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第四章『再会』
第26話 さくらの初陣
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昼食を摂ってから、俺たちは会社に戻った。
「もう、お腹いっぱいわね」
歩きながら、桜は腹をさする。
「よかったな。そろそろ会社に戻らないと」
今日は会議があるので、遅刻してはいけない。食堂を出たのは午後一時ころで、今は一時十五分過ぎだ。会議は十五分後に始まるから、余裕があって早く歩く必要はない。
桜はIDカードをドアに当て、俺たちは会社に入った。
冷房の効いた社内は気持ちいい。
今日は陽射しがやけに強く、炎天下で町を歩いていた俺たちはさっぱりした。
「じゃ、今回は階段を上ろうね」
「お願いします……」
俺に従い、桜は階段を上り始めた。三階まで上ると、俺たちは事務所に着いた。
「どうだった? 疲れた?」
と、息を吐いている桜に俺は問いかけた。
「ちょっとだけ。でもエレベーターよりマシだから、これからは階段を使おうと思ってる。もちろん、森澤さんはエレベーターを使っても構わない」
俺は軽く頷いて、会議室の方に向かった。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
全員が会議室に揃っていた。
皆の目が合うように、席はサークルの形に配置された。
俺は桜の隣に座ることにした。
「さて、今日の会議を開始します」
そう言ったのは矢那華部長。
彼女は学級担任のように黒板の前に立っていて、チョークを鷲掴みにしている。
静まり返った会議室を見回しながら、矢那華部長は俺に冷たい視線を送った。
「森澤零士ですね。新入りの案内をしましたか?」
言って、彼女はジト目で俺をにらみつけた。
ーー今日の矢那華部長は機嫌が悪そうだな……。
「はい、案内いたしました」
桜はその丁寧な話し方に驚いたのか、突然俺に視線を向けた。
しかし、今は会議中だからできるだけ彼女を無視しようとした。社内恋愛と勘違いされたら、俺たちはきっとクビになるんだ。
「では、谷川さん」
「は、はい!」
と、桜はぎこちなく立ち上がって言った。
「この企画は谷川さんと森澤さんが担当してるので、聞いてください」
ーーやばい。俺と桜が担当してるって? その言葉を聞くだけで、連日の残業が目に浮かんでしまう。
「秋葉原からアプリの開発を依頼されました。そのアプリは店の客足をデータベースに保存して、わかりやすく表示することができます。それに、アプリのユーザインタフェースをできるだけ可愛くしてください、と話しました。〆切はあと三日なので、この会議が終わったら早速始めたほうがいいです」
「わかりました」
ーー正直、そんなに難しそうにない。運が良ければ、休憩を取る余裕もあるかもしれない。
矢那華部長が他の企画を説明したあと、会議がやっと終わった。皆が解散して、それぞれの職場に戻っていく。
俺と桜は事務所で席につき、パソコンの電源ボタンを押した。
桜は眼鏡をかけて、キーボードに繊細な指を走らせた。
画面の光が彼女の横顔を照らす。
「さて、始めようか」
溜息を吐いて、桜は俺に目をやった。
俺は頷いて、パソコンをつける。統合開発環境(コードを書いたりする用のアプリ)を起動してから、俺たちは計画を立てようとする。
「じゃ、俺にはメイド喫茶の知識がいっぱいあるから、アプリを可愛くするのは簡単なことだ。さくーー谷川さんの特技は?」
「特にないと思うけど……。強いて言えば、コードの推敲かな」
「すごい! 推敲を上手くできる人は大事だよ」
俺が言うと、桜は頬を染める。
「私は……大事?」
言って、彼女は少し顔を背ける。
髪を耳にかけ、恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「開発的な意味、だよ」
俺は頭を手に埋め、そう言った。
桜は笑って、視線を画面に戻す。
「ったく、遊ぶ暇がないぞ」
「す、すみません」
と、桜は頭を下げて言った。
「じゃ、開発を始めようか。俺がコードを書いて、谷川さんが推敲してくれる。どうだ?」
「はい、そうしよう!」
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
二時間くらいコードを書いたり推敲したりしたあと、開発はようやく一段落した。
桜は立ち上がろうとすると、脚が痺れたことに気がついた。
「へー、脚が!」
そう喚いたのは桜。
新人だからそういう反応をするのは当然だろうけど、俺は笑わずにはいられなかった。
「ちゃんと休憩を取ればよかったのにな。でも、開発はかなり進んだんで頑張った甲斐があったよ」
「本当にありがとう、森澤さん。私、一人じゃ何もできなかったよね……」
「いや、新人にしては意外と上手い。やるじゃないか、才能があるね」
「……本当? この会社が最高だわ!」
その言葉に、俺は目を見開いた。
ーー入社したころの俺もこんな感じだったっけ? いや、そんなわけないだろう。
「残業したらその意見はきっと変わる。矢那華が新人に手加減したのか、今日は例外だった。会議室ではなぜか怒っているようだったけど……」
言って、俺は苦笑した。
しかし、桜の喜びに水を差したくないから、話題を振ることにした。
「じゃ、俺は散策しようと思う」
「そうか。私も休憩を取るかな」
本来ならば、俺は秋葉原に行くはずだった。しかし、俺は名案を考え出した。
それは、依頼者が誰なのかを矢那華に直接訊くということだ。「ユーザーインターフェースをできるだけ可愛くしてください」って部分は特に気になっていた。しかも、客足のアプリか……。
客足を増やしたがっていて秋葉原にある店を一つしか知らない。
ーー依頼者がゆめゐ喫茶ではないだろうか?
仮にその店だったら、俺は出張という名目で秋葉原に行くことができる。仕事から電話は来ないだろうし、クビにならないはず。つまり、最高のチャンスだ。
それに、出かけている間、開発を桜に任せたら……。「問題があれば連絡して」と言ったら、残業する必要はないだろう。
ーー我ながら、完璧な計画だ!
「もう、お腹いっぱいわね」
歩きながら、桜は腹をさする。
「よかったな。そろそろ会社に戻らないと」
今日は会議があるので、遅刻してはいけない。食堂を出たのは午後一時ころで、今は一時十五分過ぎだ。会議は十五分後に始まるから、余裕があって早く歩く必要はない。
桜はIDカードをドアに当て、俺たちは会社に入った。
冷房の効いた社内は気持ちいい。
今日は陽射しがやけに強く、炎天下で町を歩いていた俺たちはさっぱりした。
「じゃ、今回は階段を上ろうね」
「お願いします……」
俺に従い、桜は階段を上り始めた。三階まで上ると、俺たちは事務所に着いた。
「どうだった? 疲れた?」
と、息を吐いている桜に俺は問いかけた。
「ちょっとだけ。でもエレベーターよりマシだから、これからは階段を使おうと思ってる。もちろん、森澤さんはエレベーターを使っても構わない」
俺は軽く頷いて、会議室の方に向かった。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
全員が会議室に揃っていた。
皆の目が合うように、席はサークルの形に配置された。
俺は桜の隣に座ることにした。
「さて、今日の会議を開始します」
そう言ったのは矢那華部長。
彼女は学級担任のように黒板の前に立っていて、チョークを鷲掴みにしている。
静まり返った会議室を見回しながら、矢那華部長は俺に冷たい視線を送った。
「森澤零士ですね。新入りの案内をしましたか?」
言って、彼女はジト目で俺をにらみつけた。
ーー今日の矢那華部長は機嫌が悪そうだな……。
「はい、案内いたしました」
桜はその丁寧な話し方に驚いたのか、突然俺に視線を向けた。
しかし、今は会議中だからできるだけ彼女を無視しようとした。社内恋愛と勘違いされたら、俺たちはきっとクビになるんだ。
「では、谷川さん」
「は、はい!」
と、桜はぎこちなく立ち上がって言った。
「この企画は谷川さんと森澤さんが担当してるので、聞いてください」
ーーやばい。俺と桜が担当してるって? その言葉を聞くだけで、連日の残業が目に浮かんでしまう。
「秋葉原からアプリの開発を依頼されました。そのアプリは店の客足をデータベースに保存して、わかりやすく表示することができます。それに、アプリのユーザインタフェースをできるだけ可愛くしてください、と話しました。〆切はあと三日なので、この会議が終わったら早速始めたほうがいいです」
「わかりました」
ーー正直、そんなに難しそうにない。運が良ければ、休憩を取る余裕もあるかもしれない。
矢那華部長が他の企画を説明したあと、会議がやっと終わった。皆が解散して、それぞれの職場に戻っていく。
俺と桜は事務所で席につき、パソコンの電源ボタンを押した。
桜は眼鏡をかけて、キーボードに繊細な指を走らせた。
画面の光が彼女の横顔を照らす。
「さて、始めようか」
溜息を吐いて、桜は俺に目をやった。
俺は頷いて、パソコンをつける。統合開発環境(コードを書いたりする用のアプリ)を起動してから、俺たちは計画を立てようとする。
「じゃ、俺にはメイド喫茶の知識がいっぱいあるから、アプリを可愛くするのは簡単なことだ。さくーー谷川さんの特技は?」
「特にないと思うけど……。強いて言えば、コードの推敲かな」
「すごい! 推敲を上手くできる人は大事だよ」
俺が言うと、桜は頬を染める。
「私は……大事?」
言って、彼女は少し顔を背ける。
髪を耳にかけ、恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「開発的な意味、だよ」
俺は頭を手に埋め、そう言った。
桜は笑って、視線を画面に戻す。
「ったく、遊ぶ暇がないぞ」
「す、すみません」
と、桜は頭を下げて言った。
「じゃ、開発を始めようか。俺がコードを書いて、谷川さんが推敲してくれる。どうだ?」
「はい、そうしよう!」
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
二時間くらいコードを書いたり推敲したりしたあと、開発はようやく一段落した。
桜は立ち上がろうとすると、脚が痺れたことに気がついた。
「へー、脚が!」
そう喚いたのは桜。
新人だからそういう反応をするのは当然だろうけど、俺は笑わずにはいられなかった。
「ちゃんと休憩を取ればよかったのにな。でも、開発はかなり進んだんで頑張った甲斐があったよ」
「本当にありがとう、森澤さん。私、一人じゃ何もできなかったよね……」
「いや、新人にしては意外と上手い。やるじゃないか、才能があるね」
「……本当? この会社が最高だわ!」
その言葉に、俺は目を見開いた。
ーー入社したころの俺もこんな感じだったっけ? いや、そんなわけないだろう。
「残業したらその意見はきっと変わる。矢那華が新人に手加減したのか、今日は例外だった。会議室ではなぜか怒っているようだったけど……」
言って、俺は苦笑した。
しかし、桜の喜びに水を差したくないから、話題を振ることにした。
「じゃ、俺は散策しようと思う」
「そうか。私も休憩を取るかな」
本来ならば、俺は秋葉原に行くはずだった。しかし、俺は名案を考え出した。
それは、依頼者が誰なのかを矢那華に直接訊くということだ。「ユーザーインターフェースをできるだけ可愛くしてください」って部分は特に気になっていた。しかも、客足のアプリか……。
客足を増やしたがっていて秋葉原にある店を一つしか知らない。
ーー依頼者がゆめゐ喫茶ではないだろうか?
仮にその店だったら、俺は出張という名目で秋葉原に行くことができる。仕事から電話は来ないだろうし、クビにならないはず。つまり、最高のチャンスだ。
それに、出かけている間、開発を桜に任せたら……。「問題があれば連絡して」と言ったら、残業する必要はないだろう。
ーー我ながら、完璧な計画だ!
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