ねこじゃんけん

心符

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第二章

壮絶な闘い

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この界隈で、イケメン猫として有名なジョンであった。

アメリカンショートヘアーっぽい容姿と、ピン!っと張った長いヒゲ、しなやかに伸びた尻尾、キザな足取り。

そして、百戦錬磨と言われる喧嘩の強さ。

人気は認めよう。

だが、私に言わせれば、女ったらしの薄汚いノラにすぎない。

もしも、その人気で、この街の市長にでも立候補しようものなら、私は断固として戦う意志を表明しておこう。


…少し、非現実的な例えに、行き過ぎがあったかも知れないが、それほどまでに嫌う理由は1つ。

最近、愛するタマ子に、ちょっかいを出しているからであった。

ちなみに、『ジョン』と名付けたのは私で、大学の頃に留学して来たアメリカ人の名である。

そのイケメンさと、グチャグチャだが、何故かカッコいい日本語で、女子の人気を総ざらいした奴であった。

私も、彼女を寝取られた被害者の一員である。

従って、この二人(二匹)の仲を、断固として許す訳にはいかないのであった。

『お勤めご苦労』

↑ ネコのジョンです。


振り向いた私に、不適な笑みを浮かべながら近づいて来る。

ネコが笑うと…

やっぱりちょっと怖い。

『その手に持ったものを賭けて、勝負しようニャ』

(こいつ、ショップから後をつけてきたな…)

『せっかくだが、これは大切なものなんでね、腹がすいているなら…』

『お~っと、勘違いしてもらっちゃ困るニャ』

ネコにセリフをさえ切られる気分を、始めて味わった。


『食い物には不自由して二ャいニャ。女たちが色々貢いでくれるからニャ~』

両手を仰向け、しょうがなさ気に首を振りながら喋るセリフである。

ネコとは言え、好感は持てないのは確かであった。


『だいたいなぁ、勝負と言っても、何をするつもりなんだ?』


『フッ』

チャラくターンして、右手…いや、右前足か?で、ヒゲをピンとはじくジョン。

『じゃんけん さ』

(気取らずに、普通に言えよ!)

『って言うか、じゃんけんだと?』

壮絶な引っ掻き合いを想像していたのである。


『おぅよ、ネコじゃんけんよ!』

このセリフでキメれるジョンは、やっぱり凄いのかも知れない。

(ネコじゃんけんだと? )

この時の私は、変わらない日常に、何かを求めていたのかもしれない。

(何か…面白そうじゃないか)

ノる私も、どうかしていたのだろう。


『どんな感じか、ちょっと見せてみろ』

(ニャ)

↑ 鳴き声ではなく、ジョンの不敵な笑みです。

『よし、ではデモンストレーションニャ』

構えるジョン。

慌てて私も少し身構えた。

『ニャんけん、ぽ…』

『ちょ、ちょっと待った!』

今度は私が口を挟んだ。

『ネコじゃんけんなのに、掛け声は、ニャんけんなのか?』

『そうニャ、全く…そんなことも知らニャいのか?』

(知るわけニャいだろ!、あっ、こっちまでおかしくなってきたし)


『掛け声は、あんたが生まれる前から、"ニャんけん"に決まってるんニャ』

どう見ても…年下から言われるセリフではないと思う。

『そ、そうか、良くわからんが…わかった』

『全く、たのむニャ』

『す、すまない。じゃ…ニャんけんで』

再び身構える二人(一人と一匹)。


『ニャんけん、ぽん!』

(し、しまった!!)

こっ恥ずかしさに気を取られ、不用意にグーを出してしまった。

ネコの手(前足)は、ご存知の通りの手である。

(そりゃ、パー…だよなやっぱ、負けた~!)

デモンストレーションとは言え、ネコに負けるというのは、プライド以前の問題である。

私のそんな心理を読み取ってか、穏やかにジョンが言った。

『おあいこだニャ』

『ニャに?…あっ違う、なにっ?』

『ややこしいやつだニャ、いちいち言い直さなくてもいいニャ』

『どう見ても、パーだろ。』

『ハァ~』

また、あのしかたなさ気なポーズである。

『これは、グーニャ』

『い、いや、確かにそう言われりゃグーとも言えるが…パーだろ?』

『ハァ~』

(もうそれはいいって!変な芝居でも見たのか?)

『んじゃ、あんた。ネコ真似やってみニャ。』

『ネコ真似? 私がか?』

『他に誰がいるニャ?オレがやったら真似じゃニャいだろ』

『た、確かに』


モノマネ芸人が、本人の前でやるのは、ものすごくプレッシャーだと聞くが、ネコの前でネコ真似するよりは、ましだと思う。

『こ、こうか?』

声を出すのはあまりにも恥ずかしいため、黙って招き猫のポーズをとってみた。

『ほらニャ』

『あっ…グーだ』

『パーしてる招き猫なんてニャいだろ。お釈迦様じゃあるまいし』

『確かに。パーだとしたら、招いているって言うより、来るな~みたいな感じだな。』

『分かったか。全く世話がやけるニャ』

『す、すまん。だが、そうすると、パーはどうやるんだ?』

『パーか? 良く見とけ、パーはこうニャ!』


一瞬の出来事であった。

ジョンの目がつり上がり、頭から背中の毛が逆立った。

そして、突き出された右手…あっ…右前足…あ~もう右手でいいか!

その指先から、鋭い爪がビ~ンと伸びていた。


確かに…

見事なパーであった。

爪を出すには、余程のパワーと集中力がいるのであろう。

少々息が荒い。

そのパーを、一瞬の内にやってのけるジョンは、さすが百戦錬磨のネコである。


しかし…あまりにも分かり易いモーションであった。

『なるほど、素晴らしい』

『い~や、それほどでもないニャ』


ネコが照れると…

かわいい。


(てことは…だ。さすがにチョキは有り得ないだろうから、奴の毛が逆立ってない時に、パーを出せば、奴はグー。楽勝ってことか。)

一瞬、ニヤリと笑う悪代官の顔が想い浮かんだ。

(いやいや、待てよ。いくら気に入らないとはいえ、ネコにそんな不公平な闘いで勝って、私は嬉しいのか?)

意外と正義感だけはある私。

(奴のグーとパーは、既に見切った!)

得意げに言うことではないが…

(奴のグーにはグー、毛が逆立てばパー。これを繰り返していれば、負けることも勝つこともあるまい。)

もとより、ネコは飽き性と言われる。

(繰り返している内に、諦めてドローとなるに違いない。)

『フフっ』

『ニャ~にをブツブツ言ってやがる。気持ち悪いニャ。タマ子から真面目なヤツと聞いていたが、まさか逃げニャいよな?』

(タマ子め、余計なことを!って言うか、呼び捨てにするなっちゅうの!)

『失礼。分かった、勝負してやるよ。』


かくして、壮絶な?ネコじゃんけん勝負が始まった。


『ニャ~んけ~ん、ぽん!』

『あ~いこ~で、ぽん!』

『あ~いこ~で…』


15分が経過した。


勝ちたい一心からか、見え見えのパーを連発するジョン。

息を荒げながらも、毛を逆立て、全身全霊を注ぎ込んだ『パー』である。


しかしさすがのジョンも、徐々にそのパワーに衰えが見えていた。

それでも、一向に諦めはしないのである。

ネコじゃんけん。

何と辛い勝負なんだろう。

全力でパーしか出せず、力尽きた方がグーとなり、負ける。

(こいつは、こんな過酷な勝負の世界で、勝ち続けてきたのか…)

何だか涙が浮かんできた。

(彼をこうさせてるのは、百戦錬磨のプライドか?それとも、愛か? それほどに、タマ子を愛しているのか?)

知らない内に、私の中にも、どこか温かなものが蘇ってくるのを感じていた。

噂や情報に翻弄される世の中で、忘れかけていたもの。

(評論家をバカにしながらも、私は一匹のネコにさえ、その真実を見ようとしていなかったのか…。私にこのジョンの様な、ひたむきな心、真っ直ぐな心があるのだろうか?)

そんな自問、自責を繰り返してる間も、ジョンの毛は逆立ち続けていた。

そして、30分になろうかと言う時。

ジョンの毛の立ち具合が、やや弱い気がした。

それに気付いた時には、もう遅く、肩で息をしながら突き出した右手には、あの鋭い爪が出ていなかったのである。

『あ…あんたの、勝ちニャ』


膝をつき、力尽きたジョン。


こんなネコの姿を、生まれて始めて見た。

冷たい地面についた小さな手に、ポトリと雫が落ちた。

(ネコの…涙?  泣いているのか?)

誰かの小説に、ネコも涙を流す時がある…と書いてあったのが、思い出された。

(ほんとうだったんだ。)


『ジョン。ネコ缶は3つある。1つやろうか?』

そう言った瞬間。

くるりと背を向けたジョン。

『男の勝負に、情けはいらニャい。』

仁侠映画並みなシーンであった。

コートでも肩に持たせてやりたいと思った。

『それに、せっかくの綺麗ニャ袋やリボンを、はずさニャきゃニャらニャいニャニャいか。』

ややこしいったらありゃしない。

『それを開くのは、オレ達じゃニャく、タマ子ニャ』


何ともいさぎよい背中であった。

『呼び止めて悪かったニャ。さぁ、もうあの娘のとこへ帰りニャ。』


そう言って、ふらつきながらも、木枯らしの闇へと、ジョンは消えて行ったのであった。


(私は、少し彼を誤解していたのかも…知れないな。)

ネコ缶と引き換えに、彼は何を賭けていたのか?

そう思うと、ちょっとジョンのことが心配になった。

(まぁ、一度の失敗で、簡単に諦めるようなヤワなやつじゃあるまい。2、3日経てば、またやってくるさ。ネコなんだし。)

そう自分に言い聞かせた。


『お疲れ様です。今夜は冷えますね~。どうかされましたか?』

涙を流して立ち尽くしてる私に、通りがかった女性が声を掛けてきた。

『あっ、いえ。(焦)』

慌てて涙を隠す。

駅前の花屋の店主である。
前に一度、店の中の小さなカフェで、何だか不思議な占いをしてもらったことがあった。

ついでに言うと、タマ子の母親は、彼女の飼い猫である。

『い、今お帰りですか? 早い店じまいですね』

『ええ、こんな寒い夜は、お客さんも来ないですから。またいつか、お茶でも飲みに来てくださいな。では、お気をつけて。おやすみなさい』

『はい。おやすみなさい。』

いつになく穏やかな気分で挨拶をしてる自分が、妙に心地良く感じられた。

(さて、タマ子、タマ子~っと♪)

こうして再び、いつもの帰り道を歩き始めたのであった。

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