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第四章

134 独立と転換期

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 あれから騒ぎにはなったが、予定通り帰還することになった。

 そして翌日の早朝、依頼を受けた村に戻ってくる。

 今更だが、この村はラクールというらしい。

 また冒険者ギルドに行くと、人であふれ返っていた。

 多くの冒険者たちが、新国家樹立について情報を得ようとした結果である。

 なのでここはボーボスが代表して、依頼の報告へ行くことになった。

 おそらく計測用の腕輪があるので、後から別室に移動する事になるかもしれない。

 受付の周囲には人が多く、俺たち全員が並ぶだけのスペースもなかった。

 ゆえにその間、俺たちはギルドの外で待つことになる。

 それとどうやら、まだ目ぼしいことは分かっていないみたいだな。

 今回の独立について、ダークエルフたちは概ね好意的に受けている。

 不安がっている者は、大抵が塩の心配のようだ。

「これから、どうなっちゃうのかしらね」

 ルビスがぽつりと、そう口にする。

「どうもなにも、戦争だろ? 俺はエルフと自称ハイエルフ、どちらも気に食わなかったんだ」
「戦争って……気に食わないのは同意ですけど、僕は争いたくはないですね」

 ダンリは独立の結果から、戦争の気配を感じ取ったようだ。

 対してギルスは、争い自体に否定的である。

 ギルスの意見はよく分かるが、周囲の者たちはそうではないみたいだ。

 どちらかと言えば、ダンリと同意見の者が多い。

 ダークエルフは、意外と血の気が多いみたいだ。

 いや、これまで我慢していた分、爆発した感じだろうか?

 まあエルフから独立した以上、前に進むしかない。

 仮に戦争が起きた場合、敗北すれば暗い未来が待っていることになる。

 おそらく、話し合いでの解決は難しい。

 それでも話し合いの解決を望んだ場合、独立したばかりなのに、属国となってしまうだろう。

 あるいは、独立自体を無かった事にされる可能性がある。

 また残念ながら客観的な戦力は、ダークエルフが一番低い。

 不毛な荒野では、物資面でも劣っている。

 個の力も、おそらく最弱だ。

 最強戦力である新族長が、既に死亡していることが大きい。

 唯一の利点は、ダークエルフの戦意が高いことだろう。

 また戦闘を生業にする者が、多い気がする。

 これは荒野で何か作るよりも、ダンジョンから得た方が手っ取り早いからだろう。

 結果として需要の関係から、装備類の製造業は発展している。

 なので村の中では、武具屋が多かった。

 だが代わりに嗜好品や食料生産などは、あまり発展していない。

 薬品類も、これまではエルフから輸入していた物が大半のようだ。

 ダンジョンからも薬品類は宝箱から出てくるとはいえ、需要を満たすほどではない。

 だとすればもし戦争になった場合、最初は高い戦意から優勢に進むだろう。

 けれども時が経てば、次第に物資の関係で劣勢になっていく気がする。

 まあこれは単純に考えた結果に過ぎないので、実際どうなるかは分からない。

 最終的には、ダークエルフの宗主になった人物の手腕が試されるだろう。

 そんなことを考えながら待機していると、突然驚くべきことが起きる。


『デグル大長老国所属の【妖精の森】が離反いたしました。新国家【ユグドラ女王国】が樹立されます。宗主は【ティニア・ユグレイア】です』


 脳内に、そんな声が聞こえてきた。

「妖精の森って、自称ハイエルフがいるところだよ!」

 すると今のを聞いたギルスが、そう声を上げる。
 
 どうやら自称ハイエルフたちも、独立したらしい。

 時期から考えて、ダークエルフが独立したことが原因だろう。

 これは本格的に、事態が動き出したな。

「国が三つになるなんて、お年寄りたちの昔話でしか聞いたことがない事態ね……」
「ならエルフと自称ハイエルフを滅ぼして、一つに戻せばいい」

 ルビスは実感がないかのように驚き、ダンリは過激な事を口走る。

 周囲のダークエルフたちも、自称ハイエルフの独立に驚いていた。

 加えて争いが本格的に起きる何かを感じているのか、落ち着きがない。

「お前ら、今のを聞いたか! ギルドの訓練場に集まれ! ギルドマスターが話があるみたいだ!」

 俺たちが驚いていると、そこへボーボスがやって来てそう言った。

 これは、依頼の報告がどうこう言っている場合ではないな。

 そんなことは、後回しでいいだろう。

 俺たちはボーボスに続いて、ギルドの訓練場に向かう。

 訓練場はギルドの裏にあり、とても広い。

 多くの冒険者が既に集まってもなお、スペースが余っていた。

 そして訓練場の最前列には、初老のダークエルフが立っている。

 おそらくあの人物が、ギルドマスターだろう。

 そして訓練場に集まってから十数分後、ギルドマスターが声を上げる。

「お前たち、良く集まってくれた。先ほど報告神様の言葉が聞こえた通り、自称ハイエルフ共が独立した。これは想定していた事態だが、あまりにも早すぎる。よって本来は時期を見て話すことを、この場で話そうと思う」

 どうやらギルドマスターは、何か重要な事を知っているみたいだ。

 それとあの声の主は、報告神というらしい。創造神とは別の神だろうか。

「まず我々ダークエルフが独立したことだが、これは以前より進められていたことだ。しかし自称ハイエルフが神聖な儀式を汚したことで、早める結果となった。
 また独立出来たということは、エルフとは不可侵条約及び、共同戦線を張ったことになるだろう」

 エルフとの不可侵条約や共同戦線と聞いて、周囲が騒がしくなる。

「静まれぃ! これは、自称ハイエルフを倒すためである。そして我々が独立するためには、その条件を飲む必要があったのだ。エルフたちにとっても、自称ハイエルフは排除するべき敵なのである」

 なるほど。独立を許すほどに、自称ハイエルフを脅威に思っているのか。

 それとも、他にも何か理由があるのか?

 単純に考えれば、エルフは後の仮想敵国を増やしたようにしか思えないのだが。

 ダークエルフを切り離した方が、何か利益があるのかもしれない。

「また我々は、悲願である海のダンジョンを既に手に入れている! 国として樹立したことで、今頃ダザシャ様がダンジョン核の保護を、創造神様に願っていることだろう!
 つまりエルフ国にある海のダンジョンと同様に、我らの海のダンジョンも今後失われることはない!」
「「「うぉおおお!!」」」

 それを聞いた途端、周囲に歓声が響き渡る。

「海のダンジョンって本当に!? これでエルフと決別できるわ!」
「なるほど。これまで内緒にしていたのは、ダンジョン核を保護するためだったんだね!」
「これで不届き者がダンジョンに侵入しても、核がある部屋まで入れないぜ!」

 なんだ? ダンジョン核の保護?

 海のダンジョンを隠していたことは理解したが、ダンジョン核の保護というのが分からない。

 ダークエルフたちは、皆知っているようだな。

 皆が、希望に満ち溢れた表情である。

 これは推測になるが、国の頂点が創造神に願うことで、ダンジョン核を破壊できなくすることが可能なのだろう。

 だがこれまでそうしたダンジョンに出会ったことはなく、あのハパンナダンジョンも保護というものはなかった。

 おそらくだが、保護できる数に限りがあるのかもしれない。

 これは国の頂点に与えられた、特殊な力なのだろう。

 もしかしたら他にも何かあるのかもしれないが、それを知る方法が現状はない。

 いずれ国の頂点と接点を持った時に、知る機会が生まれるかもしれないな。

 まあ今はそれを考えるよりも、これでダークエルフの塩問題が解決したことの方が重要だ。

 しかし今のところエルフにはデメリットが大きいように思えるが、海のダンジョンを隠していることを知らなかったのだろうか?

 いや、知らなくても、推測はできただろう。

 塩を自分たちに依存している勢力が、独立を願っているのである。

 その問題を解決したのかもしれないと、エルフも少しは思うはずだ。

 じゃなきゃダークエルフは、独立してもエルフに急所を握られ続けることになる。

 であるならば、それを加味しても独立を許す理由が、エルフにはあったのかもしれない。

 何か、重要なことが隠されているのか?

 ダークエルフ側もそれを怪しんだかもしれないが、それでも独立を選んだのだろう。

 詳しいことは分からないが、それについては俺がどうこうできる話ではない。

 今はそれよりも、目の前のことに集中しよう。

「――そして独立したことにより、この村はもはやただの村ではなく、最前線の大村である。ゆえに本来は国中の戦士が集められる予定であった。だがそれよりも早く、自称ハイエルフ共が独立したのだ」

 なるほど。ここは最前線になるのか。

 だからこのギルドマスターは、これほど詳しかったのだろう。

 事前に情報を与えられるほどの、重要人物ということになる。

 確かにエルフの森と国境が一番近く、大きな村はここだ。

 またおそらくだが、国の南東は自称ハイエルフの国と接していると思われる。

 なのでこの村はダークエルフにとって、要衝ようしょうになっているのだろう。

 加えてエルフとは不可侵条約を結んでいるとはいえ、無防備にもなれない。

 自称ハイエルフの国と戦う場合にも、重要な場所になる。

 つまりは、ここを落とされる訳にはいかないという事だろう。

 俺がそう考えている間にも、ギルドマスターの話が続く。

「よって戦士たちがやって来るまでの間、この村を守る必要がある! 冒険者よ、国のために立ち上がれ! これは我々ダークエルフにとって、重要な転換期である!」
「「「うぉおおお!!」」」

 その言葉に、ダークエルフたちが答える。

 誰も反対する者は、いなかった。

 ダークエルフとしての誇り、復讐、故郷の守護。様々な感情が、士気を引き上げているのだろう。

 不思議な熱気を、肌で感じた。

 故郷など存在しない俺は、そこまで熱くはなれない。

 しかし、ダークエルフたちの強い想いが伝わってきた。

 これは、種族としての生存競争だろう。

 そしてダークエルフたちの熱気が最高潮に達しようとしたそのとき、それはやってきた。

 上空から、爆発音が唐突に聞こえてくる。

 俺は爆発音の鳴る方へと、視線を向けた。

 すると何やら一人の人物が空中で足元を爆発させて、跳躍するように空を駆けている。

 なんだ、あいつは……?

 そしてこの訓練場の上空まで来ると、そのまま落下してきた。

「何者だ!?」

 ギルドマスターが、声を上げる。

 周囲のダークエルフたちも、臨戦態勢だ。

 次第に落下の衝撃で巻きあがった砂埃が、徐々に晴れてくる。

 そして現れたのは、筋骨隆々で身長二メートル近い、エルフの男。

 上半身は裸で、髪は短髪だ。

 また男の周囲には、ときおり雷のようなものが弾けている。

「俺様か? がははっ! 俺様は、ボンバー様だ!」

 そうして凶悪な笑みを浮かべて名乗った男の正体は、神聖な儀式を汚した自称ハイエルフ、ボンバーだった。
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