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14. 輪廻の誤算
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~東京港区湾岸署~
警視庁史上初めての襲撃事件。
警視庁や世間への衝撃は大きく、現場は騒然さを極めていた。
「部長、全員鋭利な刃物、恐らくは刀剣により殺害されています。誰も一発の反撃をする間もなくです。完全にプロによる犯行ですね…」
動揺を隠せない紗夜の報告に、富士本は返す言葉がない。
ラブは、念のためT2を護衛に送っていた。
「あっと言う間の惨事だな、こりゃ」
入念に切り口などを確認するT2。
「ひでぇことしやがる。生き残りは、休暇の一人だけとは…」
その時、何かの物音がした。
「ん?…もしかして!」
留置部屋の一番奥に、一人の生存者がいた。
恐怖に膝を抱えて震えている。
「部長、目撃者が一人いました。昼間っから泥酔して喧嘩した様で、留置されてて助かってます。犯人が檻の前に立ってた様なんですが、危害は加えず、サングラスとマスクで顔は分からないとのこと。ただ、多分ロシア語の様な言葉を呟いたって言ってますが、どうですかねぇ」
「淳、後は鑑識に任せて、紗夜と新宿の応援へ行ってくれ」
『第14号:連続死体解体遺棄事件』
もともと、淳一が担当していた事件である。
新宿にいると言う咲の勘。
そして安斎から得た分析から、2箇所に的を絞り、咲と昴が率いる私服刑事達が、張り込みについていた。
その頃ラブは、ヴェロニカと二人で、首狩り族の店にいた。
「結構どの店も本格的でごさいますわね」
考古学や民俗学が専門の彼女が言うなら、そうなのであろう。
「すみません、店長さんはいますか?」
話しかけられたバイトの店員が、ラブに気付いて驚き焦る。
(何で私はサングラスとマスクで、簡単にバレちゃうのかなぁ…)
心でボヤきながら、サインを惜しまない。
ツーショットもサービスする芸能人。
「こ、こちらへどうぞ💦」
店は意外に奥が深く、その奥に高齢の女性が、竹か何かで編んだ椅子に腰掛けていた。
(無意識…でも眠ってはいない)
「あの子は、可哀そうな子なんです」
まるで心を覗いたのが、分かった様なタイミングで、不意に語り始めた。
目は閉じたまま、動くことも無く。
しかし、確実にその意識はラブに向いていた。
「どうぞ」
バイトの彼が椅子を出してくれる。
軽く会釈して座るラブ。
今は声を発してはいけない。
いや、その必要すらないと悟った。
「若い頃は…海外の古い文化に興味があって、世界中を旅しては、民芸品や古いモノを集めて、商売をしておりました」
この話の重要性をラブは感じた。
「人の欲と若さというものは、時に…取り返しのつかない過ちへの誘惑に、身を投じる愚かさを、勇気と想い違えてしまうのです」
(悔いては…いない。でも、なんて哀しみ…)
「南米の奥地から、祀り讃えられていた小さな象徴を持ち帰ってしまったのです」
うつむいた彼女の瞳が、薄ら開いていた。
「それが、貴女の瞳を奪った…」
分かっていたかの様に微かに頬笑む。
「そんな私のもとに、あの子が現れたのです」
「溝口…清」
肯定も否定もない。
あるのは深い哀しみと憐れみの深淵《しんえん》。
「あの子は、父親を超えるモノを作る。その強い執念だけで生きておりました。あの時既に、あの子の彫り物は、父親にはないモノを持っていることも知らずに」
そばの引き出しから、小さな木彫りの亀を取り出し、差し出した。
手にとるラブ。
(ぁ…なんて…あたたかい…)
「これは貴女のために彼が…」
「こんな盲《めしい》た私に、長く生きよと。そして、私の背負うた闇を…受け取ったのです」
「それから彼は…変わったのですね?」
「あの時、私は初めて真の恐怖というものを、そしてそれを導いた私の罪を知りました」
彼女の中の贖罪の念が、魂塊の闇に飲み込まれて行くのを感じた。
「やはり、貴女には見えておるのでしょう。私の懺悔と彼に巣喰った悪魔が…」
(グッ❗️)
瞬間、彼女の心の闇を通して、人骨に囲まれた凶悪で強力な波念がラブを襲った。
「ほぉ…弾き返せましたかッ❗️」
色の無い瞳が見開かれていた。
「その瞳も、彼の作りモノ!」
「私は、彼とアレを引き合わす為に使われた…ただの道具にすぎなかったのです」
(このままでは…早く止めないと!)
「失礼します」
それだけで十分だった。
亀の彫り物を見つめる彼女が…微笑んでいた。
店先の白く小さな動物の彫り物に気付く。
(さっきは無かった!)
「ヴェロニカ!」
彼女は向かいにある、インカ帝国の店に夢中であった。
「君!これは誰が?」
「あ、またか。少し前から、気がつくとあるんです。クオリティ高いから、ネットで紹介したら大人気で!」
「ネット販売なら買い主は分かるわよね、データをここに、送ってちょうだい❗️」
周りの監視カメラを確かめるラブ。
「富士本さん、警官を送って、この店が映っている監視カメラの記録を、あるだけ回収してください!」
「わ…分かったが、どうした?」
「溝口は、捕まる前から悪魔的な力をその身に宿していた。シリアルキラー、エド・ゲインが輪廻したのではなく、彼自身が呼び込んだんです。より強いモノを作るために!」
「そんなことが?」
「あの骨の彫り物を回収しないと、とんでもないことになります。彼の本当の目的はそこだったんです❗️」
電話を切り、イヤホン型通信機を入れる。
「咲さん、紗夜さん、淳さん、昴さん、良く聞いて私を信じて!」
「いきなりどうしたのよ、ラブ?」
「彼は必ず現れます。でも、絶対に殺しちゃいけない❗️生きて捕まえてください」
「あんなヤツ、死んで当然だぜ!」
「でもダメ、彼を殺したら、もっと死人がでる。私を信じて!」
「分かったわ。みんな聞こえたわね!」
推測ではあった。
しかし、あの凄まじい殺意の衝撃を受けたラブは、父親を遥かに超えたモノの正体を、確信していたのであった。
そして…夜を迎えた。
飛鳥神の携帯が鳴る。
「どうしたぁ、紗夜さん」
「ラブから、アイツを殺すなと言われました。あなたの勘が正しかった様です」
あの少女から貰った彫り物。
手にした瞬間に人骨であることが分かった神。
そして、それがもつ凶々《まがまが》しいモノ。
修羅の道を歩んで来た彼には、ソレが持つ悪意を超えた脅威を感じ取り、全てを回収したのであった。
そのことを、紗夜に伝えていたのである。
「ヤツが来るんだな。任せろ、怪異と修羅、どちらの悪道が上か?おもしれぇ」
「お願いします。私達警察では、殺さずに彼を抑え切るのは難しい…その間に何人が犠牲になるか」
「ラブのご推薦ってことか!」
「はい。彼女は今、もう一人のシリアルキラーを捕らえに行きました…」
『第15号:老人施設連続不審死事件』
容疑者、緑川洋子。
豊川は、チェスボードキラーの死体を念入りに調べ、髪に隠れたその首の上部に、僅かな傷を見つけた。
そこには、小さな装置が埋め込まれていて、TERRAの技術部門で調べたところ、微小な電波などを受信し、発信するものと分かった。
医療機関の研究員によれば、埋め込まれていた位置は、脳波が集中する部位に近く、何者かが、シリアルキラーのデータを入手し、同時に監視していたものと考えられたのである。
あの廃ビルを、アイを通じて監視衛星から熱源探査した時、捜査員と10人の患者しか、人は居なかった。
しかし、映像を見直すと、フロアの隅に小さな熱源が見つかり、調べるとガスコンロであることが分かったのである。
あの時の嫌な匂いを思い出し、見落とした自分が悔しかった。
(アイ、信号は?)
(今動き出しました)
ラブのバイクが、中央区の総合病院に着いた。
(アイ、3D解析)
ラブの視界と衛星からの信号の距離から、微妙な高さを割り出す。
(5階です)
受付に駆け込むラブ。
「ラ、ラブさん!」
「5階のこの部屋に、大至急警備員を❗️」
「な、なんですか?」
「早く❗️また患者が死ぬわよ❗️」
事前にこの一週間で、空いている病床数が異常に増えていることを確認していた。
病院のエレベーターは遅い。
階段を駆け上がるラブ。
5階に着いた時、ちょうどその警備員と会う。
「何号室?」
「516号室です」
ラブに驚きながらも、咄嗟に答える警備員。
「だ、誰か❗️助けて❗️」
先に駆けつけていた若い看護師が、転がる様に部屋からでて来た。
「大丈夫ですか?」
警備員が抱き起す。
意識なし、真っ青な顔、血管の異常な張り。
チアノーゼ状態が続いた末期である。
手遅れと判断したラブが中へ入る。
窓側のベッドサイドに緑川がいた。
顔に巻いていた包帯は外れ、半面重度の火傷が、その狂気を際立たせている。
「Yoko Midorikawa, it's over.」
『緑川洋子、もう終わりよ』
目の色が本来の黒から、薄茶色に変わっているのを見て、カリフォルニア州のヘルスケアキラーと判断したラブ。
「I haven't killed it yet.」
『まだ殺し足りない』
「I will not forgive any more murders❗️」
『これ以上の殺人は許さない❗️』
「Everyone I'll send you to heaven.」
『みんな私が天国に送ってやる』
快楽に酔いしれた殺人鬼が微笑む。
注射器は、既に老人の首に刺さっていた。
人押しすれば、あの看護師と同じ最期となる。
「You are a fake after all. No matter how many people you kill, you're just a madman. You can't be a monster!」
『結局、お前はニセモノ。何人殺しても、ただの狂人でしかない。お前はモンスターになれない!』
「Shut up❗️」
その怒りが、僅かな隙を作った。
腰のベルトに差した銃を抜き撃つまで0.3秒。
放った弾丸が注射器を粉砕し、腹部に命中。
ダメージを感じないのは分かっていた。
間髪いれずにラブが跳ぶ。
「Fall into hell ❗️」
『地獄に堕ちろ❗️』
「ガハッ!」
全体重を乗せた蹴りが、胸元を直撃。
「ガシャン!!」
踵が突き刺さったまま、窓ガラスを突き破り、2人が屋外へ出る。
瞬間、ラブの右手は窓枠を掴んでいた。
見下ろす地面に、無惨に果てた殺人鬼。
見開いたままの目は、本来の黒い瞳を…取り戻していた。
後に、廃ビルからの10人が入院してから、24人の不審死あったことが分かったのである。
~東京都港区~
その日、桐生雅子《きりゅうまさこ》は、初めて殺人鬼と呼ばれるモノを知った。
連続殺人の容疑で逮捕された彼はまだ若く、痩せた体には凶悪なイメージは全く無かった。
本庁へ移されるまでの間、留置された彼。
女性の彼女は彼の世話役を担った。
刑事課の中は、指名手配犯を逮捕したことで、歓喜の雰囲気に湧いていた。
彼へ飲み物を届ける。
檻を見張る新人警官が受け取り、隙間から差し入れた瞬間であった。
檻の隅で膝を抱え、うつむいた彼への油断。
ほんの一跳びで新人警官のもとへ。
差し出した腕を掴み、引き寄せたかと思うと、口の中に隠し持っていた、剃刀《カミソリ》の刃で喉を切り裂いた。
(そんな…!)
「誰か!誰か来てください!」
信じられない光景に戸惑い、混乱し、反応が遅れた。
奥に位置する留置場からは、騒つく部屋に声は届かなかった。
慌ててドアへ走り、ノブに手をかけた時には、警官の鍵を奪って出てきた彼が、背後にいた。
「いけ」
喉にあてられた刃が小さな赤い雫を作る。
ドアをあけて、廊下を歩く。
恐怖で地面の感覚が分からない。
廊下の端のドアを開け、刑事課の皆がいる部屋へ入った。
「桐生!」
全員がこちらを向き、携帯していた何人かが拳銃を構える。
「桐生、橋口は?」
「うるさい」
冷たく低い。
しかし、部屋の隅まで響く狂気。
今背後にいるモノは、あの彼では無かった。
ガラス越しに部屋の外の警官も気付き、どこかへ電話をかけ、銃を向ける。
「逃げられはしない、諦めろ!」
そんな言葉が通じる相手ではない。
ジワジワと出口へと向かう。
「動いたら…死ぬよ」
既に8人を無差別に殺害した犯人である。
ミスで逃がす訳にはいかない。
一番近くにいた刑事が一歩踏み出す。
「ぁ…痛っ!」
素早い動きで、薄いシャツの上から胸の辺りをを切り裂いた。
右の乳房が切られ、白いシャツがみるみる内に、赤く染まって行く。
「つぎは、こ・ろ・す」
狂喜に満ちた笑みを浮かべる。
なにも知らずに、近くの小学校から下校する桐生の子供が、いつも通り玄関を入った。
母を待って、一緒に帰るのが日常である。
中の様子に気付き、歩みが止まる。
丁度その時、刑事課長はある決断を下した。
「逃がす訳にはいかん…」
課長を見る部下の目が、その意味を理解した。
「ほぅ…殺せるのか…おまえらに?」
この挑発がトリガーとなった。
「桐生君、すまん!…撃て❗️」
6つの銃口が、ありったけの弾を放った。
静まり返った硝煙の中。
二人の体が崩れ落ちた。
桐生の喉は、課長の合図で切られていた。
『連続殺人鬼、逃亡を謀り、射殺』
夕刊のトップに取り上げられたのである。
桐生の死因は、頸動脈切断による出血死とされ、10人目の犠牲者と記録された。
複数の銃弾を浴びた事実は闇に伏せられ、その場にいた警察官と、一部の者しか知らない。
ただ、子供は目の前でボロボロになるまで撃たれる母親の死を見た。
事の次第は、全く理解は出来ない。
ただ怖くて、逃げ出した。
大騒ぎの最中、小さな子供に気付く者はいなかったのである。
桐生の夫も警察官で、文京区にいた。
警察官である以上、お互いに覚悟はしていた。
真っ先に、気になる子供のことを聞いたが、誰も見ていないと言う。
急いで向かったのは、自宅のアパート。
予想通り、廊下に座ってドアにもたれ、泣き疲れたまま眠ってる我が子がいた。
この子は見ていた…
彼はそう確信した。
その夜、彼は我が子が見たものを聞いた。
それは、報告で聞いた内容とは大きく違う。
何度か現場にいた刑事に尋ねたが、皆同じことを言うだけで、よく分からないとのこと。
2日後、妻には名誉勲章を授かり、彼は本庁へ栄転となった。
この時、明らかな隠蔽《いんぺい》が行われたことを、確信したのであった…
~新宿区~
新宿御苑の北側。
古い商店や中小のビルが並ぶ簡素な裏通り。
今までの現場と安斎の行動分析結果、シリアルキラーのデータ等から二つに絞ったポイント。
付け加えて、後は咲の勘である。
総力の7割をこの通りに投入していた。
22:30
ビルの明かりも疎《まば》らになり、人通りも少なくなる。
通りの長さはおよそ100m。
開いている店には私服の刑事がいて、普通を装う。
ふと、二人の若い女性が、フラフラしながら通りに入って来た。
着飾ってはいるが未成年の様である。
「ったく、未成年が酔っ払って歩く路地じゃねぇだろう」
いつもの様に淳一がボヤく。
紗夜はまさにそれが気に掛かった。
「咲さん…嫌な感じがします」
「みんな気をつけて」
イヤホン型通信機の声に緊張が走る。
紗夜はシリアルキラーの心音に集中していた。
(おかしい…静かすぎる)
「咲さん、あの娘が首にかけている物って…」
「昴、いつからそんなに目が良くなったのよ」
昴以外には、ソレが見えていなかった。
ラブの血が、昴の能力を上げていたのである。
「あの人も、あ、あの人の鞄にも!」
(ウグッ…)
「紗夜、どうかしたの?」
静かだった波が、突然嵐になり、紗夜の心にぶつかっていた。
(マズい、やられた!)
「奴はもういる❗️」
そう分かった途端。
あの二人の未成年が、バッグからナイフを取り出し、近くにいたサラリーマン達を、手当たり次第に斬りつけた。
見ているわけにはいかない。
淳一と咲が飛び出す。
(やはり!)
「咲さん、罠です❗️」
斬りつけられたサラリーマン達に、叫び声がないことに気付いたが、遅かった。
近くにいた刑事が、助けようと先に飛び出し、動きが止まる。
サラリーマンのナイフが、刑事の腹部に深々と刺さっていた。
「咲さん、危ない!」
紗夜の叫び声が耳に届いた時には、真横をすり抜けるはずの男のナイフが、目の前に迫る。
「ガキンッ!」
既に手にしていた拳銃で、かろうじて受けた。
「なんだぁ~こんにゃろう❗️」
ナイフを払い、その勢いのまま、回し蹴りが男の顔面を吹き飛ばす。
慌てて居酒屋から出かけた刑事の背中に、包丁が刺さる。
「グ…」
苦痛の声を、店先にいた女性が止めた。
切り裂かれた喉から血が噴き出す。
あちこちで、不意打ちによる乱闘が起きる。
「ここは、ヤツの世界!皆さん、殺さないで、彼らは操られているだけ。持っている骨の彫り物を破壊して!」
「了解❗️」
ここの人達の『静寂な心』の理由が分かった。
その途端、強烈な『悪』を感じた。
(It's pretty interesting.)
『なかなかおもしろいじゃないか』
(溝口!)
紗夜にはハッキリ聞こえた。
騒ぎに気付き、通りの両側に人が集まる。
近くの警官が、通りに入らない様に抑える。
5分程で、全員の彫り物を破壊し終わった。
「グァー!」「痛い!」「助けて!」
怪我を負った人達が、我に返り悲鳴をあげる。
「全員無事?」
「倉木さんがいません!」
集まった捜査員を見て、昴が告げる。
(くっ…雑念が多すぎて、分からない)
(紗夜さん、倉木さんの思念が有りません)
(昴…なの?)
意外な声に驚く紗夜。
「咲さん、あのビルへ!」
解体には、それ相応の場所が必要である。
この場所に特定したのは、閉店した小さなレストラン。
そのビルの7階にあった。
「灯りが見えます」
「行くわよ、いい皆んな。絶対に殺さないで、確保するわよ!」
先頭に立って中に入る咲。
全員が後に続く。
不意に、倒れていた男のが起き上がり、拾ったナイフで襲って来た。
振り向く捜査員が瞬間固まる。
そこへ跳んだ昴の遠心力を利用した踵《かかと》が、男の脳天を捉える。
無意識に体が反応したものであった。
もう一つ持っていた彫り物を奪い、地面に叩きつけた。
(やはり…体が軽い)
力を実感する昴であった。
エレベーターを降り、シャッターが降りた店の前に着いた。
その道のプロが、鍵を開ける。
「行きます」
紗夜がシャッターを持つ二人に告げる。
一気にシャッターが上がる。
「パン、パン、ガシャン❗️」
入り口のガラスを撃ち破り、突入した。
が…全員の足が止まり、一瞬声も出ない。
解体された死体は、ある程度想定していた。
だが、その解体作業は、想像より遥かに残虐で凄惨さを極めていた。
テーブルには、骨と肉が綺麗に削ぎ分けられた手足が並んでいる。
その奥の椅子に、倉木の胴体があった。
「You guys who will be interesting.」
『面白いだろう、諸君』
「If you stop bleeding and then amputate your limbs, you can live.」
『止血をしてから手足を切断すれば、生きていられるのだよ』
「倉木❗️」
同僚の榊原が叫ぶ。
溝口が口の詰め物を取る。
「こ…殺してくれ…たのむ」
「It's still a long way to go.」
『まだまだこれからですよ』
喜悦の笑みを浮かべ、なんの躊躇《ためら》いもなく、無造作に耳をそぎ落とした。
「早く…殺して…くれ」
もう痛みすら感じられない境地にいた。
目の前で、切断された自分の手足が、刻まれるのを見る感覚。
到底想像できるものではない。
想像を超えた怪異な空間。
「み・ぞ・ぐ・ちーッ❗️💢」
咲の怒りが頂点に達する。
「Stop!If it moves, I'll kill him.」
『とまれ!動いたら殺すよ』
両耳を削ぎ、残る邪魔なモノに刃を当てる。
「やめろ❗️キサマ俺が殺してやる❗️」
怒りに震える手で、榊原が拳銃を向ける。
まるで聞こえていない様に、ソレを切り取る。
「グァっ!…この…ヤロウ…」
この状態にあっても、さすがに衝撃的な部位。
「I'll give it because I don't need it.」
『要らないからあげる』
投げられた彼のモノが、足元に転がる。
「あっ!ダメ…」
彼の心の限界を知り、叫ぶ紗夜。
「ぅぉおー❗️」
「榊原、ダメよ!」
駆け出した彼に咲の手が空を掴む。
「パン!パン!パンッ💥」
走りながら、榊原の銃が火を吹く。
着弾の度に、溝口の体が舞う様に揺れる。
血飛沫がその姿を飾る。
(ぅっ…)
(ぇっ…)
紗夜と昴が異様な空気を感じた。
穴だらけでも倒れない溝口が…笑う。
ついには、榊原の銃口がその額に辿り着いた。
「I …won. Know the true hell that is about to begin.」
『私の…勝ちだ。これから始まる真の地獄を思い知るがいい』
(…やられる)
「みんな早く逃げて❗️」
「外へ、早く❗️」
紗夜と昴が危険を告げる。
「Hu…hahaha!」
「死ねっ❗️」最後のトリガーを引いた。
怒りの凶弾が頭を貫通し、重い強引火性ガスの海へ倒れていくモンスター。
「カチッ」
最後に窓から飛び出る昴の聴力が、その渇いた響きを聴いた。
「ブァ!ドドッドーンッ💥💥
激しい爆音。
そして悪魔の部屋が、フロア中の酸素を一気に吸い込む。
一瞬の静寂。
何かが這い寄る様に、恐怖が地響きとなってその瞬間の予兆となる。
そして…間もなく。
「ボォア!ズヅッガーン❗️❗️」
「伏せて!」
モンスターが吐いた嘲《あざけ》りが如く、炎がフロアを焼き尽くす🔥。
親友を抱いた榊原が数千度の熱に消え去る。
あらゆるモノが吹き飛び、炎が直撃した外壁が砕け散り、隣のビルの壁を伝って凛炎の地獄を広げて行った。
「ガッ!」
隙間に差し込む光。
「ウリャー!」
T2が、そのパワーでエレベーターを開く。
「みんな、大丈夫⁉️」
「ラブさん……」
昴、咲、紗夜、淳一、捜査官1名がいた。
階段側から来た者は全滅した。
これで4人のシリアルキラーは全員死亡。
だが、本当の悪夢が始ることを、咲達は覚悟したのである。
その理由と真相は知らないまま…
警視庁史上初めての襲撃事件。
警視庁や世間への衝撃は大きく、現場は騒然さを極めていた。
「部長、全員鋭利な刃物、恐らくは刀剣により殺害されています。誰も一発の反撃をする間もなくです。完全にプロによる犯行ですね…」
動揺を隠せない紗夜の報告に、富士本は返す言葉がない。
ラブは、念のためT2を護衛に送っていた。
「あっと言う間の惨事だな、こりゃ」
入念に切り口などを確認するT2。
「ひでぇことしやがる。生き残りは、休暇の一人だけとは…」
その時、何かの物音がした。
「ん?…もしかして!」
留置部屋の一番奥に、一人の生存者がいた。
恐怖に膝を抱えて震えている。
「部長、目撃者が一人いました。昼間っから泥酔して喧嘩した様で、留置されてて助かってます。犯人が檻の前に立ってた様なんですが、危害は加えず、サングラスとマスクで顔は分からないとのこと。ただ、多分ロシア語の様な言葉を呟いたって言ってますが、どうですかねぇ」
「淳、後は鑑識に任せて、紗夜と新宿の応援へ行ってくれ」
『第14号:連続死体解体遺棄事件』
もともと、淳一が担当していた事件である。
新宿にいると言う咲の勘。
そして安斎から得た分析から、2箇所に的を絞り、咲と昴が率いる私服刑事達が、張り込みについていた。
その頃ラブは、ヴェロニカと二人で、首狩り族の店にいた。
「結構どの店も本格的でごさいますわね」
考古学や民俗学が専門の彼女が言うなら、そうなのであろう。
「すみません、店長さんはいますか?」
話しかけられたバイトの店員が、ラブに気付いて驚き焦る。
(何で私はサングラスとマスクで、簡単にバレちゃうのかなぁ…)
心でボヤきながら、サインを惜しまない。
ツーショットもサービスする芸能人。
「こ、こちらへどうぞ💦」
店は意外に奥が深く、その奥に高齢の女性が、竹か何かで編んだ椅子に腰掛けていた。
(無意識…でも眠ってはいない)
「あの子は、可哀そうな子なんです」
まるで心を覗いたのが、分かった様なタイミングで、不意に語り始めた。
目は閉じたまま、動くことも無く。
しかし、確実にその意識はラブに向いていた。
「どうぞ」
バイトの彼が椅子を出してくれる。
軽く会釈して座るラブ。
今は声を発してはいけない。
いや、その必要すらないと悟った。
「若い頃は…海外の古い文化に興味があって、世界中を旅しては、民芸品や古いモノを集めて、商売をしておりました」
この話の重要性をラブは感じた。
「人の欲と若さというものは、時に…取り返しのつかない過ちへの誘惑に、身を投じる愚かさを、勇気と想い違えてしまうのです」
(悔いては…いない。でも、なんて哀しみ…)
「南米の奥地から、祀り讃えられていた小さな象徴を持ち帰ってしまったのです」
うつむいた彼女の瞳が、薄ら開いていた。
「それが、貴女の瞳を奪った…」
分かっていたかの様に微かに頬笑む。
「そんな私のもとに、あの子が現れたのです」
「溝口…清」
肯定も否定もない。
あるのは深い哀しみと憐れみの深淵《しんえん》。
「あの子は、父親を超えるモノを作る。その強い執念だけで生きておりました。あの時既に、あの子の彫り物は、父親にはないモノを持っていることも知らずに」
そばの引き出しから、小さな木彫りの亀を取り出し、差し出した。
手にとるラブ。
(ぁ…なんて…あたたかい…)
「これは貴女のために彼が…」
「こんな盲《めしい》た私に、長く生きよと。そして、私の背負うた闇を…受け取ったのです」
「それから彼は…変わったのですね?」
「あの時、私は初めて真の恐怖というものを、そしてそれを導いた私の罪を知りました」
彼女の中の贖罪の念が、魂塊の闇に飲み込まれて行くのを感じた。
「やはり、貴女には見えておるのでしょう。私の懺悔と彼に巣喰った悪魔が…」
(グッ❗️)
瞬間、彼女の心の闇を通して、人骨に囲まれた凶悪で強力な波念がラブを襲った。
「ほぉ…弾き返せましたかッ❗️」
色の無い瞳が見開かれていた。
「その瞳も、彼の作りモノ!」
「私は、彼とアレを引き合わす為に使われた…ただの道具にすぎなかったのです」
(このままでは…早く止めないと!)
「失礼します」
それだけで十分だった。
亀の彫り物を見つめる彼女が…微笑んでいた。
店先の白く小さな動物の彫り物に気付く。
(さっきは無かった!)
「ヴェロニカ!」
彼女は向かいにある、インカ帝国の店に夢中であった。
「君!これは誰が?」
「あ、またか。少し前から、気がつくとあるんです。クオリティ高いから、ネットで紹介したら大人気で!」
「ネット販売なら買い主は分かるわよね、データをここに、送ってちょうだい❗️」
周りの監視カメラを確かめるラブ。
「富士本さん、警官を送って、この店が映っている監視カメラの記録を、あるだけ回収してください!」
「わ…分かったが、どうした?」
「溝口は、捕まる前から悪魔的な力をその身に宿していた。シリアルキラー、エド・ゲインが輪廻したのではなく、彼自身が呼び込んだんです。より強いモノを作るために!」
「そんなことが?」
「あの骨の彫り物を回収しないと、とんでもないことになります。彼の本当の目的はそこだったんです❗️」
電話を切り、イヤホン型通信機を入れる。
「咲さん、紗夜さん、淳さん、昴さん、良く聞いて私を信じて!」
「いきなりどうしたのよ、ラブ?」
「彼は必ず現れます。でも、絶対に殺しちゃいけない❗️生きて捕まえてください」
「あんなヤツ、死んで当然だぜ!」
「でもダメ、彼を殺したら、もっと死人がでる。私を信じて!」
「分かったわ。みんな聞こえたわね!」
推測ではあった。
しかし、あの凄まじい殺意の衝撃を受けたラブは、父親を遥かに超えたモノの正体を、確信していたのであった。
そして…夜を迎えた。
飛鳥神の携帯が鳴る。
「どうしたぁ、紗夜さん」
「ラブから、アイツを殺すなと言われました。あなたの勘が正しかった様です」
あの少女から貰った彫り物。
手にした瞬間に人骨であることが分かった神。
そして、それがもつ凶々《まがまが》しいモノ。
修羅の道を歩んで来た彼には、ソレが持つ悪意を超えた脅威を感じ取り、全てを回収したのであった。
そのことを、紗夜に伝えていたのである。
「ヤツが来るんだな。任せろ、怪異と修羅、どちらの悪道が上か?おもしれぇ」
「お願いします。私達警察では、殺さずに彼を抑え切るのは難しい…その間に何人が犠牲になるか」
「ラブのご推薦ってことか!」
「はい。彼女は今、もう一人のシリアルキラーを捕らえに行きました…」
『第15号:老人施設連続不審死事件』
容疑者、緑川洋子。
豊川は、チェスボードキラーの死体を念入りに調べ、髪に隠れたその首の上部に、僅かな傷を見つけた。
そこには、小さな装置が埋め込まれていて、TERRAの技術部門で調べたところ、微小な電波などを受信し、発信するものと分かった。
医療機関の研究員によれば、埋め込まれていた位置は、脳波が集中する部位に近く、何者かが、シリアルキラーのデータを入手し、同時に監視していたものと考えられたのである。
あの廃ビルを、アイを通じて監視衛星から熱源探査した時、捜査員と10人の患者しか、人は居なかった。
しかし、映像を見直すと、フロアの隅に小さな熱源が見つかり、調べるとガスコンロであることが分かったのである。
あの時の嫌な匂いを思い出し、見落とした自分が悔しかった。
(アイ、信号は?)
(今動き出しました)
ラブのバイクが、中央区の総合病院に着いた。
(アイ、3D解析)
ラブの視界と衛星からの信号の距離から、微妙な高さを割り出す。
(5階です)
受付に駆け込むラブ。
「ラ、ラブさん!」
「5階のこの部屋に、大至急警備員を❗️」
「な、なんですか?」
「早く❗️また患者が死ぬわよ❗️」
事前にこの一週間で、空いている病床数が異常に増えていることを確認していた。
病院のエレベーターは遅い。
階段を駆け上がるラブ。
5階に着いた時、ちょうどその警備員と会う。
「何号室?」
「516号室です」
ラブに驚きながらも、咄嗟に答える警備員。
「だ、誰か❗️助けて❗️」
先に駆けつけていた若い看護師が、転がる様に部屋からでて来た。
「大丈夫ですか?」
警備員が抱き起す。
意識なし、真っ青な顔、血管の異常な張り。
チアノーゼ状態が続いた末期である。
手遅れと判断したラブが中へ入る。
窓側のベッドサイドに緑川がいた。
顔に巻いていた包帯は外れ、半面重度の火傷が、その狂気を際立たせている。
「Yoko Midorikawa, it's over.」
『緑川洋子、もう終わりよ』
目の色が本来の黒から、薄茶色に変わっているのを見て、カリフォルニア州のヘルスケアキラーと判断したラブ。
「I haven't killed it yet.」
『まだ殺し足りない』
「I will not forgive any more murders❗️」
『これ以上の殺人は許さない❗️』
「Everyone I'll send you to heaven.」
『みんな私が天国に送ってやる』
快楽に酔いしれた殺人鬼が微笑む。
注射器は、既に老人の首に刺さっていた。
人押しすれば、あの看護師と同じ最期となる。
「You are a fake after all. No matter how many people you kill, you're just a madman. You can't be a monster!」
『結局、お前はニセモノ。何人殺しても、ただの狂人でしかない。お前はモンスターになれない!』
「Shut up❗️」
その怒りが、僅かな隙を作った。
腰のベルトに差した銃を抜き撃つまで0.3秒。
放った弾丸が注射器を粉砕し、腹部に命中。
ダメージを感じないのは分かっていた。
間髪いれずにラブが跳ぶ。
「Fall into hell ❗️」
『地獄に堕ちろ❗️』
「ガハッ!」
全体重を乗せた蹴りが、胸元を直撃。
「ガシャン!!」
踵が突き刺さったまま、窓ガラスを突き破り、2人が屋外へ出る。
瞬間、ラブの右手は窓枠を掴んでいた。
見下ろす地面に、無惨に果てた殺人鬼。
見開いたままの目は、本来の黒い瞳を…取り戻していた。
後に、廃ビルからの10人が入院してから、24人の不審死あったことが分かったのである。
~東京都港区~
その日、桐生雅子《きりゅうまさこ》は、初めて殺人鬼と呼ばれるモノを知った。
連続殺人の容疑で逮捕された彼はまだ若く、痩せた体には凶悪なイメージは全く無かった。
本庁へ移されるまでの間、留置された彼。
女性の彼女は彼の世話役を担った。
刑事課の中は、指名手配犯を逮捕したことで、歓喜の雰囲気に湧いていた。
彼へ飲み物を届ける。
檻を見張る新人警官が受け取り、隙間から差し入れた瞬間であった。
檻の隅で膝を抱え、うつむいた彼への油断。
ほんの一跳びで新人警官のもとへ。
差し出した腕を掴み、引き寄せたかと思うと、口の中に隠し持っていた、剃刀《カミソリ》の刃で喉を切り裂いた。
(そんな…!)
「誰か!誰か来てください!」
信じられない光景に戸惑い、混乱し、反応が遅れた。
奥に位置する留置場からは、騒つく部屋に声は届かなかった。
慌ててドアへ走り、ノブに手をかけた時には、警官の鍵を奪って出てきた彼が、背後にいた。
「いけ」
喉にあてられた刃が小さな赤い雫を作る。
ドアをあけて、廊下を歩く。
恐怖で地面の感覚が分からない。
廊下の端のドアを開け、刑事課の皆がいる部屋へ入った。
「桐生!」
全員がこちらを向き、携帯していた何人かが拳銃を構える。
「桐生、橋口は?」
「うるさい」
冷たく低い。
しかし、部屋の隅まで響く狂気。
今背後にいるモノは、あの彼では無かった。
ガラス越しに部屋の外の警官も気付き、どこかへ電話をかけ、銃を向ける。
「逃げられはしない、諦めろ!」
そんな言葉が通じる相手ではない。
ジワジワと出口へと向かう。
「動いたら…死ぬよ」
既に8人を無差別に殺害した犯人である。
ミスで逃がす訳にはいかない。
一番近くにいた刑事が一歩踏み出す。
「ぁ…痛っ!」
素早い動きで、薄いシャツの上から胸の辺りをを切り裂いた。
右の乳房が切られ、白いシャツがみるみる内に、赤く染まって行く。
「つぎは、こ・ろ・す」
狂喜に満ちた笑みを浮かべる。
なにも知らずに、近くの小学校から下校する桐生の子供が、いつも通り玄関を入った。
母を待って、一緒に帰るのが日常である。
中の様子に気付き、歩みが止まる。
丁度その時、刑事課長はある決断を下した。
「逃がす訳にはいかん…」
課長を見る部下の目が、その意味を理解した。
「ほぅ…殺せるのか…おまえらに?」
この挑発がトリガーとなった。
「桐生君、すまん!…撃て❗️」
6つの銃口が、ありったけの弾を放った。
静まり返った硝煙の中。
二人の体が崩れ落ちた。
桐生の喉は、課長の合図で切られていた。
『連続殺人鬼、逃亡を謀り、射殺』
夕刊のトップに取り上げられたのである。
桐生の死因は、頸動脈切断による出血死とされ、10人目の犠牲者と記録された。
複数の銃弾を浴びた事実は闇に伏せられ、その場にいた警察官と、一部の者しか知らない。
ただ、子供は目の前でボロボロになるまで撃たれる母親の死を見た。
事の次第は、全く理解は出来ない。
ただ怖くて、逃げ出した。
大騒ぎの最中、小さな子供に気付く者はいなかったのである。
桐生の夫も警察官で、文京区にいた。
警察官である以上、お互いに覚悟はしていた。
真っ先に、気になる子供のことを聞いたが、誰も見ていないと言う。
急いで向かったのは、自宅のアパート。
予想通り、廊下に座ってドアにもたれ、泣き疲れたまま眠ってる我が子がいた。
この子は見ていた…
彼はそう確信した。
その夜、彼は我が子が見たものを聞いた。
それは、報告で聞いた内容とは大きく違う。
何度か現場にいた刑事に尋ねたが、皆同じことを言うだけで、よく分からないとのこと。
2日後、妻には名誉勲章を授かり、彼は本庁へ栄転となった。
この時、明らかな隠蔽《いんぺい》が行われたことを、確信したのであった…
~新宿区~
新宿御苑の北側。
古い商店や中小のビルが並ぶ簡素な裏通り。
今までの現場と安斎の行動分析結果、シリアルキラーのデータ等から二つに絞ったポイント。
付け加えて、後は咲の勘である。
総力の7割をこの通りに投入していた。
22:30
ビルの明かりも疎《まば》らになり、人通りも少なくなる。
通りの長さはおよそ100m。
開いている店には私服の刑事がいて、普通を装う。
ふと、二人の若い女性が、フラフラしながら通りに入って来た。
着飾ってはいるが未成年の様である。
「ったく、未成年が酔っ払って歩く路地じゃねぇだろう」
いつもの様に淳一がボヤく。
紗夜はまさにそれが気に掛かった。
「咲さん…嫌な感じがします」
「みんな気をつけて」
イヤホン型通信機の声に緊張が走る。
紗夜はシリアルキラーの心音に集中していた。
(おかしい…静かすぎる)
「咲さん、あの娘が首にかけている物って…」
「昴、いつからそんなに目が良くなったのよ」
昴以外には、ソレが見えていなかった。
ラブの血が、昴の能力を上げていたのである。
「あの人も、あ、あの人の鞄にも!」
(ウグッ…)
「紗夜、どうかしたの?」
静かだった波が、突然嵐になり、紗夜の心にぶつかっていた。
(マズい、やられた!)
「奴はもういる❗️」
そう分かった途端。
あの二人の未成年が、バッグからナイフを取り出し、近くにいたサラリーマン達を、手当たり次第に斬りつけた。
見ているわけにはいかない。
淳一と咲が飛び出す。
(やはり!)
「咲さん、罠です❗️」
斬りつけられたサラリーマン達に、叫び声がないことに気付いたが、遅かった。
近くにいた刑事が、助けようと先に飛び出し、動きが止まる。
サラリーマンのナイフが、刑事の腹部に深々と刺さっていた。
「咲さん、危ない!」
紗夜の叫び声が耳に届いた時には、真横をすり抜けるはずの男のナイフが、目の前に迫る。
「ガキンッ!」
既に手にしていた拳銃で、かろうじて受けた。
「なんだぁ~こんにゃろう❗️」
ナイフを払い、その勢いのまま、回し蹴りが男の顔面を吹き飛ばす。
慌てて居酒屋から出かけた刑事の背中に、包丁が刺さる。
「グ…」
苦痛の声を、店先にいた女性が止めた。
切り裂かれた喉から血が噴き出す。
あちこちで、不意打ちによる乱闘が起きる。
「ここは、ヤツの世界!皆さん、殺さないで、彼らは操られているだけ。持っている骨の彫り物を破壊して!」
「了解❗️」
ここの人達の『静寂な心』の理由が分かった。
その途端、強烈な『悪』を感じた。
(It's pretty interesting.)
『なかなかおもしろいじゃないか』
(溝口!)
紗夜にはハッキリ聞こえた。
騒ぎに気付き、通りの両側に人が集まる。
近くの警官が、通りに入らない様に抑える。
5分程で、全員の彫り物を破壊し終わった。
「グァー!」「痛い!」「助けて!」
怪我を負った人達が、我に返り悲鳴をあげる。
「全員無事?」
「倉木さんがいません!」
集まった捜査員を見て、昴が告げる。
(くっ…雑念が多すぎて、分からない)
(紗夜さん、倉木さんの思念が有りません)
(昴…なの?)
意外な声に驚く紗夜。
「咲さん、あのビルへ!」
解体には、それ相応の場所が必要である。
この場所に特定したのは、閉店した小さなレストラン。
そのビルの7階にあった。
「灯りが見えます」
「行くわよ、いい皆んな。絶対に殺さないで、確保するわよ!」
先頭に立って中に入る咲。
全員が後に続く。
不意に、倒れていた男のが起き上がり、拾ったナイフで襲って来た。
振り向く捜査員が瞬間固まる。
そこへ跳んだ昴の遠心力を利用した踵《かかと》が、男の脳天を捉える。
無意識に体が反応したものであった。
もう一つ持っていた彫り物を奪い、地面に叩きつけた。
(やはり…体が軽い)
力を実感する昴であった。
エレベーターを降り、シャッターが降りた店の前に着いた。
その道のプロが、鍵を開ける。
「行きます」
紗夜がシャッターを持つ二人に告げる。
一気にシャッターが上がる。
「パン、パン、ガシャン❗️」
入り口のガラスを撃ち破り、突入した。
が…全員の足が止まり、一瞬声も出ない。
解体された死体は、ある程度想定していた。
だが、その解体作業は、想像より遥かに残虐で凄惨さを極めていた。
テーブルには、骨と肉が綺麗に削ぎ分けられた手足が並んでいる。
その奥の椅子に、倉木の胴体があった。
「You guys who will be interesting.」
『面白いだろう、諸君』
「If you stop bleeding and then amputate your limbs, you can live.」
『止血をしてから手足を切断すれば、生きていられるのだよ』
「倉木❗️」
同僚の榊原が叫ぶ。
溝口が口の詰め物を取る。
「こ…殺してくれ…たのむ」
「It's still a long way to go.」
『まだまだこれからですよ』
喜悦の笑みを浮かべ、なんの躊躇《ためら》いもなく、無造作に耳をそぎ落とした。
「早く…殺して…くれ」
もう痛みすら感じられない境地にいた。
目の前で、切断された自分の手足が、刻まれるのを見る感覚。
到底想像できるものではない。
想像を超えた怪異な空間。
「み・ぞ・ぐ・ちーッ❗️💢」
咲の怒りが頂点に達する。
「Stop!If it moves, I'll kill him.」
『とまれ!動いたら殺すよ』
両耳を削ぎ、残る邪魔なモノに刃を当てる。
「やめろ❗️キサマ俺が殺してやる❗️」
怒りに震える手で、榊原が拳銃を向ける。
まるで聞こえていない様に、ソレを切り取る。
「グァっ!…この…ヤロウ…」
この状態にあっても、さすがに衝撃的な部位。
「I'll give it because I don't need it.」
『要らないからあげる』
投げられた彼のモノが、足元に転がる。
「あっ!ダメ…」
彼の心の限界を知り、叫ぶ紗夜。
「ぅぉおー❗️」
「榊原、ダメよ!」
駆け出した彼に咲の手が空を掴む。
「パン!パン!パンッ💥」
走りながら、榊原の銃が火を吹く。
着弾の度に、溝口の体が舞う様に揺れる。
血飛沫がその姿を飾る。
(ぅっ…)
(ぇっ…)
紗夜と昴が異様な空気を感じた。
穴だらけでも倒れない溝口が…笑う。
ついには、榊原の銃口がその額に辿り着いた。
「I …won. Know the true hell that is about to begin.」
『私の…勝ちだ。これから始まる真の地獄を思い知るがいい』
(…やられる)
「みんな早く逃げて❗️」
「外へ、早く❗️」
紗夜と昴が危険を告げる。
「Hu…hahaha!」
「死ねっ❗️」最後のトリガーを引いた。
怒りの凶弾が頭を貫通し、重い強引火性ガスの海へ倒れていくモンスター。
「カチッ」
最後に窓から飛び出る昴の聴力が、その渇いた響きを聴いた。
「ブァ!ドドッドーンッ💥💥
激しい爆音。
そして悪魔の部屋が、フロア中の酸素を一気に吸い込む。
一瞬の静寂。
何かが這い寄る様に、恐怖が地響きとなってその瞬間の予兆となる。
そして…間もなく。
「ボォア!ズヅッガーン❗️❗️」
「伏せて!」
モンスターが吐いた嘲《あざけ》りが如く、炎がフロアを焼き尽くす🔥。
親友を抱いた榊原が数千度の熱に消え去る。
あらゆるモノが吹き飛び、炎が直撃した外壁が砕け散り、隣のビルの壁を伝って凛炎の地獄を広げて行った。
「ガッ!」
隙間に差し込む光。
「ウリャー!」
T2が、そのパワーでエレベーターを開く。
「みんな、大丈夫⁉️」
「ラブさん……」
昴、咲、紗夜、淳一、捜査官1名がいた。
階段側から来た者は全滅した。
これで4人のシリアルキラーは全員死亡。
だが、本当の悪夢が始ることを、咲達は覚悟したのである。
その理由と真相は知らないまま…
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