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第四章
126 ゲッコー車での移動 ①
しおりを挟む馬車、ゲッコー車が動き出す。
過去馬車に乗った時は、散々な目に遭った事を思い出す。
揺れは酷かったし、臭くて更には酔った者が嘔吐したんだったか。
しかしゲッコー車は、思ったよりも揺れが少ない。
木製の壁と天井に、小さな小窓。人数は左右に六人ずつ、合計十二人乗れる。
また車内は広く、十二人乗っても足元にゆとりがあった。
パーティの基本人数が四人くらいと考えると、車内にいるのは三パーティとなる。
俺の左にはダンリが座り、向かいには双子の弟ギルス、その横が姉のルビスという感じだ。
更に俺たちの両サイドには、それぞれ別のパーティが座っている。
それと車内には、消臭効果があるハーブのようなものが吊るしてあった。
加えてカンテラのようなものが固定されており、車内は淡いオレンジ色に照らされている。
ちなみに小窓から外を見れば、日は既に沈み始めており、外は薄暗くなってきていた。
乗っている冒険者たちは乗りなれているのか、顔色から酔っている者はいない。
それとゲッコー車は、馬車と同じくらいの速度で走る。
これなら単純に考えて、二日ほどで目的地に着くだろう。
モンスターも今のところ襲ってこないし、楽なものである。
ナイトゲッコーは戦闘能力が無いみたいだが、一応Dランクのモンスターらしい。
なのでこの周辺のザコモンスターでは、近づいてこないのだろう。
だがこの先進んでいけば、襲い掛かってくるモンスターも現れると思われる。
冒険者は全員ゲッコー車の中にいるが、その時は飛び出して対応するのだろう。
荒野の闇の面々がどのように戦うのか、実に楽しみだ。
ちなみに今は皆車内の中で夕食を食べていたり、のんびりしていた。
俺も村で買い、ストレージに入れていたモスサンドを食べている。
荒野の闇の面々も、似たように食事していた。
どうやらルビスは、アイテムポケットのスキルを所持しているようである。
そこから食べ物を取り出して、二人に差し出していた。
また俺にも差し出してきたが、自分で用意していたので断っている。
そうして食事を終えると、小窓から見える景色は完全に暗くなっていた。
すると御者が光球を作り出し、周囲を照らす。
他のゲッコー車の御者も、同様に発動していた。
光球は中級生活魔法のはずだが、御者全員が使えるのは流石におかしい。
中級生活魔法ではなく、光球単体のスキルなのだろうか?
それか光球を発動する魔道具や、何かそうした装備を身につけているのかもしれない。
夜行性であるナイトゲッコーの御者をしている訳だし、光球を作り出す何かを持っていてもおかしくはないか。
それからゲッコー車は、闇夜の荒野を進んでいく。
すると当然道中は基本暇なので、必然的に会話をすることになる。
俺は三人が冒険者として活動するまでの事を、偶然にも聞くことができた。
三人は元々ブルカ村という、小さな村出身とのこと。
加えてギルスとダンリは、当初は冒険者になるつもりはなかったらしい。
そこをルビスに懇願されて、最初は仕方がなく冒険者になったようだ。
しかし冒険者として活動していくにつれて、冒険者業も悪くないと感じてきたようである。
またパーティのバランスも良く、弟と恋人である二人は信用できた。
なので何の問題も起きず、着実に力を付けられたらしい。
確かに見知らぬ者とパーティを組むのは、一種のリスクがある。
そう考えると俺は、三人から多少なりとも警戒されているのかもしれない。
まあ、それは仕方がないか。
そして今度は俺の事を知りたいらしく、これまでの事を訊かれる。
正直に経緯を話すことはできないので、嘘はつかず事実だけを話す。
「事情があって荒野ではなく、エルフの森にいた。エルフの村にはほとんど入らず、狩りをしていた感じだ。しかしそれでもエルフの村に入る必要があり、そこで面倒な事に巻き込まれそうになった。それで結局逃げ出して、今こうしている」
嘘は言っていない。
だが俺が国境門を通って来たことや、荒野に来たのが初めてということは口にしなかった。
「なるほど。その事情が気になるところだけど、訊かないことにする。冒険者に秘密の一つや二つはあるものだわ」
「やっぱりエルフは怖いですね。聞いた話ですが、エルフの村では石を投げられるらしいですし」
「エルフか。それは災難だったな。やっぱり塩か? 塩さえ握られていなければ、俺たちも関わらずに済むんだが……こればっかりは、どうにもならなねぇよな」
塩が握られている? どういうことだ?
ダンリの発した言葉に、俺は考え込む。
確か呼吸の指輪を購入した時に、この国には海が無いことを知った。
つまりダークエルフにとって、塩は貴重なのだろう。
実際村で売られている塩を見かけたが、確かに高い。
俺にはソルトタートルがあるので、その時はあまり気にしなかった。
だがその塩を完全にエルフからの供給で成り立っているのだとすれば、当然の価格だったのだろう。
そしてエルフには塩を手に入れる手段があり、ダークエルフには無い。
差別されている上に塩も握られているのだとすれば、ダークエルフの立場はますます弱くなる。
そんなダークエルフを平等に扱うという自称ハイエルフの行動は、事実であればまともなのかもしれない。
だがそれもエルフからすれば、たまったものではないだろう。
急激な変化は、反発を招く。
それにエルフは、保守的で急激な変化を嫌うタイプな気がする。
だとすれば自称ハイエルフの対応次第で、事は大きく動く。
これはダークエルフが自称ハイエルフに、どのような印象を抱いているのか気になるところだ。
なので俺は、自然な形で自称ハイエルフについて訊いてみる。
「そういえばエルフ達は、ハイエルフについて盛り上がっていた。こっちではどうなんだ? 俺はエルフの森にいて、その情報が無いから知っておきたいのだが」
俺がそう口にすると、周囲が一瞬黙り込む。
それは、こちらとは関係ない他のパーティも同様だ。
これは、まずい質問をしてしまったか?
そう思った時、ルビスが口を開く。
「ハイエルフ。あいつらは許さないわ。私達ダークエルフの神聖な儀式をダメにしただけじゃなく、ティーシャさんを攫ったのよ! 後で戻ってきたけど、その時には……」
ルビスの言葉には、強い怒りが含まれていた。
「ハイエルフを自称するくせに、僕たちダークエルフの神聖な儀式を知らないとかありえないよね。それなのに平等にするから傘下に入れとか、こちらを舐めているとしか思えない」
おとなしい感じのギルスですら、憎しみを滲ませている。
「所詮は奴らもただのエルフという事さ。平等というのも、嘘だろう。中央と戦いになった際に、捨て駒にされるのが関の山さ」
ダンリも言葉尻を強くし、歯を食いしばって恨みを募らせていた。
Eランクパーティである三人から、ここまで情報が得られるとは思わなかったな。
にしても周囲のパーティも、三人と同じような雰囲気だ。
だとすれば、自称ハイエルフはダークエルフ全体に恨まれていることになる。
情報が低ランク冒険者にまで広まっていることから、その怒りはかなりのものだと推測できた。
その理由となった神聖な儀式が気になるが、流石にそれを知らないのはおかしいだろう。
下手に訊けば、面倒な事になりかねない。
このことについては、慎重に情報を集めよう。
だがその神聖な儀式が、ダークエルフにとってとても大切なことは分かる。
またティーシャという人物が、自称ハイエルフに攫われたらしい。
名前からして、女性だろうか。
そして後から戻ってきたらしいが、悲惨な感じだったのだろう。
自称ハイエルフは転移者だと思われるが、三人の話だけでもかなりヤバイ奴というのは理解した。
それでダークエルフに平等がどうとか言っても、喧嘩を売っているとしか思えない訳だ。
もしこの恨みが向こうに伝わっているとすれば、ダークエルフを傘下に加えるのは止めるかもしれない。
そうすれば加わることを拒否していたエルフたちも、自称ハイエルフたちの元に集まる事だろう。
だとすれば、中央と自称ハイエルフたちの争いも大きく動く。
ダークエルフたちは、その時放置される感じだろうか?
いや、その時は普通に、中央から徴兵される可能性もある。
どのような状況になるのかは不明だが、この国ではどこにいても、面倒なことになりそうだ。
それでもおそらく、ダークエルフ側にいる方が比較的安全だろう。
ただ冒険者ギルドを通して徴兵されるかが、問題だな。
確か以前シルダートで戦争に参加するには、Dランク以上である必要があった。
つまり、俺が何らかの形で徴兵される可能性はある。
まあこれは憶測だし、参加募集はあっても強制ではない可能だってあるはずだ。
しかしこの国も、どんどんきな臭くなってきたな。
国境門が見つかって開いた場合、そのまま移動することも考えた方が良いかもしれない。
俺は心の中でそう思いながら、三人との会話を再開するのだった。
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