【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨

文字の大きさ
上 下
30 / 44
第四章『再会』

第30話 俺、君のそばに居たい

しおりを挟む
 俺は夢を見てゆめゐ喫茶に来た。夢だけだとわかっているにもかかわらずここに来た。だが、彼女ーー中野なかの美於みおが本当にここにいるとは!
 俺は言葉を失った。十年間も会っていない人と、出張でやっと会えた。本来ならば、俺は喜びに溢れているはずだった。なのに、仕事を優先しているのか、美於みおとのお喋りを少し後回しにしたほうがいいと思った。
 しかし、彼女のことを考えると出張のことがどうでもよくなった。

「……美於みおちゃん?」

 俺はいつも彼女のことをそう呼んでいたので、思わずそう口に出した。
 今となっては、美於みおはそのあだ名があまり好きじゃないかもしれない。
 俺は目的を果たして、願いがすでに叶った。だからこそ、何も言えずにいる。
 人生がこんなに変わるのはあっという間だった。
 それでも、何か言ったほうがいいだろう。十年ぶりに会えたけど、気持ちが冷めたわけではないし。

「あの、今は仕事中だから……。話は後回しにしてほしいけど」

 彼女をがっかりさせないように言葉を選ぼうとしたけど、どうせつたなかっただろう。
 そして、矢那華やなか部長がまた俺に冷たい視線を送る。

「私事について話すどころじゃないよ」
「すみませんでした。今は紹介を続きます」

 俺が次の機能を紹介しようとした矢先に、ゆめゐ喫茶店長とおぼしき女性が立ち上がった。彼女は青空の色に似ている髪の毛をさらりと掻き上げて、こう言った。

「実は、わたくしはもう満足しています。上出来ですね。したがって、わたくしは今このアプリを購入いたします」

 ーーもう購入決定なのか?

 この仕事は拍子抜けするほど簡単すぎた。だから、俺は引っかけはないかと悩み始めた。
 少なくとも、矢那華やなか部長は俺たちのそばにいる。彼女の性格が好きじゃなくても、ベテランだとわかっている。彼女がいいと言えば、俺はいいと信じる。そういう関係だ。

「ありがとうございました」

 と、矢那華やなか部長は一礼して言った。
 そして、俺たちも礼を言う。

「では、せっかくなので、食べ物や飲み物を差し上げましょうか?」

 そう訊いてくれたのはゆめゐ喫茶の店長。
 矢那華やなか部長は結構ですと言わんばかりに頭を左右に振ったけど、さくらは明らかに興奮している。
 さくらもメイドが好きなのか?

「お願いします!」

 言って、さくらはブレザーを脱いでから席についた。
 俺は向こうの席に向かった。席に座ると、俺はさくらと一緒に昼食を摂った日のことをふと思い出した。

「それでは、用事があるので、私はここで」

 矢那華やなか部長はなぜか店を出たがっている。ドアの前に立ったまま、ゆめゐ喫茶の店長に作り笑いを浮かべた。

 ーー怖っ。

「お世話になりました」
「こちらこそですよ。このアプリはゆめゐ喫茶の成功にとって、かけがえのないものだと思います。大切にしますわ」

 気のせいだったのか、矢那華やなか部長はその言葉に舌打ちをしたかと思った。まあ、彼女には怒る権利があるんだろう。
 なぜなら、ゆめゐ喫茶が彼女の願い事を叶えてくれなかったから。
 数秒後、矢那華やなか部長は振り向かずに店を出ていく。歩いている間、その長い髪の毛が尾を引くようになびいていた。
 俺は矢那華やなかの遠ざかっていく姿を見送った。
 そして、ドアの閉める音が店内に響いた。
 しばらくの間、店内は静まり返った。矢那華やなか部長が空気を気まずくさせたのだろうか。ようやく沈黙を破ったのは美於みおちゃんだった。

「ではでは! ご主人様、お嬢様! ご注文お待ちしていま~す。ゆっくりと新メニューをご覧くださいませ!」

 ーー美於みおちゃん、メイド力が意外と高い! それに、新メニューなのか? 

 俺たちはいいタイミングで来たようだ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

CODE:HEXA

青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。 AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。 孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。 ※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。 ※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。

処理中です...