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第五章『生死』

第41話 一瞬だけの一安心

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 計画に反して、結局私たちは同じ電車に乗り込んだ。
 私は立ったまま吊革つりかわを握りしめて、かなえは窓側の席に座っている。
 長い間走っていて、私の呼吸はまだ荒い。
 私より体力が高いのか、かなえはあまり疲れていないようだった。座席に座ったまま、彼女は困惑した表情で私を見上げた。
 
 ーーやっぱり説明したほうがいいだろうか……

「さっきのことなんだけど、少しでも説明してくれないの?」

 と、かなえは頭を掻きながら言った。

 『必要があったら説明する』と言ったものの、その『必要』が思ったより早く来た。だから、どう説明すればいいのかまだわからない。タイムスリップから説明しようか? それとも病院のことからしたほうがいいのかな……。
 思いを巡らせて、私は必死にわかりやすい説明を考えようとした。

 ーーああ、考えておけばよかったのに。

 まだ車内にいることに気がついて、私は説明を始める前に声をひそめておいた。

「私はタイムスリップしたんだ。二時間前に時間をさかのぼることを願って、希茶きちゃを飲んだ。なぜなら、私は矢那華やなかに撃たれて入院したから。一週間も病室にせることになったから、お葬式に行けなかった。でも、私はタイムスリップの計画を立ててかなえに提案すると、許可されて時間を遡ることができたんだ」

 説明を終えて、私は息を吐いた。
 私が話している間、かなえは相槌を打ったり頷いたりしていた。話を聞いて驚くだろうと思ったけど、彼女の表情は一切変わらなかった。
 やっぱり、真相を隠す必要はなかった。

「わたくし……タイムスリップの許可をあげたのか。つまり、のぞみは願い事を変えたんだ?」

 言って、かなえは自嘲するように苦笑した。

「そう。零士れいじと再び会えたし、お互いに告白したし、今更そんな願い事を持つ必要はないでしょ?」
「そうね。ま、悪い事なんかじゃない。少し驚いただけ」

 叶《かなえ》は『少し驚いただけ』と言い足したものの、顔にはまったくそう見えない。どんな表情を浮かべても、彼女の気持ちがやっぱり読み切れない。
 電車がいきなり揺れると、私は吊革を放してしまってめく。バランスを取り戻したあと、音声合成の声が車内に響いた。
 何回も電車を乗り換えて、私たちはそろそろ斎場に到着するようだ。

『ツギは不動前デス』

 電車が停車すると、かなえは座席から立ち上がって、先に電車を降りた。
 彼女の姿を見失わないように、私は人混みを掻き分けた。電車を降りると、彼女が駅前で待っていることに気づいた。

「こっちだよー、のぞみ!」

 言いながら、彼女は背伸びして手を振った。
 休む間もなく、私たちは集合場所に向かった。

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 斎場の外にたどり着くと、葬式の始まりを待っている何十人もの人が視界に入った。
 念のため、私は人混みの中で矢那華やなかがいないか確認した。幸い、彼女の姿はどこにもなかった。
 とりあえず、私たちは少し休んでもいいだろう。私は安堵の溜息を吐いて、かなえに視線を向けた。
 しかし、彼女はそこにいなかった……。一体どこに行ったんだろう?
 再び人混みを見回すと、かなえが他人と喋っていることに気がついた。
 吐息を漏らしてから、私は覚悟を決めてそこに向かった。
 メイド喫茶で働いているとはいえ、まだ雑談が苦手なんだ。しかも、葬式に行くのは初めてだから、どんな話をすればいいのか全然わからない。
 まあ、かなえもそうだけど……。
 私は彼女を真似したらなんとかなるだろう。そう決めて、私は会話に参加しようとした。

「あ、のぞみ! こっちに来てください」

 のぞみの葬式でその名前を聞いたら、皆が混乱するんではないだろうか?
 私はそう思ったけど、のぞみはただの源氏名だと思い出した。彼女の本名は身内しか知らないだろう。
 それに、家族はゆめゐ喫茶に行ったことがないならのぞみという源氏名を聞いたこともないかもしれない。

のぞみですか? 初めまして、優菜ゆうなです」

 同じ自己紹介を何回も聞いて、私は既視感を覚えそうになった。
 見知らぬ人と挨拶を交わして、葬式が始まるまで時間を潰した。賑やかな場外から離れて、私は一人でベンチに座った。
 そういえば、矢那華やなかがそろそろ来るんじゃないか? あと三十分なのに、彼女の気配はない。もちろん来ないほうがいいけど、おかしい。
 もしかして、斎場まで送ってくれるというのは罠だったのか? それなら、私たちは車に乗り込んだ途端に銃で殺されたんだろう。無理もない話だ。
 この時点ではまだ起こっていないことなのに、術後の痛みを思い出すと寒気がした。
 今度こそ、私は無事に矢那華やなかと対決しないと。
 しかし、弾丸は避けられないし、武器を持っていないし、私は勝てるわけがないじゃないか?
 それでも、矢那華やなかを止めなければならない。
 きびすを返して皆が喋っている場所に戻ろうとすると、あの見覚えのある車が視界に入った。

 ーー矢那華やなかが、来たんだ……。

 その眼差しはまるで私の身体からだを射貫くように鋭い。
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