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第七章
256 船のダンジョン ⑬
しおりを挟む「どういう意味だ?」
「意味も何も、俺様の負けだ。条件を飲んでくれれば宝珠はもちろんのこと、この船にある財宝も全てやる」
突然の事に戸惑いを隠せないが、表層から感じる限り、嘘は言っていない。
とりあえず、内容くらいは聞いてみよう。
俺は警戒を続けながらも、レッドアイに質問を投げかける。
「負けを認めることは理解した。しかしこのボス部屋での戦いは、どうするつもりだ? 出入口が無い以上、お前を倒す必要があるんじゃないのか?」
いくらレッドアイが負けを認めようとも、それがどうにかできなければどうしようもない。
だがその質問は予測していたのか、レッドアイが即座に返答をする。
「それについては、問題ないぜ。このダンジョンには俺様以外に、もう一人ダンジョンボスがいる。あの人魚のことだ。あいつを倒せば、扉が現れる。
事前にそういう設定をオンにすれば、片方だけ倒せば開くようにできるんだぜ。単純そうに見えて、これを用意するのにはかなりの時間を要した。だが、作って正解だったぜ」
レッドアイは自信満々に、そう言った。
どうやらレッドアイもダンジョンボスとして、ダンジョンのシステムをいじっていたみたいだ。
こうしたもしもの時のために備えていたとしたら、用意周到な男である。
ただ問題があるとすれば、ルルリアを倒す必要があることだ。
殺さないでほしいと言っていたこともあり、個人的には抵抗がある。
それとやはりレッドアイにとって、ルルリアが殺されようがどうでもいいみたいだ。
ルルリアを倒すことに対して、躊躇いが一切感じられなかった。
「なるほど。つまりはあの人魚、ルルリアを俺が倒せばいいのか?」
そう言って俺がルルリアの名前を出すと、レッドアイの反応に変化が生まれる。
「ああ、そのとおりだ……? ん? 何であの人魚の名前を? 鑑定か? いや、鑑定でモンスターの個人名までは分からないはず……。
もしかして、直接聞いたのか? なら惑わされるなよ。人魚は人族をたぶらかす存在だからな!」
俺がルルリアに惑わされて交渉が破綻することを恐れたのか、焦ったようにレッドアイが警告をしてきた。
けれども俺はそれよりも、鑑定でモンスターの個人名までが分からないということの方が、気になっている。
おそらく普通の鑑定では、モンスターが個人名を持っていたとしても、分からないのかもしれない。
対して俺の鑑定は、エクストラスキルだ。その差があるのだろうか?
しかし思えば、個人名のあるモンスターを鑑定したこと自体はほとんどない。
ハパンナの街にいた時ですら、鑑定をしたか正直記憶には無かった。
だが自分の配下のステータスを確認した時、横に名前が出ているよな?
以前は確か、出ていなかったはずだ。
だとしたら変わっていたことにすら、意識を向けられていなかったことになる。
あまりにも自然過ぎて、俺自身も気にしてはいなかったのかもしれない。
それと配下のステータスは、カードを介して確認しているものだ。
鑑定のスキルとはまた少し、違うものである。
まあここはどちらかが影響を与えて、スキルも成長したのだと考えることにしよう。
今それを気にしても、仕方がない。
レッドアイの提案について、話を続けることにしよう。
「惑わされてはいない。だが、一ついいか? 正直俺にメリットが全く感じられない。だってそうだろ? ここでお前を倒せば、面倒な提案に従う必要はないはずだ」
如何にレッドアイが方法を述べようとも、それはレッドアイの利点でしかない。
船の財宝や宝珠も、レッドアイを倒しても手に入るのだ。
まさか、そのことに気がついていないはずはないよな?
俺がそう考えると、それについてもレッドアイは織り込み済みだったのか、俺へのメリット、いやデメリットを口にする。
「メリットはさっきも言った通り、船の財宝と宝珠を楽に手に入れられることだ。
だがもし俺を倒した場合、それは手に入らないぜ?」
「なに?」
レッドアイの言葉に、俺は眉をひそめた。
それを見て、レッドアイは怪しい笑みを浮かべる。
「なぜなら俺様が倒された瞬間、船の財宝は全てダンジョンのエネルギー、ダンジョンポイントに変換させる! そうなったら、もうお前が財宝を手にすることはできない!
更にはこのダンジョンも崩壊させる! 崩壊前に宝珠を手に入れようとしても、無駄だ。道中面倒な罠をいくつも用意しているからな! 崩壊の方が早いぜ! がはは!」
つまりは、交渉内容を飲まなければ努力が水の泡になると、レッドアイはそう言いたいのだ。
宝珠の重要性は、当然知っているだろう。
俺が赤い煙のことを知っていて、ダンジョンに来たのならなおさらだ。
そのことをレッドアイも、理解しているのかもしれない。
思った以上に、やりにくい相手だ。
「ああ、あの人魚を倒しても、よくわからんカードにはするなよ? 俺様は道中ちゃんと見ていたんだからな?
俺様の大事なシックルレイスも、奪ったんだろ? それはまあ許してやる。だが、あの人魚はダメだ。理由は俺様のスキルを知っているのなら、分かるだろ?」
こいつ、自分が優位の立場になったと考えるや否や、急に強気な態度に出てきたな。
「まあ、でも俺様も鬼じゃねえ。当然それを飲むなら、俺様の他の配下を自由に奪ってもいいぜ! なんなら、召喚できるリストでも渡してやってもいい。
これはお前にとっても、悪い話じゃないだろ? 百でも二百でも、無条件で渡すぜ? どうだ?」
そしてここでしっかり飴も用意しているあたり、生前は海賊たちの上の立場として、十分に活躍していたことがよく分かった。
更には相手が怒りで交渉をひっくり返さないよう、ギリギリを攻めている。
レッドアイが赤い煙の配下になれたのは、ある意味この交渉術があったからだろうか?
そんなことを思いながら、俺は返答を口にする。
「ああ、分かった。お前がその設定とやらをONにしたら、始末をつけよう」
俺がそう言うと、レッドアイは満面の笑みを浮かべた。
自身が勝ったのだと、そう確信をしたのだろう。
「おおっ! 納得してくれたか! へへ、お前なら分かってくれると信じていたぜ。
……よし、設定できたぞ。あの人魚をさっそく始末しに――ッ!?」
だが、その確信は誤りだ。
設定がONになったその瞬間、俺はセイントカノンをレッドアイに解き放つ。
それによりレッドアイの肉体が吹き飛び、肉片が辺りへと飛び散る。
だがこのままでは当然、瞬間再生されてしまうだろう。
なので俺は飛び散る肉片の中からレッドアイの魔石を見つけると、再生途中の肉から引きちぎる。
更には続けて真上へと放り投げると、事前に繋がりから送っていた命令を実行させるために、アンクへと声をかけた。
「アンク!」
「ガァ! あーしだって、やるときはやるっしょ!」
そうしてアンクは溜めに溜めていた魔力を解き放ち、極太で鋭いシャドーニードルを繰り出す。
シャドーニードルは狙い通り、レッドアイの魔石を貫いた。
ピンポイントで高威力の攻撃を受けた魔石は、耐えられずに音を立てて破裂する。
そして魔力をほとんど使い果たしたアンクが、空中から落ちてきた。
俺はそれを、優しく受け止める。
「よくやった」
「ガァ」
魔力を送りながら撫でてやると、アンクはいつもの言葉遣いも忘れて、嬉しそうに鳴いた。
「言った通り、ちゃんと始末してやったぞ。まあ、始末したのはルルリアじゃなく、お前だったがな」
モンスターの核である魔石を砕かれては、流石に瞬間再生はできなかったみたいだ。
レッドアイが復活する様子は無い。
またそれにより、出口となる扉が部屋の奥に出現した。
レッドアイはちゃんと、設定とやらをONにしていたみたいである。
まあ、これができなければ交渉が破綻するし、嘘もついていなかったから心配はしていなかった。
それともしレッドアイの魂がここで彷徨っているのならば、おそらく文句を言っているだろう。
『話が違うだろ!』という感じで。
しかし残念だが、そもそもレッドアイの交渉に乗る気はなかった。
色々と理由はあるが、交渉する相手が悪かったとして、諦めてもらおう。
俺はそう思いながら、周囲の状況を確認するのだった。
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