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第四章
144 転移者エリシャ
しおりを挟むユグドラシルの中で不利になるとは思っていたが、まさか一歩踏み込んだ途端に転移させられるとは……。
想像以上に、不味い状況だ。
幸い先行していた元悪いフェアリーたちと、レフの姿もある。
分断されることは、なかったみたいだ。
一応相手は戦う意思が無いと言うが、実際のところは分からない。
だが相手が対話を望む以上、下手に攻撃を仕掛けるのは悪手か。
まあ、これが相手の時間稼ぎとかでなければだが……。
「やはり警戒しますよね。なら、先にデバフを解除しましょう」
俺が黙っていると、エリシャがそう言ってユグドラシルのデバフを解除してくれた。
すると様々な感覚が蘇り、デバフのかかっていたスキルが問題なく使用可能になる。
まさか、デバフを解いてくれるとは思わなかった。
これは相手にとって、デメリットが多いはずである。
であれば戦う意思が無いというのは、ある程度は信用できるだろう。
「一応、礼を言っておく」
「いえいえ。構いませんよ」
見た限りでは、優しそうな老婆である。
だが侵入者の俺に対して、無防備すぎるな。
この老婆も転移者みたいだし、見た目に反して戦闘能力が高いのだろうか?
それともやはり、ユグドラシルの中では優位に立てるのかもしれない。
実際、使用可能になった以心伝心+で嘘をついていないか確かめようとしても、何かに阻まれて効果を及ぼさなかった。
おそらく本人に、何かバリアのようなものが張られているのだろう。
これは、鑑定も通らないかもしれない。
まあ鑑定は敵対行為だと思われるかもしれないし、現状する気はないが。
とりあえず、どのような思惑があるのか訊く必要がある。
「それで、戦う意思が無いというのは、どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。私はあなたと戦うつもりはなく、またあなたが為そうとしている事を止めるつもりもありません」
「つまり、それは……」
「ええ、ティニアを倒すのでしょう? 逆にお願いしたいくらいだわ」
「なっ!?」
エリシャの発言に、俺は驚きを隠せない。
もしかして、自称ハイエルフは内部分裂寸前なのだろうか?
だがその割に、侵攻などは問題なく行われている。
これはいったい、どういうことだろうか?
「ふふ、驚いたみたいね。まあ、当然かしら。でもね、私はティニアに対して恨みと怒りの感情しかないの。向こうは、色々と当然だと思っているからか、私のことを信頼しているみたいだけどね」
「恨みと怒り?」
何やら、根の深そうな問題があるみたいだ。
「そうよ。私は見た目こそおばあちゃんだけど、実年齢は十三歳なの」
「十三歳……?」
衝撃の事実だ。だとすれば、目の前の老婆は俺より年下ということになる。
「ええ、十三歳よ。理由は簡単。ユグドラシルをここまで成長させるのに、寿命を使ったからよ。今現在でも、吸われ続けているわ」
「なるほど……」
確かユグドラシルは自称ハイエルフが来る前には無かったみたいだし、短期間でここまで成長したのには、そうした理由があったらしい。
「けれどもそれは、私の意思ではないわ。ティニアとの契約によって、拒否することができなかったの。おそらく私は、このままだと数年以内に死ぬわ」
契約か。おそらく、クイーンフェアリーから奪った能力で行ったのだろう。
加えて現在でもユグドラシルに命を吸われており、このままではいずれ死亡するみたいだ。
なるほど。であれば、恨みと怒りしかないのは理解できる。
「でも私は、それでも我が子であるユグドラシルを愛しているの。けれども私が死ねば、ティニアに全て奪われる。碌な使い方をされないのは目に見えているし、私はそれが許せない」
どうやらエリシャは命を吸われているとしても、ユグドラシルが大事らしい。
契約による恨みよりも、奪われる怒りの方が大きい感じがした。
「だから私は、契約の関係であなたと共に戦うことはできないけど、情報などは与えられるわ。私はこの子と一緒にいられれば、それだけでいいの。だからティニアを倒したあとは、私とこのユグドラシルのことは見逃してほしい」
エリシャにとっても、これは最後のチャンスなのかもしれない。
誰かが自称ハイエルフの女王を倒さなけば、いずれ自身は死に愛するわが子が奪われる。
そして望むのは、静かな安寧。
以心伝心+が使えなくても、その本気度が伝わってきた。
おそらく、嘘は言っていない。
騙すにしても、回りくどすぎる。
であれば、ここは同意した方がいいだろう。
「わかった。約束する」
「ありがとう」
そうして思わぬ形で、俺は様々な情報を得る。
まずエリシャの神授スキルは、”植物の母”という。
効果は魔力などを使い、多種多様な植物を創れるみたいだ。
しかしユグドラシルのような巨木の場合、魔力だけでは足りず、寿命のほとんどを差し出すことになったらしい。
他にも女王ティニアの命令で、多くのフェアリーをユグドラシルの養分として捧げたという。
また反抗的なエルフも、同様らしい。
だがそれだけの犠牲もあって、ユグドラシルは十分に成長し様々な恩恵をもたらしたようだ。
その土地の豊穣はもちろんのこと、ここで生活するだけで怪我や病気の治りが早くなる。
加えてユグドラシル自体からも、優秀な素材が手に入るようだ。
また外敵へのデバフと、味方へのバフがかかる。
産みの親であるエリシャの場合は、更に優秀なバフがかかるらしい。
特に洞の中であれば、絶対的な優位性を得るとのこと。
相手からの干渉系スキルは、ほぼ効かないらしい。
それとエリシャはユグドラシルから一定の範囲で、様々な情報を得られるようだ。
これはデバフの範囲よりも広く、俺がフェアリーたちから情報を訊きだしていたことも筒抜けだったらしい。
しかしこれは、先にフォレストバードがデバフ範囲に入ったことで、気が付いたとのこと。
遠くから情報を得るためには、その場所を意識することが必要なようだ。
それとユグドラシルの洞内に敵が入れば、任意の場所に転移させることや、更なるデバフもかけられるらしい。
他にも色々できると思うが、流石に手の内を全て教えてはくれなさそうだ。
だが知った情報だけでも、現状かなり危なかったことは理解できた。
自身の寿命をほとんど使っただけに、ユグドラシルはチート級にヤバイものとなっている。
エリシャがその気なら、防衛戦はほぼ敵無しだろう。
だからこそ、自称ハイエルフの本拠地は守りが薄いのかもしれない。
次にボンバーについても教えてもらったが、既に倒した人物なので割愛する。
ただ転移者の男たちの中で、ボンバーがリーダー的存在だったらしい。
戦闘能力だけならば、自称ハイエルフの中でも上位だったみたいだ。
そして問題は、カルトスである。
どうやらカルトスは、ボンバーと行動を共にしていたらしい。
つまり、あの現場付近にいたことになる。
カルトスは”全知の追跡者”という、マーキングした相手の周囲の光景、音、におい、居場所を常に知る神授スキルを持つみたいだ。
自称ハイエルフの情報収集担当であり、知った情報を立体映像で再生することもできるらしい。
俺がボンバーを倒したことは隠せたとは思うが、おそらく転移者がいたことには気が付いただろう。
これは、非常にまずい。
一瞬そう思ったのだが、なぜかカルトスが帰って来ていないという。
時間的にカルトスの足なら、戻って来ていてもおかしくないようだ。
けれども、カルトスは未帰還で行方も分からないらしい。
ボンバーがやられたのであれば必ず戻って来るはずなので、何かあった可能性が高いようだ。
報告もなく前線に行くことは、まずありえないという。
またカルトスは斥候として優秀であり、逃げ足もかなりのものらしい。
なのでそのカルトスが戻ってこれないとなれば、転移者級の敵と遭遇したのかもしれないとのこと。
もしかして、他にも転移者がいたのだろうか?
そう考えたのだが、俺はあることを思い出す。
……そういえばあの時、ゲヘナデモクレスから転移者を倒した際のポイントが送られてきたんだよな……。
いや、これは考えすぎか。その通りだとすれば、ゲヘナデモクレスが俺の側にいたことになる。
それにゲヘナデモクレスは、あの小さな国境門の先へ向かったはずだ。
わざわざ、俺を追いかけに戻ってくる理由がない。
おそらく偶然だろう。
それよりも、他の転移者や強力なモンスターがいた可能性の方が高い。
もしかしたら、自称ハイエルフと敵対しているエルフやダークエルフの強者という線もあるだろう。
まあどちらにしてもカルトスが戻って来ていないのは、俺にとっては好都合だ。
そう割り切って、次の転移者についての情報を教えてもらう。
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