40 / 44
第五章『生死』
第40話 私、時間を遡りたい
しおりを挟む
静まり返った病室。
私はベッドに横たわったままいい話題を考えようとしたけど、トラウマのせいかよく考えられなかった。
ややあって、長い間の沈黙を切り出したのは零士だった。
「な、みおちゃん……」
「んー?」
「キスしてもいい?」
「ええええぇー?」
と、私は急すぎる展開に戸惑って叫んだ。
ベッドに身体を引くと、術後の痛みが再び訪れてきた。私はたじろいで、目を瞑った。
「いいよ」
零士が好きーーいや、大好きだから、結局私は許可をあげた。
目を閉じたまま、私はキスを待つ。
零士は緊張しているのか、一分も経ったのにキスがまだだ……。
「零士ぃー? キスしてくれないの?」
「しまった、遅すぎた……」
片目を開けると、叶が戻ってくることに気づいた。
ーーもう、ずるいわよ……。
「希茶を用意したよ。早速始めよう」
言って、叶は病室を囲む白いカーテンを閉めた。
目立たないためなのか、彼女は希茶を水筒に入れておいたようだ。
「では、願い事を教えてください」
「……相談までは必要なのか?」
「念のため相談からしよう」
私は覚悟を決めて、願い事を告げた。
「二時間ほど時間を遡りたい」
「わかった。では、冷めないうちに飲んでくださいね」
「ちょっと待って……。飲んだら叶の個人事務所に戻るんでしょ?」
「確かにそうだけど、時間を遡ったら病院に行く必要はないし、病室にいないことが発見される前に、わたくしは必ず願い事を叶えるよ」
「なら、お願いします」
言って、私は水筒を口に運び、希茶を飲み干した。すると、慣れた瞬間移動が起こった。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
叶の個人事務所。
私は床に倒れたまま唸り声を出した。
床の冷たさが頬に伝わってきた。
叶は二時間前に戸締りしたとき、カーテンも閉めたようだ。
室内は暗く、電気スタンドに照らされた範囲しか見えなかった。
「痛いならすみません。早く終わらせるから、もう少し我慢してください」
と、叶は私を慰めるように言った。
彼女を見上げると、明らかに心配な表情を浮かべている。声音からすると、叶も少し怖がっているようだ。
「はい、わかりました」
まだ臨時休業なのに、個人事務所にいるだけで私は思わず普段の口調に戻ってしまった。
「では、希。ご武運を」
言って、叶は手を伸ばした。
見馴れた魔法が手に現れると、室内に閃光が光り出した。その眩しい光に、私は目が眩む。
そして、その光が消えるにつれ、室内が暗くなってきた。
しかし、目を開けると視界を埋めつくしているのは個人事務所ではなく、ゆめゐ喫茶の店先だった。
ということで、私は本当に時間を遡った。少し目眩がしたけど、身体がすぐに慣れて、違和感は微塵もなかった。
腕時計を見ると、針が午後三時を指している。葬式が始まるまであと二時間だ。
正直、無事に間に合うかわからない。時間を遡る前は自信がたっぷりあったけど、実際にタイムスリップしてからなぜか不安になってしまった。
しかも、タイムスリップのルールがまだわからない。例えば、叶は時間を遡った自覚があるのか? それとも、私だけなのかな……。
念のため、私は叶に疑問を投げかけた。
「あのね叶。銃を見たことあるの?」
今回、私は砕けた口調で話すようにした。
「銃? 見たことないと思うけど、なんで?」
と、叶は首を傾げて聞き返した。
まあ、疑問を持つのは当然。逆の立場だったら、私もそういう反応をするだろう。
「えーと、興味本位かな?」
そういえば、私はなんで叶から真相を隠しているのか?
「時間を遡ったのでどこまで覚えているかを確認したかった」と返したら、叶はおそらく「そうか?」と返すだけだろうに。
なのに、私は真相を説明するのが怖い。もしも、万が一真相を知らせると現代に戻るルールがあったら……。
それなら、私たちの努力は台無しになってしまう。だから、タイムスリップについては何も言わないことにした。必要があったら説明する。
「では、お葬式の会場に行こうか?」
と、叶は私に視線を向けて言った。
そろそろ矢那華の車が来ることに気づいて、私はできるだけ早く返事した。
「はい」
そっけなく答えてから、私は叶の手を鷲掴みにして、強く引っ張った。
一緒に行くつもりはなかったけど、ストレスが頭の中に溜めていてよく考えられない。だから、私の行動はすでに計画からずれてしまう。
「の、希? 遅刻しそうにないから走りなくてもーー」
「走れ!! 走ってくれ、叶! 走らないと、私ーーいや、私たちはーー」
最悪のタイミングで息が切れた。それでも、休む暇はない。
もっともっと走らなければならない。最寄りの駅に着くまで、私たちは頑張らないと……。
「だ、大丈夫なの? おかしいよ、希」
私に引っ張られながら、叶はそう言った。
でも、走りながら喋りづらいし、残りの息を無駄にしてはいけない。だから、私は黙って走り続けることしかできなかった。
しかも、ワンピースで走るのは非常に難しい。途中で何回もつまずきそうになって、鼓動が高鳴った。
そして三、四分くらい全力疾走してから、駅がようやく視界に入ってきた。
駅前にたどり着くと、私は叶の手を離して膝をついた。
呼吸が荒く、胸が疼く。
「何しているのよ、希?」
叶に目をやると、彼女の身体が汗だくだった。幸い、ワンピースは漆黒なので汗染みがあまり見えなかった。
しかし、叶ならではの青髪は別の話だ。髪の毛が乱れて、汗でびっしょり濡れた。
「ごめん。理由は言えるかどうかわからないけど、さっき走らなかったら私たちは亡くなったかもしれない……」
「亡くなった……? どういうこと?」
「な、なんでもない」
矢那華はまだどこかに潜んでいるだろうけど、私はとりあえず一安心した。
私はベッドに横たわったままいい話題を考えようとしたけど、トラウマのせいかよく考えられなかった。
ややあって、長い間の沈黙を切り出したのは零士だった。
「な、みおちゃん……」
「んー?」
「キスしてもいい?」
「ええええぇー?」
と、私は急すぎる展開に戸惑って叫んだ。
ベッドに身体を引くと、術後の痛みが再び訪れてきた。私はたじろいで、目を瞑った。
「いいよ」
零士が好きーーいや、大好きだから、結局私は許可をあげた。
目を閉じたまま、私はキスを待つ。
零士は緊張しているのか、一分も経ったのにキスがまだだ……。
「零士ぃー? キスしてくれないの?」
「しまった、遅すぎた……」
片目を開けると、叶が戻ってくることに気づいた。
ーーもう、ずるいわよ……。
「希茶を用意したよ。早速始めよう」
言って、叶は病室を囲む白いカーテンを閉めた。
目立たないためなのか、彼女は希茶を水筒に入れておいたようだ。
「では、願い事を教えてください」
「……相談までは必要なのか?」
「念のため相談からしよう」
私は覚悟を決めて、願い事を告げた。
「二時間ほど時間を遡りたい」
「わかった。では、冷めないうちに飲んでくださいね」
「ちょっと待って……。飲んだら叶の個人事務所に戻るんでしょ?」
「確かにそうだけど、時間を遡ったら病院に行く必要はないし、病室にいないことが発見される前に、わたくしは必ず願い事を叶えるよ」
「なら、お願いします」
言って、私は水筒を口に運び、希茶を飲み干した。すると、慣れた瞬間移動が起こった。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
叶の個人事務所。
私は床に倒れたまま唸り声を出した。
床の冷たさが頬に伝わってきた。
叶は二時間前に戸締りしたとき、カーテンも閉めたようだ。
室内は暗く、電気スタンドに照らされた範囲しか見えなかった。
「痛いならすみません。早く終わらせるから、もう少し我慢してください」
と、叶は私を慰めるように言った。
彼女を見上げると、明らかに心配な表情を浮かべている。声音からすると、叶も少し怖がっているようだ。
「はい、わかりました」
まだ臨時休業なのに、個人事務所にいるだけで私は思わず普段の口調に戻ってしまった。
「では、希。ご武運を」
言って、叶は手を伸ばした。
見馴れた魔法が手に現れると、室内に閃光が光り出した。その眩しい光に、私は目が眩む。
そして、その光が消えるにつれ、室内が暗くなってきた。
しかし、目を開けると視界を埋めつくしているのは個人事務所ではなく、ゆめゐ喫茶の店先だった。
ということで、私は本当に時間を遡った。少し目眩がしたけど、身体がすぐに慣れて、違和感は微塵もなかった。
腕時計を見ると、針が午後三時を指している。葬式が始まるまであと二時間だ。
正直、無事に間に合うかわからない。時間を遡る前は自信がたっぷりあったけど、実際にタイムスリップしてからなぜか不安になってしまった。
しかも、タイムスリップのルールがまだわからない。例えば、叶は時間を遡った自覚があるのか? それとも、私だけなのかな……。
念のため、私は叶に疑問を投げかけた。
「あのね叶。銃を見たことあるの?」
今回、私は砕けた口調で話すようにした。
「銃? 見たことないと思うけど、なんで?」
と、叶は首を傾げて聞き返した。
まあ、疑問を持つのは当然。逆の立場だったら、私もそういう反応をするだろう。
「えーと、興味本位かな?」
そういえば、私はなんで叶から真相を隠しているのか?
「時間を遡ったのでどこまで覚えているかを確認したかった」と返したら、叶はおそらく「そうか?」と返すだけだろうに。
なのに、私は真相を説明するのが怖い。もしも、万が一真相を知らせると現代に戻るルールがあったら……。
それなら、私たちの努力は台無しになってしまう。だから、タイムスリップについては何も言わないことにした。必要があったら説明する。
「では、お葬式の会場に行こうか?」
と、叶は私に視線を向けて言った。
そろそろ矢那華の車が来ることに気づいて、私はできるだけ早く返事した。
「はい」
そっけなく答えてから、私は叶の手を鷲掴みにして、強く引っ張った。
一緒に行くつもりはなかったけど、ストレスが頭の中に溜めていてよく考えられない。だから、私の行動はすでに計画からずれてしまう。
「の、希? 遅刻しそうにないから走りなくてもーー」
「走れ!! 走ってくれ、叶! 走らないと、私ーーいや、私たちはーー」
最悪のタイミングで息が切れた。それでも、休む暇はない。
もっともっと走らなければならない。最寄りの駅に着くまで、私たちは頑張らないと……。
「だ、大丈夫なの? おかしいよ、希」
私に引っ張られながら、叶はそう言った。
でも、走りながら喋りづらいし、残りの息を無駄にしてはいけない。だから、私は黙って走り続けることしかできなかった。
しかも、ワンピースで走るのは非常に難しい。途中で何回もつまずきそうになって、鼓動が高鳴った。
そして三、四分くらい全力疾走してから、駅がようやく視界に入ってきた。
駅前にたどり着くと、私は叶の手を離して膝をついた。
呼吸が荒く、胸が疼く。
「何しているのよ、希?」
叶に目をやると、彼女の身体が汗だくだった。幸い、ワンピースは漆黒なので汗染みがあまり見えなかった。
しかし、叶ならではの青髪は別の話だ。髪の毛が乱れて、汗でびっしょり濡れた。
「ごめん。理由は言えるかどうかわからないけど、さっき走らなかったら私たちは亡くなったかもしれない……」
「亡くなった……? どういうこと?」
「な、なんでもない」
矢那華はまだどこかに潜んでいるだろうけど、私はとりあえず一安心した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる