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18. 隠された真実
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~東京八王子市~
緑豊かな自然に恵まれた日本最大級の墓地。
整然と並ぶ墓石の前で手を合わす。
「やっとここまで辿り着いた。もうすぐ終わるよ。そしたら私も逝くから」
長かった道のり。
しかし、共に生きた時間は、昨日のことの様に思い出される。
いつまでも色褪せない美しい想い出。
輪廻など望みはしない。
今はただ目的を果たすのみ。
~警視庁凶悪犯罪対策本部~
主だったメンバーが集まっていた。
奇跡的に大惨事を回避できたとは言え、まだ脅威は残っている。
箔博凛《ハクフーリン》。
幼い頃から殺し屋に育てられ、中国武術を極め、様々な武器を扱う最強の暗殺者《アサシン》。
「年齢不詳。裏社会の話だから半信半疑だが、幼い頃は日本にいて、運悪く家族を殺人鬼に殺されたらしい。丁度反日運動が勃発した頃の為か、彼女の家族は被害者リストにもあげられず、日本の警察を恨んでいるって噂だ」
一度ラブが狙われてから、T2はずっと彼女を追っていたのである。
闇サイトの賞金リストの上位には、ラブの名前が挙げられていて、今までに何度も襲撃されたが、その圧倒的な強さに、もう彼女を狙う者は少ない。
そう言った中で、闇サイトからの情報が入手できる繋がりも持っていた。
「暗殺者の中では異質な存在でな、アメリカでは依頼もない悪徳刑事を次々と仕留め、とある国からの依頼で、テロリストを壊滅したという噂もある。賞金まで懸けられた、善と悪の狭間で生きる最強の暗殺者が、ヤツだ」
「いったい誰がヤツを飼っているか?だな」
「淳、表現が良くないわよ」
「今回のターゲットは、何れも日本の警察…やはり、復讐でしょうか?」
「紗夜、俺はアイツの目を見た。完全にイっちまってたぜ、ありゃあもう人じゃない」
(…あれ💦?)
「咲さんそこはツッコむところじゃ?」
「ま、まぁいいじゃない💦今のヤツを見たのは、神だけなんだし…ねぇ部長」
「……」
(昔の事件?子供…警察?)
紗夜が穏やかでない富士本の心を読む。
「部長ぉ❗️最近おかしいわよ?」
「あ、あぁ悪い悪い、ちょっと気になってな」
「富士本さん、博凛《フーリン》の事件をまさか、ご存知なのですか?」
昴も富士本の心を疑問視していた。
「いやいや、彼女は知らん」
「しかし……ですね?」紗夜が促す。
「そうだな…アイさんは、警察の極秘ファイルにも入り込めるのかね?」
これには、一同驚いた。
「富士本様、アイとお呼びください。答えは…イエスでございます」
「ぶ、部長!気は確かなの⁉️」
「先日ラブ様にお話しされていた件ですね?」
「そうなんだが、私が調べても何も掴めなくてな。今回の事件で、どうしても気になるんだよ、あの事件が…」
「富士本さん、私たちはチームです。信頼して教えて下さい」
「25年前に、ある連続殺人鬼が逮捕され、警察署内で射殺されたのでございます」
ヴェロニカが代弁する。
「アイのシステムで、警察の資料や極秘ファイルを探りましたが、犯人は逃走をはかり射殺。それ以上の記録は見当たりませんでしたわ。確かに不自然でございます」
「なぜ、今になってそれを?」
紗夜が富士本の核心を突いたのであった。
「遅れてすみません」
世田谷区北沢。
通称下北沢と呼ばれるこの地域は、多種多様なカフェの激戦区といっても過言ではない。
まだオープンしたばかりのカフェ。
その片隅で、ロシアンティーの風味を味わっていたラブ。
「リサさん、こちらこそすみません」
山本リサ。
かつて、あるテレビ番組で、ラブの知られざる素顔を暴こうとした彼女。
そこで見たラブには、一点の曇りもなかった。
ただひたすらに世界の為に、人々の為に命をかけ、真実の愛情と優しさに満ち溢れたヒロインであった。
世論の手前、一時的に表舞台から姿を消したが、ラブの計らいもあり、今や誠実さを認められたメインキャスターとなっていた。
「いいお店ですね。気に入ったわ」
この場所を選んだのはリサであった。
まだ知られていない店であり、彼女の友人の店でもあった。
「かなりのものみたいね、やっぱり」
それなりの理由があっての場所である。
「はい。局の中では危険なので諦め、訳ありの先輩を頼って、やっと見つけました」
「柳沢さんね」
「ご存知でしたか!」
「リサさんの師匠でしょう。危険も顧《かえり》みず、無謀な領域に踏み込むところは、同じね」
「アハッ。褒め…られてるの…かな?でも、本当にこれは…重たいです」
鋭い眼光でラブの目を見る。
「あの柳沢先生が、業界から消された原因でした。さすがに25年も経った今、この事件が表に出るなんて、考えるのは当事者くらいなものです」
そうゆうモノなのである。
「警察の記録からは抹消された事実。彼女が現れなければ、私も気付くはずのなかったもの」
ラブはその違和感に気付いていた。
初めて会った合同対策会議で。
「とにかく、ここに全てが」
メモリーチップを受け取るラブ。
「店を出たら、私は全て忘れます。あとはラブさんに任せて」
「本当にありがとう。必ずお礼はします」
「じゃあ…24時間密着レポでも?」
「いいわ。覚悟しといてね!」
裏口から、リサが出て行く。
(さてと…決着を付けるか!)
店の宣伝用の写真に協力し、戦場へ向かうラブであった。
再び対策本部。
「当時、私の先輩が熱いヤツでな。その事件を調べていたんだが、なぜか公安に捕まり、それっきり行方不明に」
「なんだそりゃ?ヤクザより怖ぇな」
盗聴不可能な専用通信が入る。
「ラブです。ある筋から、全てを受け取りました。アイ、念のためスキャンを」
T2がカメラで部屋中を映す。
次いで、富士本、咲、紗夜、淳一、昴、神を映した。
「気持ち悪ぅ」
淳一がボヤく。
「オールクリアですラブ様」
昴がブラインドを下ろす。
メインモニターに、記事の原稿が映った。
「これは、ある記者が書いたものです。残念ながら、表には出されませんでしたが」
『連続殺人鬼、湾岸署内で射殺』
見出しだけで、驚く一同。
「湾岸署って…」
『湾岸署に留置された犯人が、警察官を殺害し、脱獄。居合わせた婦警、桐生雅子を人質に取り、逃走を図るも、警察は人質もろとも犯人を射殺』
「刑事が婦警を撃ち殺したってぇのか⁉️」
「そんなことは、どこにも…」
「紗夜、そんな事実を公開できる訳はない」
「隠ぺいってことね。逮捕した連続殺人鬼を、まさか逃したなんて失態は許されない」
拳を握りしめる咲。
「かと言って、仲間を撃ち殺してまで守らなきゃいけねぇってのか⁉️ありえねぇ」
「難しい局面でございますわね。皆様、もし同じ状況で、例えば紗夜さんが人質に取られたとします。連続殺人鬼が逃げたら、また何人もの無関係な人の命が奪われることになるでしょう。皆様は果たしてどうするのでございましょうか?」
答えようとはすれど、言葉が出ない。
「私が人質にされたとしたら、私ごと撃つ様に言います。その覚悟はありますから」
「紗夜さん。今のあなたなら、きっと迷わずにそうするでしょう」
ラブが含みのある言葉で割り込む。
「でももし、あなたに愛する夫と…小さな子供がいたとしても、死ねますか?」
「こ…子供が?…」
紗夜の意思が揺らぐ。
「彼女には、小学生の女の子がいました。今日、かつての担任であったその先生に会って、話を聞きました。小学校は湾岸署のすぐ近く。事件が起きたのは丁度下校する頃。少女はいつも署に寄り、母親と一緒に帰っていたとのことです」
「まさか、現場にその子が⁉️」
「はい、咲さん。間違いなくいたと思います」
「…母親が、撃たれて死ぬのを…見た」
崩れて座り込む紗夜。
「その記者の調べでは、発泡したのは6、7人。至近距離からの銃弾で、犯人はボロボロであったと。つまり彼女も。娘は怖くて逃げたのだと思います。だから誰もそれを知らなかった。そして桐生雅子の死因は、犯人による頸動脈切断からの出血死と発表されました」
記事の原稿がモニターに映る。
「そんな!どう考えても射殺でしょ⁉️」
紗夜が珍しく熱《いき》り立つ。
「当時の検視官はもう亡くなっていましたが、犯人が撃たれる寸前か、瞬間に切ったのは確かだと、彼の記事には書かれています」
「この記事は?」
納得できない紗夜。
「世に出ることは無かった…」
富士本が力なく呟く。
「そして、いつしか彼女の殉職の事実さえも、記録から抹消されてしまったんだ」
「殉職した彼女の夫も警察官でしたが、その後転勤になり、転勤先は誰も明かしはしなかった様です。検索しましたが、見つかりませんでした」
警察上層部が隠ぺいした事実。
消された記録は、元には戻らない。
警察組織にいる彼らには、今更どうすることもできないことは、分かっている。
ただ、歯痒さと少女への憐れみに、堪えきれない怒りが湧きあがっていた。
重苦しい空気が漂う中、富士本の疑問に昴が気がついた。
「そう言えば…この前、鑑識の塚田さんが、安斎博士のことを…桐生って呼んでましたよね。結婚して安斎に改名し、離婚した今もそれで通してるって」
うつむいていた富士本が顔を上げる。
「ただの同性でしょ?彼女は今回の事件で、あんなに警察に協力してくれてるじゃない」
「逆に言えば、警察の情報を全て把握できてるってことにもなるぜ。敵を知るなら懐に入るのが一番手っ取り早いからな」
「神、ヤクザの世界じゃないのよ~。第一、あのプロジェクトがなきゃ入れないし、更に彼女が選ばれるなんて偶然はあり得ないでしょう」
もっともな話である。
「安斎裕子、旧姓は桐生裕子。母親は、桐生雅子、元警察官で25年前に死去」
ラブの声がその偶然を、必然に導き始める。
「マジかよ❗️」
驚いたのは淳一だけではない。
「さっき彼女が勤めている大学に行ったけど、この数日は無断欠勤してました。あまり社交的ではなく、親しい友人は居なかった様です」
~東京都目黒区~
車を走らせながら、本部と会話するラブ。
「父親も警察官で、名前は桐生重久」
(⁉️…まさか…)
富士本が驚くのも無理はない。
その驚きを紗夜と昴は感じ取る。
「妻の雅子が殉職して、すぐに本庁へ栄転し、その時に改名しています」
「栄転?上層部の配慮…いや、口止めか?」
ボヤく淳一。
「本庁…重久って…まさか?」
紗夜が気が付いた。
「高松重久警視総監。安斎と彼は親子です」
「そ、そんなことって⁉️」
「なんだって⁉️」
「マジか❗️」
「これは今朝、監視衛星から撮影しました」
メインモニターに、墓地に参る男性が映る。
手を合わせて、最後に一度、天を仰いだ。
「高松警視総監❗️」
それは紛れもなく、彼であった。
「八王子にあるこの墓地に、桐生雅子さんが眠っています。恐らく…最後の報告でしょう」
「最後って、どういうことなのよ?」
「なるほどな」
記事を読み返していた神。
「今日は彼女の命日だからです」
ラブが車を止めた。
「咲さん、大至急私のいるところへ、鑑識と警察を回してください。クソッ!」
ハンドルを叩く音が聞こえた。
車は車庫にあるが、人の心音は感じない。
斬られた窓ガラスは、箔博凛の足跡を示す。
「間に合いませんでした。ここは安斎の家です。彼女は、ここで荒木士郎と緑川洋子をシリアルキラーにして放った。恐らくその素質がある囚人に目を付け、高松が出所を早め、誰かを雇いって誘拐したものと思います。あれは、ただの実験台にすぎなかった」
窓を見つめるラブの脳裏に、一度刃を交えた博林《フーリン》のイメージが甦っていた。
緑豊かな自然に恵まれた日本最大級の墓地。
整然と並ぶ墓石の前で手を合わす。
「やっとここまで辿り着いた。もうすぐ終わるよ。そしたら私も逝くから」
長かった道のり。
しかし、共に生きた時間は、昨日のことの様に思い出される。
いつまでも色褪せない美しい想い出。
輪廻など望みはしない。
今はただ目的を果たすのみ。
~警視庁凶悪犯罪対策本部~
主だったメンバーが集まっていた。
奇跡的に大惨事を回避できたとは言え、まだ脅威は残っている。
箔博凛《ハクフーリン》。
幼い頃から殺し屋に育てられ、中国武術を極め、様々な武器を扱う最強の暗殺者《アサシン》。
「年齢不詳。裏社会の話だから半信半疑だが、幼い頃は日本にいて、運悪く家族を殺人鬼に殺されたらしい。丁度反日運動が勃発した頃の為か、彼女の家族は被害者リストにもあげられず、日本の警察を恨んでいるって噂だ」
一度ラブが狙われてから、T2はずっと彼女を追っていたのである。
闇サイトの賞金リストの上位には、ラブの名前が挙げられていて、今までに何度も襲撃されたが、その圧倒的な強さに、もう彼女を狙う者は少ない。
そう言った中で、闇サイトからの情報が入手できる繋がりも持っていた。
「暗殺者の中では異質な存在でな、アメリカでは依頼もない悪徳刑事を次々と仕留め、とある国からの依頼で、テロリストを壊滅したという噂もある。賞金まで懸けられた、善と悪の狭間で生きる最強の暗殺者が、ヤツだ」
「いったい誰がヤツを飼っているか?だな」
「淳、表現が良くないわよ」
「今回のターゲットは、何れも日本の警察…やはり、復讐でしょうか?」
「紗夜、俺はアイツの目を見た。完全にイっちまってたぜ、ありゃあもう人じゃない」
(…あれ💦?)
「咲さんそこはツッコむところじゃ?」
「ま、まぁいいじゃない💦今のヤツを見たのは、神だけなんだし…ねぇ部長」
「……」
(昔の事件?子供…警察?)
紗夜が穏やかでない富士本の心を読む。
「部長ぉ❗️最近おかしいわよ?」
「あ、あぁ悪い悪い、ちょっと気になってな」
「富士本さん、博凛《フーリン》の事件をまさか、ご存知なのですか?」
昴も富士本の心を疑問視していた。
「いやいや、彼女は知らん」
「しかし……ですね?」紗夜が促す。
「そうだな…アイさんは、警察の極秘ファイルにも入り込めるのかね?」
これには、一同驚いた。
「富士本様、アイとお呼びください。答えは…イエスでございます」
「ぶ、部長!気は確かなの⁉️」
「先日ラブ様にお話しされていた件ですね?」
「そうなんだが、私が調べても何も掴めなくてな。今回の事件で、どうしても気になるんだよ、あの事件が…」
「富士本さん、私たちはチームです。信頼して教えて下さい」
「25年前に、ある連続殺人鬼が逮捕され、警察署内で射殺されたのでございます」
ヴェロニカが代弁する。
「アイのシステムで、警察の資料や極秘ファイルを探りましたが、犯人は逃走をはかり射殺。それ以上の記録は見当たりませんでしたわ。確かに不自然でございます」
「なぜ、今になってそれを?」
紗夜が富士本の核心を突いたのであった。
「遅れてすみません」
世田谷区北沢。
通称下北沢と呼ばれるこの地域は、多種多様なカフェの激戦区といっても過言ではない。
まだオープンしたばかりのカフェ。
その片隅で、ロシアンティーの風味を味わっていたラブ。
「リサさん、こちらこそすみません」
山本リサ。
かつて、あるテレビ番組で、ラブの知られざる素顔を暴こうとした彼女。
そこで見たラブには、一点の曇りもなかった。
ただひたすらに世界の為に、人々の為に命をかけ、真実の愛情と優しさに満ち溢れたヒロインであった。
世論の手前、一時的に表舞台から姿を消したが、ラブの計らいもあり、今や誠実さを認められたメインキャスターとなっていた。
「いいお店ですね。気に入ったわ」
この場所を選んだのはリサであった。
まだ知られていない店であり、彼女の友人の店でもあった。
「かなりのものみたいね、やっぱり」
それなりの理由があっての場所である。
「はい。局の中では危険なので諦め、訳ありの先輩を頼って、やっと見つけました」
「柳沢さんね」
「ご存知でしたか!」
「リサさんの師匠でしょう。危険も顧《かえり》みず、無謀な領域に踏み込むところは、同じね」
「アハッ。褒め…られてるの…かな?でも、本当にこれは…重たいです」
鋭い眼光でラブの目を見る。
「あの柳沢先生が、業界から消された原因でした。さすがに25年も経った今、この事件が表に出るなんて、考えるのは当事者くらいなものです」
そうゆうモノなのである。
「警察の記録からは抹消された事実。彼女が現れなければ、私も気付くはずのなかったもの」
ラブはその違和感に気付いていた。
初めて会った合同対策会議で。
「とにかく、ここに全てが」
メモリーチップを受け取るラブ。
「店を出たら、私は全て忘れます。あとはラブさんに任せて」
「本当にありがとう。必ずお礼はします」
「じゃあ…24時間密着レポでも?」
「いいわ。覚悟しといてね!」
裏口から、リサが出て行く。
(さてと…決着を付けるか!)
店の宣伝用の写真に協力し、戦場へ向かうラブであった。
再び対策本部。
「当時、私の先輩が熱いヤツでな。その事件を調べていたんだが、なぜか公安に捕まり、それっきり行方不明に」
「なんだそりゃ?ヤクザより怖ぇな」
盗聴不可能な専用通信が入る。
「ラブです。ある筋から、全てを受け取りました。アイ、念のためスキャンを」
T2がカメラで部屋中を映す。
次いで、富士本、咲、紗夜、淳一、昴、神を映した。
「気持ち悪ぅ」
淳一がボヤく。
「オールクリアですラブ様」
昴がブラインドを下ろす。
メインモニターに、記事の原稿が映った。
「これは、ある記者が書いたものです。残念ながら、表には出されませんでしたが」
『連続殺人鬼、湾岸署内で射殺』
見出しだけで、驚く一同。
「湾岸署って…」
『湾岸署に留置された犯人が、警察官を殺害し、脱獄。居合わせた婦警、桐生雅子を人質に取り、逃走を図るも、警察は人質もろとも犯人を射殺』
「刑事が婦警を撃ち殺したってぇのか⁉️」
「そんなことは、どこにも…」
「紗夜、そんな事実を公開できる訳はない」
「隠ぺいってことね。逮捕した連続殺人鬼を、まさか逃したなんて失態は許されない」
拳を握りしめる咲。
「かと言って、仲間を撃ち殺してまで守らなきゃいけねぇってのか⁉️ありえねぇ」
「難しい局面でございますわね。皆様、もし同じ状況で、例えば紗夜さんが人質に取られたとします。連続殺人鬼が逃げたら、また何人もの無関係な人の命が奪われることになるでしょう。皆様は果たしてどうするのでございましょうか?」
答えようとはすれど、言葉が出ない。
「私が人質にされたとしたら、私ごと撃つ様に言います。その覚悟はありますから」
「紗夜さん。今のあなたなら、きっと迷わずにそうするでしょう」
ラブが含みのある言葉で割り込む。
「でももし、あなたに愛する夫と…小さな子供がいたとしても、死ねますか?」
「こ…子供が?…」
紗夜の意思が揺らぐ。
「彼女には、小学生の女の子がいました。今日、かつての担任であったその先生に会って、話を聞きました。小学校は湾岸署のすぐ近く。事件が起きたのは丁度下校する頃。少女はいつも署に寄り、母親と一緒に帰っていたとのことです」
「まさか、現場にその子が⁉️」
「はい、咲さん。間違いなくいたと思います」
「…母親が、撃たれて死ぬのを…見た」
崩れて座り込む紗夜。
「その記者の調べでは、発泡したのは6、7人。至近距離からの銃弾で、犯人はボロボロであったと。つまり彼女も。娘は怖くて逃げたのだと思います。だから誰もそれを知らなかった。そして桐生雅子の死因は、犯人による頸動脈切断からの出血死と発表されました」
記事の原稿がモニターに映る。
「そんな!どう考えても射殺でしょ⁉️」
紗夜が珍しく熱《いき》り立つ。
「当時の検視官はもう亡くなっていましたが、犯人が撃たれる寸前か、瞬間に切ったのは確かだと、彼の記事には書かれています」
「この記事は?」
納得できない紗夜。
「世に出ることは無かった…」
富士本が力なく呟く。
「そして、いつしか彼女の殉職の事実さえも、記録から抹消されてしまったんだ」
「殉職した彼女の夫も警察官でしたが、その後転勤になり、転勤先は誰も明かしはしなかった様です。検索しましたが、見つかりませんでした」
警察上層部が隠ぺいした事実。
消された記録は、元には戻らない。
警察組織にいる彼らには、今更どうすることもできないことは、分かっている。
ただ、歯痒さと少女への憐れみに、堪えきれない怒りが湧きあがっていた。
重苦しい空気が漂う中、富士本の疑問に昴が気がついた。
「そう言えば…この前、鑑識の塚田さんが、安斎博士のことを…桐生って呼んでましたよね。結婚して安斎に改名し、離婚した今もそれで通してるって」
うつむいていた富士本が顔を上げる。
「ただの同性でしょ?彼女は今回の事件で、あんなに警察に協力してくれてるじゃない」
「逆に言えば、警察の情報を全て把握できてるってことにもなるぜ。敵を知るなら懐に入るのが一番手っ取り早いからな」
「神、ヤクザの世界じゃないのよ~。第一、あのプロジェクトがなきゃ入れないし、更に彼女が選ばれるなんて偶然はあり得ないでしょう」
もっともな話である。
「安斎裕子、旧姓は桐生裕子。母親は、桐生雅子、元警察官で25年前に死去」
ラブの声がその偶然を、必然に導き始める。
「マジかよ❗️」
驚いたのは淳一だけではない。
「さっき彼女が勤めている大学に行ったけど、この数日は無断欠勤してました。あまり社交的ではなく、親しい友人は居なかった様です」
~東京都目黒区~
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「父親も警察官で、名前は桐生重久」
(⁉️…まさか…)
富士本が驚くのも無理はない。
その驚きを紗夜と昴は感じ取る。
「妻の雅子が殉職して、すぐに本庁へ栄転し、その時に改名しています」
「栄転?上層部の配慮…いや、口止めか?」
ボヤく淳一。
「本庁…重久って…まさか?」
紗夜が気が付いた。
「高松重久警視総監。安斎と彼は親子です」
「そ、そんなことって⁉️」
「なんだって⁉️」
「マジか❗️」
「これは今朝、監視衛星から撮影しました」
メインモニターに、墓地に参る男性が映る。
手を合わせて、最後に一度、天を仰いだ。
「高松警視総監❗️」
それは紛れもなく、彼であった。
「八王子にあるこの墓地に、桐生雅子さんが眠っています。恐らく…最後の報告でしょう」
「最後って、どういうことなのよ?」
「なるほどな」
記事を読み返していた神。
「今日は彼女の命日だからです」
ラブが車を止めた。
「咲さん、大至急私のいるところへ、鑑識と警察を回してください。クソッ!」
ハンドルを叩く音が聞こえた。
車は車庫にあるが、人の心音は感じない。
斬られた窓ガラスは、箔博凛の足跡を示す。
「間に合いませんでした。ここは安斎の家です。彼女は、ここで荒木士郎と緑川洋子をシリアルキラーにして放った。恐らくその素質がある囚人に目を付け、高松が出所を早め、誰かを雇いって誘拐したものと思います。あれは、ただの実験台にすぎなかった」
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