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第四章『再会』
第30話 俺、君のそばに居たい
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俺は夢を見てゆめゐ喫茶に来た。夢だけだとわかっているにもかかわらずここに来た。だが、彼女ーー中野美於が本当にここにいるとは!
俺は言葉を失った。十年間も会っていない人と、出張でやっと会えた。本来ならば、俺は喜びに溢れているはずだった。なのに、仕事を優先しているのか、美於とのお喋りを少し後回しにしたほうがいいと思った。
しかし、彼女のことを考えると出張のことがどうでもよくなった。
「……美於ちゃん?」
俺はいつも彼女のことをそう呼んでいたので、思わずそう口に出した。
今となっては、美於はそのあだ名があまり好きじゃないかもしれない。
俺は目的を果たして、願いがすでに叶った。だからこそ、何も言えずにいる。
人生がこんなに変わるのはあっという間だった。
それでも、何か言ったほうがいいだろう。十年ぶりに会えたけど、気持ちが冷めたわけではないし。
「あの、今は仕事中だから……。話は後回しにしてほしいけど」
彼女をがっかりさせないように言葉を選ぼうとしたけど、どうせ拙かっただろう。
そして、矢那華部長がまた俺に冷たい視線を送る。
「私事について話すどころじゃないよ」
「すみませんでした。今は紹介を続きます」
俺が次の機能を紹介しようとした矢先に、ゆめゐ喫茶店長と思しき女性が立ち上がった。彼女は青空の色に似ている髪の毛をさらりと掻き上げて、こう言った。
「実は、わたくしはもう満足しています。上出来ですね。したがって、わたくしは今このアプリを購入いたします」
ーーもう購入決定なのか?
この仕事は拍子抜けするほど簡単すぎた。だから、俺は引っかけはないかと悩み始めた。
少なくとも、矢那華部長は俺たちのそばにいる。彼女の性格が好きじゃなくても、ベテランだとわかっている。彼女がいいと言えば、俺はいいと信じる。そういう関係だ。
「ありがとうございました」
と、矢那華部長は一礼して言った。
そして、俺たちも礼を言う。
「では、せっかくなので、食べ物や飲み物を差し上げましょうか?」
そう訊いてくれたのはゆめゐ喫茶の店長。
矢那華部長は結構ですと言わんばかりに頭を左右に振ったけど、桜は明らかに興奮している。
桜もメイドが好きなのか?
「お願いします!」
言って、桜はブレザーを脱いでから席についた。
俺は向こうの席に向かった。席に座ると、俺は桜と一緒に昼食を摂った日のことをふと思い出した。
「それでは、用事があるので、私はここで」
矢那華部長はなぜか店を出たがっている。ドアの前に立ったまま、ゆめゐ喫茶の店長に作り笑いを浮かべた。
ーー怖っ。
「お世話になりました」
「こちらこそですよ。このアプリはゆめゐ喫茶の成功にとって、かけがえのないものだと思います。大切にしますわ」
気のせいだったのか、矢那華部長はその言葉に舌打ちをしたかと思った。まあ、彼女には怒る権利があるんだろう。
なぜなら、ゆめゐ喫茶が彼女の願い事を叶えてくれなかったから。
数秒後、矢那華部長は振り向かずに店を出ていく。歩いている間、その長い髪の毛が尾を引くようになびいていた。
俺は矢那華の遠ざかっていく姿を見送った。
そして、ドアの閉める音が店内に響いた。
しばらくの間、店内は静まり返った。矢那華部長が空気を気まずくさせたのだろうか。ようやく沈黙を破ったのは美於ちゃんだった。
「ではでは! ご主人様、お嬢様! ご注文お待ちしていま~す。ゆっくりと新メニューをご覧くださいませ!」
ーー美於ちゃん、メイド力が意外と高い! それに、新メニューなのか?
俺たちはいいタイミングで来たようだ!
俺は言葉を失った。十年間も会っていない人と、出張でやっと会えた。本来ならば、俺は喜びに溢れているはずだった。なのに、仕事を優先しているのか、美於とのお喋りを少し後回しにしたほうがいいと思った。
しかし、彼女のことを考えると出張のことがどうでもよくなった。
「……美於ちゃん?」
俺はいつも彼女のことをそう呼んでいたので、思わずそう口に出した。
今となっては、美於はそのあだ名があまり好きじゃないかもしれない。
俺は目的を果たして、願いがすでに叶った。だからこそ、何も言えずにいる。
人生がこんなに変わるのはあっという間だった。
それでも、何か言ったほうがいいだろう。十年ぶりに会えたけど、気持ちが冷めたわけではないし。
「あの、今は仕事中だから……。話は後回しにしてほしいけど」
彼女をがっかりさせないように言葉を選ぼうとしたけど、どうせ拙かっただろう。
そして、矢那華部長がまた俺に冷たい視線を送る。
「私事について話すどころじゃないよ」
「すみませんでした。今は紹介を続きます」
俺が次の機能を紹介しようとした矢先に、ゆめゐ喫茶店長と思しき女性が立ち上がった。彼女は青空の色に似ている髪の毛をさらりと掻き上げて、こう言った。
「実は、わたくしはもう満足しています。上出来ですね。したがって、わたくしは今このアプリを購入いたします」
ーーもう購入決定なのか?
この仕事は拍子抜けするほど簡単すぎた。だから、俺は引っかけはないかと悩み始めた。
少なくとも、矢那華部長は俺たちのそばにいる。彼女の性格が好きじゃなくても、ベテランだとわかっている。彼女がいいと言えば、俺はいいと信じる。そういう関係だ。
「ありがとうございました」
と、矢那華部長は一礼して言った。
そして、俺たちも礼を言う。
「では、せっかくなので、食べ物や飲み物を差し上げましょうか?」
そう訊いてくれたのはゆめゐ喫茶の店長。
矢那華部長は結構ですと言わんばかりに頭を左右に振ったけど、桜は明らかに興奮している。
桜もメイドが好きなのか?
「お願いします!」
言って、桜はブレザーを脱いでから席についた。
俺は向こうの席に向かった。席に座ると、俺は桜と一緒に昼食を摂った日のことをふと思い出した。
「それでは、用事があるので、私はここで」
矢那華部長はなぜか店を出たがっている。ドアの前に立ったまま、ゆめゐ喫茶の店長に作り笑いを浮かべた。
ーー怖っ。
「お世話になりました」
「こちらこそですよ。このアプリはゆめゐ喫茶の成功にとって、かけがえのないものだと思います。大切にしますわ」
気のせいだったのか、矢那華部長はその言葉に舌打ちをしたかと思った。まあ、彼女には怒る権利があるんだろう。
なぜなら、ゆめゐ喫茶が彼女の願い事を叶えてくれなかったから。
数秒後、矢那華部長は振り向かずに店を出ていく。歩いている間、その長い髪の毛が尾を引くようになびいていた。
俺は矢那華の遠ざかっていく姿を見送った。
そして、ドアの閉める音が店内に響いた。
しばらくの間、店内は静まり返った。矢那華部長が空気を気まずくさせたのだろうか。ようやく沈黙を破ったのは美於ちゃんだった。
「ではでは! ご主人様、お嬢様! ご注文お待ちしていま~す。ゆっくりと新メニューをご覧くださいませ!」
ーー美於ちゃん、メイド力が意外と高い! それに、新メニューなのか?
俺たちはいいタイミングで来たようだ!
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