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第七章
263 船のダンジョン ⑳
しおりを挟むいかだに近づき、ゆっくりとその上に着地する。
意外といかだは広く、十分にスペースがあった。
流石にもう罠は無い気がするが、念には念のため、クモドクロを召喚する。
「出てこい」
「カチッ!」
そして周囲に罠などが無いかと確認をさせると、特に何もないと伝えられた。
やはり思った通り、もう何もないみたいだ。
さて、一応の安全は確認できたし、レッドアイに話を訊くことにするか。
そう思い、俺はレッドアイへと近づく。
「ひぃ!? く、来るんじゃねえ! あ、あのクモを従えているということは、お、お前、あの時の小僧だろ! 見て分かる通り、俺様はもうおしまいだ! 全部お前のせいだぞ!」
するとクモドクロを見て、カオスアーマーを纏う俺の正体に気がついたみたいだ。
最初は怯えていたのに、後半では怒りの言葉をぶつけてきた。
「そんなことは知るか。それよりも、どうして生きている? いや、ゾンビだから生きてはいないか。お前は、ルルリアに吸収されたはずだろ? どうして復活して、そんな姿になっているんだ?」
俺は一定の距離で足を止めると、そうレッドアイに問いかける。
あの時レッドアイは、赤い光になってルルリアに吸収されたはずだった。
なのに弱体化どころか退化して、復活している。
その理由が気になった。
「そ、そんなの俺様が知りたいくらいだ! そもそも、お前にやられてからの記憶なんて無い! 気がついたら俺様の船はいかだになっているし、力の全てを失ってこんなゾンビになっちまったんだぞ!」
どうやらレッドアイも、自分がどうしてこうなったのか分からないみたいだ。
だとしたら、ある程度は自分で予想するしかない。
まず前提として、レッドアイはアンクに魔石を破壊されて、倒されたはずだ。
そして倒された後にカード化しようとしたところ、それがキャンセルされた。
流石にカード化を予想してシステムを組み込んだとは考えづらいので、これは倒されたレッドアイに何らかのアクションをしたら、発動したのだろう。
もしかしたら素材を回収するために触れただけでも、発動したのかもしれない。
そして赤い光になったあと、ルルリアに吸収された。
あの時カード化がキャンセルされたのは、その時点でルルリアと何らかの形で繋がっていたからだろうか?
だとしたら倒していないモンスターと何らかの形で繋がると、カード化ができないのかもしれない。
融合する前でも、レッドアイが体の一部とでも判断されていたのだろうか?
これは思わぬところで、カード化の条件を知ることができたな。
今後似たような事例が起きれば、確定だろう。
そしてルルリアが進化した直後、ダンジョンが崩壊した。
まあ、実際には最低限の場所だけ残り、それ以外は削除された形だろう。
だとすればその理由は、ダンジョンポイントと関係があるかもしれない。
ダンジョンの一部を削除すると、確かある程度作成時のポイントが返ってくるはず。
女王から、そんなことを聞いた気がする。
であればルルリアの進化には、莫大なダンジョンポイントが使われたのかもしれない。
それでダンジョンが維持できなくなり、存続するためにほぼ全てを削除して、最低限の状態に変えたのだろう。
短時間でポイントを確保するには、悠長にどこを残すかなど判断することは難しい。
それにダンジョンとして正常に作動するように、体裁を整える必要がある。
この緊急的な事態に、ダンジョンコアは一番簡単な選択をしたのだろう。
いや、赤い煙が後はどうなってもいいと思ったのか、そうした手抜きをしたのかもしれない。
そして最後にレッドアイだが、その人格は進化の邪魔だと判断されて、排出されたのかもしれない。
必要な能力だけをレッドアイから、抽出したのだろう。
進化したルルリアは暴走状態だったことに加えて、とても不安定な状態だった。
そこにレッドアイの精神が加われば、何かエラーが出たのかもしれない。
あとは赤い煙がわざと、レッドアイを生き残らせたかになる。
ダンジョンボスであるレッドアイを残すことで、宝珠の入手先を無くさないための処置だったのかもしれない。
実際ダンジョンコアを鑑定してみると、レッドアイが残っているからか、自己崩壊はしていなかった。
ルルリアをカード化したが、ダンジョンボスが一体でもいれば問題ないみたいだ。
つまりこのダンジョンは、いかだとレッドアイしかない、超ショボいダンジョンということになる。
そして赤い煙がもしわざと残したのだとしたら、それは自身への挑戦者を待っているのだろうか?
スリルを求めているみたいだし、可能性はある。
あとは赤い煙も、何らかの誓約を受けているのかもしれない。
自身へ辿り着く道を必ず用意しないといけないとか、そういう制約に縛られているのだろうか?
まあどちらにしても、宝珠が手に入るならそれでいい。
問題は、レッドアイをどうするかだよな。
正直、カード化する価値はない。
種族特性は闇属性耐性(小)しかないし、ランクもFだろう。
ダンジョンボスのエクストラはあるが、リーヴィングスモンスターが全てを台無しにしてしまっている。
希少なモンスターで、知恵もあり言葉を話せるのはプラスだが……。
俺はレッドアイをカード化するべきなのか、少し悩む。
すると奇しくもレッドアイが、何を思ったのか自分を売り込んできた。
「お、おい。お前は確か、モンスターを配下にできたよな? 今はこんな姿だが、俺様は役に立つぜ。作戦の考案、交渉、モンスターの指揮。なんでもできるぜ?
今回のことは全部水に流そうじゃないか。だから、俺をお前、いや大将の配下に加えちゃくれないか?」
俺が熟考しているとレッドアイも、自分の今の状態について流石に気がついたみたいだ。
既に自分が赤い煙に使い捨てられたことも、理解したのかもしれない。
この柔軟な判断力も、こいつの優れた部分なのだろう。
うーむ。確かにカード化すれば、スキルはともかく、それ以外の部分で役には立つかもしれない。
俺はその点も考慮しつつ、レッドアイをどうするかの答えを出すことにした。
「確かにお前は優秀だ。配下に加えれば、俺の力になるだろう」
「おおっ、なら、そういうことだよな!」
ここまで口にすると、レッドアイに歓喜の笑みが浮かび上がる。
しかし、話はここで終わりでは無い。
「しかしこれまでの行いを考慮した結果、レッドアイ、お前は残念だが不採用だ」
「な!? 何でだよ!?」
上げてから落とす。その落差に、レッドアイが声を上げた。
「当然だろ? ルルリアにしたことは、流石に許容できそうにはない。配下に加えたら、それが後々面倒に繋がりそうだ。それに、なんだかお前は信用できそうにはない」
カード化すれば俺への忠誠心は生まれると思うが、自分が成り上がるために、他の配下たちを貶める気がしたのだ。
「そう言う訳でお前は一生、惨めにこの海域を彷徨っていろ」
「は!? う、嘘だろ!? お、おい! 待ってくれ! 俺は必ず役に立つ! あのお方、×××の情報だって可能な限り話す! それに、もし俺を配下に加えなければ、×××にお前のことを全部報告するからな!」
すると不採用になったことに逆切れしたレッドアイが、そう言って脅しをかけてきた。
「お前のそういうところだ。不採用にしたのは。それに、言うなら勝手にしろ。お前は既に、見限られている。
なにより、お前が言わなくとも、既にこの状況は知られている可能性が高い。つまり、お前の価値は無に等しい」
「は……?」
俺の言葉に、レッドアイが言葉を失う。
赤い煙に報告するというのは、レッドアイにとって切り札だったのかもしれない。
しかしレッドアイが例え報告しようとも、ほとんど意味はないだろう。
こんな大規模な実験をしたんだ。本人がそれを見ていないはずはない。
それに実は女王たちと話していた時、赤い煙に全て見られている前提で動くことにしたのだ。
奴の手の平の上というのは癪だが、これについてはどうしようもない。
だからこそ、分かっていても対処しようのない状況へ持ち込む必要がある。
なので今回ルルリアをカード化できたのは、とても大きい。
これには赤い煙も、流石に予想外だっただろう。
故にどのみちここから、赤い煙がなんらかの事を仕掛けてきてもおかしくはない。
だとすれば既に使い終わり、残りかすのレッドアイに何かすることはないだろう。
レッドアイを強化したりするよりも、他の配下を用意した方が効率的だ。
赤い煙の性格を思えば、遊び終わったオモチャには興味を無くす気がする。
つまりレッドアイを始末しようが放置しようが、あまり意味はない。
ダンジョンポイントもおそらく残り少ないだろうし、赤い煙からの支援も無くなる可能性がある。
であれば侵入者がほぼ来ないこのダンジョンは、どの道もうおしまいだろう。
周囲の魔素を吸収して何とか維持をしながら、細々とやっていくしかない。
今更こいつが、ここから何かできることも無いはずだ。
そう自己完結をすると、俺はレッドアイへの興味を無くす。
「そう言うわけで、お前はもう用無しだ。これからは自決できず、狂うこともコアを破壊することもできない虚無の日々を、世界が崩壊するまで続けるがいい。他の侵入者がコアを破壊してくれることを、精々祈るんだな」
すると俺の言葉に対して堪忍袋の緒が切れたのか、激怒したレッドアイが殴りかかってきた。
「き、貴様ぁ! ――ぐあぁ!?」
しかしその行動も、無駄に終わる。
レッドアイはクモドクロが吐いた糸で、瞬く間にぐるぐる巻きにされてしまった。
「安心しろ、用が済んだらその糸からは解放してやる」
「ち、ちくしょぉ! 俺様を生かしたことを後悔させてやる! 絶対に復讐してやるぞ!」
確かに物語であれば、この言葉は実現するかもしれない。
だが、この世界は現実だ。そんな甘いことはまず起きないだろう。
うるさいので、口もクモドクロに塞がせた。
そうしていかだの中央にある宝箱を、クモドクロに確かめさせる。
するとここで初めて、ボス討伐報酬の宝箱に罠が仕掛けられていた。
毒針というシンプルな物だったが、おそらくレッドアイがなけなしのポイントでどうにか取り付けたのかもしれない。
しかも外付けの罠だったので、俺にもそれが確認できた。
そもそもボス討伐報酬の宝箱は、ダンジョンのモンスターには開けられないらしい。
なので罠をつける時は、こうして外側に無理やりつけることになったのだろう。
これでダンジョンポイントに余裕があれば、もう少し見つけづらい罠だったかもしれない。
そんなレッドアイの最後の足搔きなど意味はなく、クモドクロによって簡単に解除されてしまった。
さて、今回の報酬は、いったい何が入っているのだろうか。
毎回この時だけは、俺もワクワクしてしまう。
そう思いながら、クモドクロに宝箱を開けさせる。
「は?」
しかし開けさせた宝箱の中身を見て、俺はそんな声をつい零してしまうのだった。
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