【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨

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第三章『情熱』

第17話 青空で追いかけた夢

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「はい休憩!」

 笑顔で私を見ている水樹みずき
 たった二時間で、彼女が振り付けも歌詞もほとんど覚えたのは奇跡としか言えない。
 私は練習室の入隅に汗だくの身体からだを預けている。喘ぎながら、濡れた髪の毛をタオルで拭いた。
 水樹みずきはタオルを首にかけて、背筋を伸ばした。
 練習は結構大変だったのに、彼女はよっぽど疲れていないようだ。やはり、私はそんな体力とは比べ物にならない。

「すごい……。高野たかのさんすごい……。」
「そんなことないですよ。その曲はもともとデビュー曲だったので振り付けが簡単で、歌詞が少なかったんですね」

 『簡単』。その一言に、私は少し気が引けた。
「そうなんですか……」

 どうやらこの曲は振り付けも歌詞も簡単らしいけど、私が三年前にライブで歌ったときは結構難しかった。いや、今でも難しい。

 ーー体力がまだ足りないのか?

 水樹みずきはこちらに歩いてきて、私の側に座った。

「練習はどうでしたか?」
「正直、私にはまだ難しいです」

 言って、私は目を伏せた。
 水樹みずきは笑顔で支えてくれた。

「だって練習ですもの! 難しくないなら上達できないでしょ?」
「でも、こんなままじゃ今回のライブは台無しになってしまうんですね」
「いやいや夢輝ゆめきさんもすごいですよ! 振り付けをすらすらと踊ってますし、歌唱力も高いですね」
「そう言われると嬉しいけど……私だって上達したいし、もっともっと上手く歌いたいですよ。それが私の夢なんですから」
「夢があれば、きっと叶うと思いますよ。皆の大好きなあおいちゃんですからね!」

 水樹みずきがこのグループに入る前、私はいわゆるソロアイドルだった。
 青いドリーマーなのは私。だから、ファンに『あおいちゃん』と呼ばれていた。
 彼女がそのあだ名を知っているということは、私のファンだということなのかな?

「あの、なぜその名前を知ってますか?」
「えー? デビュー曲を知っているからファンに決まってるんじゃないですか」
「でも、その時はまだ『愛子あいこ』と呼ばれてーー」
夢輝ゆめきさんのライブは全部行ったんですよ! 最初から応援してます!」

 彼女の元気な声が私の言葉を遮った。
 
 ーーわくわくしすぎているんじゃないか? 私はそんなに有名じゃないし……。
 
 まあ、ずっと応援してくれるとはすごいけど。本当に感謝している。

「お、応援してくれて本当にありがとうございます!」

 水樹みずきはあははと笑って、頭を掻いた。

「じゃ、練習に戻りましょうか?」
「え、もう休憩が終わったのか!? まだ汗をかいてるんですけど?」
「ちゃんと練習しないと路上ライブの成果は出ませんよー」
「もう、わかってるよ」
 
 吐息を吐いたあと、私は立ち上がり、水樹みずきと向き合った。やはりこの練習から逃れられそうにない。なら、早速再開したほうがいいだろう。
 一時間の練習、十五分の休憩。それを三回も繰り返したころ、今日の練習はやっと一段落した。

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 息を切らせた私と水樹みずき
 手足の力が抜けて、私たちは練習室の床板に横たわっていた。
 髪の毛を拭く気力もなく、ただタオルをマフラーのように首元に巻いていたまま。
 水樹みずきは左手をタオルに入れて、そこにしまわれたポニーテールを引っ張り出した。
 
「今日は……この辺にしましょうか……」
「うん、それは……いいと思いますね……」

 立ち上がることもできず、私たちはその場で眠りについた。
 眠っている間に、私は夢を見た。悪夢か吉夢かわからないけど、何らかのメイド喫茶の中にいた。
 客足の少ないメイド喫茶。というか、お客さんなのは私だけだった。
 そして、のぞみというメイドが出迎えてくれた。彼女曰く、願い事を教えてあげれば、悪意の願いではない限り叶う。だから、私は次のライブについて語って、マネージャーの言葉も付け加えた。
 その後、見たことのない特製のお茶を飲んでーー続きはわからない。なぜなら、目が覚めたから。
 薄暗い練習室が視界に入った。
 水樹みずきはまだぐっすりと眠っているので私は騒がないようにした。
 私は立ち上がって、練習室を出た。
 今夜の月はとっても綺麗。
 しばらく夜風に涼んでから、私は練習室に戻ってきた。
 本来ならば、彼女を起こしたほうがいいんだろう。
 部屋の心地いい布団を思うと、寒くて固い床板で眠りたくなくなった。しかし、こんな遅い時間に彼女を起こしたらきっと怒らせてしまう。

 ーーどうすればいいのか……。

「た、高野たかのさん」

 言って、私は彼女の身体からだつついた。

高野たかのさん、部屋に戻りましょうね。布団もありますし……」

 彼女は突然身体からだを転がしたけど、口から出たのは寝言だけだった。
 しかたない。彼女は起きまいだろう。

「許してください、高野たかのさん。これは高野たかのさんへ、私なりの思いやりーー」

 そう呟いてから、私は彼女の身体からだを抱き上げて、お姫様抱っこした。
 練習で疲れているせいか、水樹みずき身体からだが思ったより軽い。体力の足りない私でさえも難なく彼女を抱き上げることができる。
 あまりの軽さに戸惑いながら、私は彼女を部屋まで運んでいった。 

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 部屋に着くと、私は敷いておいた布団に水樹みずき身体からだを乗せた。
 彼女はもう熟睡しているのか、練習室から部屋まで運ばれたのに一度も起きなかった。
 暴れたりもしなかったので運びやすいけど、そんなに疲れているならもっと早く寝ればよかったんじゃないか。
 しばらく彼女の落ち着いた顔を見つめてから、私もベッドに入って、眠りについた。
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