

ゆっくり、何とか立ち上がる。

彼女の名は、佐藤瞳。中学2年生である。

(お腹、痛い・・・。もう、今日は帰ろう。)

彼女はふらふらと、午後の校庭を出て行った。


(お腹空いたぁ・・・。)

すっかりノラが身についた私は、それでも何とか生き抜いていました。

話していませんでしたが、私はこれでも一応シャムの血を引いており、本当なら、かすかにベージュを浮かべた白い毛並みを光らせ、しなやかな足取りで歩くネコです。

でもその時の私は、痩せ細り、酷く汚れた体には、シャムっ気など程遠い状態でした。


小さな商店街をふらついていると、店頭に焼きたてのパンを並べた店がありました。

(美味しそう・・・。)

3日間、ほとんど食べていなかった私は、気が付いた時には、その一つをくわえていました。

『こらッ!!ノラ猫!』

店員が気付き、大きな声で怒鳴る。

慌てて台から飛び降りた私は、くわえたパンで前が見えなかったことと、弱った足腰のため、着地に失敗して転んでしまいました。

ネコも転びます。

そして、不覚にも、入り口にいた客に取り押さえられてしまったのです。

『このドロボウ猫め!』

「バンッ! バンッ!」

押さえつけられた私は、店員の持っていた雑誌で、殴られ、意識が危うくなりました。

その時です。

『やめてっ!! おじさんやめて!! お願いやめて!』

彼女は、必死で店員の腕にしがみついていました。

『な、なんだ?お前の飼い猫か?』

『そ・・・そうです。許して、おじさん。お金は払うから。お願いします。』

涙を浮かべた彼女を前に、大人がそれ以上続けることはできませんでした。

『分かった分かった。お金なんていいから、泣かないでくれ。』

『おじさん。ありがとう。』

(お嬢さん。ありがとう。)

『しかしお前、学校はどうしたんだ?』

(ヤバ!逃げるよ!!)

彼女の目が、そう言っていました。

「ダッ!!」

二人・・・いえ、一人と一匹は、懸命に走りました。

いっしょに走る彼女がいるだけで、何だか力が沸いてきたのです。

5分ほど走って、私たちは止まりました。誰も追ってはきていませんでした。


『ネコちゃん。もっと上手くやらなきゃダメだよ。アハハ。』

彼女は、私の失敗をずっと見ていたのです。

『ネコちゃん、独り?』

『ニャ。』

『アハハ。応えたの?すごいすごい。』

素敵な笑顔。
私はおもわず見とれていました。

『そんなに見つめないでよぉ。私はヒトミ。ネコちゃんは・・・』

彼女の細い指が、私の汚れたブルーの首輪を探りました。

『名前は書いてないんだ・・・。じゃあねぇ・・・。カズにしよ!今から、ネコちゃんの名前は、「カズ」だからね。』

(とても人間っぽい名で・・・)

そんなことはどうでも良く、私はこの夢の様な展開に、鼓動が高鳴りました。

(私は「カズ」。ヒトミが新しいご主人様。)

こうして、二つ目の名前がついたのでした。

『よろしくね。カズ。』

そう言って、ヒトミは、汚れた私を抱きしめてくれました。

(ヒトミ・・・服が汚れちゃ・・・)

『くっさ~い!』

(そんなにハッキリいわなくてもぉ!)

『あれ?カズ泣いてるの?そんなに嬉しいのかな。ハハハ。変なコ。さて、帰ろ!』

ネコにも嬉し涙はあります。人は気付いていないだけで・・・。

ヒトミと私は、横に並んで歩いて行きました。
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