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第四章『再会』
第28話 活躍するさくら
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私は一階まで階段を降りると、矢那華部長の姿が目に入った。彼女はIDカードをドアに当てて、一歩外に踏み出した。
「矢那華部長!」
私の声に、矢那華部長は立ち止まって振り向いた。
首元からぶり下げているIDカードが揺れて、徐々に止まった。
「谷川さん?」
「あの、私たちはアプリを完成したんですが」
その言葉に、矢那華部長は少し口を開けて、眉を上げた。
「思ったより早っ! まだ一日残っているので余裕が結構あるね。では、見せてちょうだい」
「はい!」
と、私は一礼して言った。
矢那華の休憩時間を奪ってしまったと思って少し罪悪感を覚えたけど、アプリに興味がありそうだから大丈夫だろう。
彼女が私についていって、一緒に事務所に戻ってきた。不思議なことに、事務所に入ると零士がいないことに気づいた。
ーーもしかして、矢那華部長の目線から身を隠しているのか?
とにかく、私はパソコンに向かって、席についた。矢那華部長は座ることなく後ろに立ち尽くして、私を上から目線で見た。背が低いものの、彼女の姿が机に大きな影を落とす。
「では、私は起動いたします。画面をご覧ください」
言って、私はパソコンにログインして、統合開発環境を起動する。
緊張を抑えながら震える指をキーボードに走らせて、アプリを起動してみる。
昨日はそつなく起動したので、今日も同じ結果のはずだ。けど、開発者だからこそ必ずしも起動するわけではないということがわかっている。
祈るように手を合わせて、目を閉じた。再び目を開けると、私たちの作ったアプリが画面に映っている。
私は安堵の溜息を吐いて、矢那華部長に振り向いた。
そして、いよいよ披露を始めた。試しに客足の人数を入力したりデータを一覧したりして、特に森澤さんが作ってくれたユーザーインターフェースを見せた。
私がアプリの機能を紹介している間、矢那華部長は頷いたり相槌を打ったりした。
「すごい……。まだ新入りなのに、こんな上出来とは」
その褒め言葉に、私は少し恥ずかしくなって頬を染めた。
森澤さんに助けてもらったし、一人で作ったわけではない。なのに、私がたくさんの褒め言葉を受けて、森澤さんは陰ながら私を応援しているように身を隠している。なんでだろう……。
ーーもしかして、矢那華部長と喧嘩したのか?
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
「どうだったか?」
と、森澤さんは事務所の壁に身を預けながら言った。
矢那華部長が立ち去ってから、私と森澤さんは二人きりになった。
「上手くいったと思うけど」
「よかったな。じゃ、次はどうすんの?」
「そんなに早く完成したので、私たちは依頼者を見せに行くと言われた」
「依頼者の名前を知ってるのか?」
「うん、知ってるよ」
私は零士と距離を詰めて、こう呟いた。
「ゆめゐ喫茶だって」
彼の反応に拍子抜けした。まるではなから知っていたかのように無表情だった。
「そうか。じゃ、明日行こうか。今日の仕事はそこまでだ」
ーー出張に行くのは初めて。それに、秋葉原に行くとは!
私たちはパソコンの電源を切って、事務所を出た。
廊下の中から珈琲の香りがした。少し飲みたくなって、私はコーヒーメーカーに立ち寄った。
普通の連中は珈琲を飲みながら笑った。
私の存在に気がつくと、彼らは話しかけてきた。
「お疲れー」
「桜、最高だよ!」
「い、いいえ……そんなことないですよ」
私は彼らの褒め言葉を無視しようとしながら紙コップに珈琲を淹れ始めた。
一口飲んで見ると、苦い後味が口に広がった。
私は反射的に顔をしかめて、角砂糖を必死に探した。二、三個の角砂糖を珈琲に入れて、再び飲んでみた。
ちょっと甘ったるいけど、やっぱりこのほうがマシだった。
紙コップを手に取って、廊下に入った。珈琲をこぼさないようにゆっくりと歩いていた。
森澤さんはもう会社を出たのか、彼の姿が廊下に見当たらない。
まあいいか。家に帰りたい気持ちはよくわかっている。
私は珈琲を飲みながら歩いていて、会社のドアに着くとIDカードを当てた。
ドアが徐々に開くと、外の寒い空気が顔に吹き込んできた。涼しくて気持ちいいけど、私には少し寒すぎる。
マフラーを持っていけばよかったのにと自分に言い聞かせながら、私は駅に向かった。息を吐くたび、口から小さな雲のようなものが出てくる。
何分か歩いたあと、私はようやく秋葉原駅にたどり着いた。ホームが次の列車を待っている人で埋め尽くして、私はその人波を縫おうとした。そして、見慣れた顔が目に入った。
ーーそう、森澤さんの顔だった。
私は彼に近づいてきて、後ろから手を伸ばして肩を叩いた。
彼はびっくりしたように振り返って、私と目が合った。
「た、谷川さん……。君も家に帰るつもりか?」
「そう、リビングでくつろいで映画を観ようと思った」
「いいな。俺はゆめゐ喫茶に行くつもりだったんだけど、明日行くつもりだから一日くらい後回しにしてもいいだろう」
「そうね。では、また明日ね! お疲れ様でした」
「今日はありがとう、谷川さん。お疲れ」
言って、私たちは近づいてきている列車に視線を向けた。
ーー明日が楽しみ!
「矢那華部長!」
私の声に、矢那華部長は立ち止まって振り向いた。
首元からぶり下げているIDカードが揺れて、徐々に止まった。
「谷川さん?」
「あの、私たちはアプリを完成したんですが」
その言葉に、矢那華部長は少し口を開けて、眉を上げた。
「思ったより早っ! まだ一日残っているので余裕が結構あるね。では、見せてちょうだい」
「はい!」
と、私は一礼して言った。
矢那華の休憩時間を奪ってしまったと思って少し罪悪感を覚えたけど、アプリに興味がありそうだから大丈夫だろう。
彼女が私についていって、一緒に事務所に戻ってきた。不思議なことに、事務所に入ると零士がいないことに気づいた。
ーーもしかして、矢那華部長の目線から身を隠しているのか?
とにかく、私はパソコンに向かって、席についた。矢那華部長は座ることなく後ろに立ち尽くして、私を上から目線で見た。背が低いものの、彼女の姿が机に大きな影を落とす。
「では、私は起動いたします。画面をご覧ください」
言って、私はパソコンにログインして、統合開発環境を起動する。
緊張を抑えながら震える指をキーボードに走らせて、アプリを起動してみる。
昨日はそつなく起動したので、今日も同じ結果のはずだ。けど、開発者だからこそ必ずしも起動するわけではないということがわかっている。
祈るように手を合わせて、目を閉じた。再び目を開けると、私たちの作ったアプリが画面に映っている。
私は安堵の溜息を吐いて、矢那華部長に振り向いた。
そして、いよいよ披露を始めた。試しに客足の人数を入力したりデータを一覧したりして、特に森澤さんが作ってくれたユーザーインターフェースを見せた。
私がアプリの機能を紹介している間、矢那華部長は頷いたり相槌を打ったりした。
「すごい……。まだ新入りなのに、こんな上出来とは」
その褒め言葉に、私は少し恥ずかしくなって頬を染めた。
森澤さんに助けてもらったし、一人で作ったわけではない。なのに、私がたくさんの褒め言葉を受けて、森澤さんは陰ながら私を応援しているように身を隠している。なんでだろう……。
ーーもしかして、矢那華部長と喧嘩したのか?
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
「どうだったか?」
と、森澤さんは事務所の壁に身を預けながら言った。
矢那華部長が立ち去ってから、私と森澤さんは二人きりになった。
「上手くいったと思うけど」
「よかったな。じゃ、次はどうすんの?」
「そんなに早く完成したので、私たちは依頼者を見せに行くと言われた」
「依頼者の名前を知ってるのか?」
「うん、知ってるよ」
私は零士と距離を詰めて、こう呟いた。
「ゆめゐ喫茶だって」
彼の反応に拍子抜けした。まるではなから知っていたかのように無表情だった。
「そうか。じゃ、明日行こうか。今日の仕事はそこまでだ」
ーー出張に行くのは初めて。それに、秋葉原に行くとは!
私たちはパソコンの電源を切って、事務所を出た。
廊下の中から珈琲の香りがした。少し飲みたくなって、私はコーヒーメーカーに立ち寄った。
普通の連中は珈琲を飲みながら笑った。
私の存在に気がつくと、彼らは話しかけてきた。
「お疲れー」
「桜、最高だよ!」
「い、いいえ……そんなことないですよ」
私は彼らの褒め言葉を無視しようとしながら紙コップに珈琲を淹れ始めた。
一口飲んで見ると、苦い後味が口に広がった。
私は反射的に顔をしかめて、角砂糖を必死に探した。二、三個の角砂糖を珈琲に入れて、再び飲んでみた。
ちょっと甘ったるいけど、やっぱりこのほうがマシだった。
紙コップを手に取って、廊下に入った。珈琲をこぼさないようにゆっくりと歩いていた。
森澤さんはもう会社を出たのか、彼の姿が廊下に見当たらない。
まあいいか。家に帰りたい気持ちはよくわかっている。
私は珈琲を飲みながら歩いていて、会社のドアに着くとIDカードを当てた。
ドアが徐々に開くと、外の寒い空気が顔に吹き込んできた。涼しくて気持ちいいけど、私には少し寒すぎる。
マフラーを持っていけばよかったのにと自分に言い聞かせながら、私は駅に向かった。息を吐くたび、口から小さな雲のようなものが出てくる。
何分か歩いたあと、私はようやく秋葉原駅にたどり着いた。ホームが次の列車を待っている人で埋め尽くして、私はその人波を縫おうとした。そして、見慣れた顔が目に入った。
ーーそう、森澤さんの顔だった。
私は彼に近づいてきて、後ろから手を伸ばして肩を叩いた。
彼はびっくりしたように振り返って、私と目が合った。
「た、谷川さん……。君も家に帰るつもりか?」
「そう、リビングでくつろいで映画を観ようと思った」
「いいな。俺はゆめゐ喫茶に行くつもりだったんだけど、明日行くつもりだから一日くらい後回しにしてもいいだろう」
「そうね。では、また明日ね! お疲れ様でした」
「今日はありがとう、谷川さん。お疲れ」
言って、私たちは近づいてきている列車に視線を向けた。
ーー明日が楽しみ!
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