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第三章『情熱』
第16話 新手
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「夢輝さん! 夢輝さん! 早く起きてください!」
誰かに声をかけられて、私は突然目覚めた。
寝ぼけ眼をこすると、見知らぬ女性の顔が視界を埋め尽くした。彼女は至近距離まで身体をかがめて、私に影を落とす。
私は狼狽えて、反射的に身体を引いた。
「……誰ですか?」
「あ、自己紹介が遅れましたね。高野水樹と言います。私もアイドルです。よろしくお願いします!」
ーーなんでアイドルが私の部屋に……?
もしかして、私はまだ夢を見ているのか? それとも、彼女は青いドリーマーを救うために来たのか?
とにかく、私は目をこすって挨拶した。
「……よろしくお願いします」
やはり、私はまだ寝ぼけている。挨拶を交わすくらいはできるけど、他のことならまずは朝ごはんを食べないとできない。
ーーそういえば、今は何時なのかな? もしかして寝坊しちゃった?
たんすの上に置かれた目覚まし時計に視線を投げかけると、そこには午前十一時を示している。
ーーやらかしたなぁ。今朝チラシを配るつもりだったのに……。
「じゃ、朝ごはんを用意しましょうか? っていうか、こんな時間だともう昼ごはんでしょ……」
水樹は朝ごはんか昼ごはん、どっちにするか迷っている様子だった。
しかし、私は起きたばかりだし、まだよく考えられない。だから、料理を彼女に任せることにした。
「んー、そろそろお昼なので昼食のほうがいいですね」
言って、水樹は台所に向っていく。
台所は近くにあるけど、彼女は新入りだろうから道に迷うかもしれない。
だから、私は念のため水樹についていった。それに、腹が減って何かを食べたかった。
「今日の昼ごはんはどうしようかな?」
台所を探しながら、水樹はそう尋ねた。
独り言なのか、私に訊いているのかわからなかったので私は返事しなかった。
「ねえ、そんなに眠いんですか? 寝坊したくせに?」
「……どういうことですか?」
と私が言うと、水樹はこちらに鋭い眼差しを送った。何か気に障ったのか?
「さっき質問を訊きましたけど……」
「あ、ごめん。独り言だと思ってました」
その言葉に、水樹は唇を尖らせた。
ーー彼女って気が短すぎるんじゃないか……?
「じゃ、もう一度訊きますよ。今日の昼ごはんはどうしようかなぁ」
「そうね……。あの……えーと、冷蔵庫の中を見たらアイデアが閃くかもしれない!」
私はまだ寝ぼけているせいか、適当に答えた。
水樹はこちらを睨みつけたまま仁王立ちをする。どうやら彼女を怒らせてしまったようだ……。
「せめて普通の昼ごはんを教えてよ……」
「あの、普通はおにぎりと味噌汁だけですけど」
「まあ、それなら簡単でしょ。一緒にコンビニに行きませんか?」
「では、今から着替えにいってきます。ちょっと待ってくださいね」
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
その後、私たちはコンビニに行って例のおにぎりと味噌汁を買ってきた。
今日の天気は外で食べる日和。
「お腹空いたぁー」
「なら早速食べましょう!」
テーブルで向かい合って、私たちは箸を手に取った。
暖かい陽光の中、髪の毛が夏の風になびいている。
背後では、蝉の鳴き声が聞こえてきた。
「「いただきます!」」
そう口を揃えてから、私たちは食べ始めた。
「あのね夢輝さん、毎日同じものを食べますか?」
「そうです。だって、同じものを食べたら考えなくてもいいんですもんね」
「でも、たまには新しい食べ物を食べてみたほうがいいんじゃないですか? チラシを配るのと同じですね。同じ行動を繰り返すだけじゃ結果は変わりませんよ。夜な夜な頑張っているのに成果が出ない理由はそこだと思います」
昼休みの雑談とはいえ、会話は意外と意味深くなった。
水樹の話を聞きながら、私は適当に相槌を打った。
「じゃ、今日は新しい配り方を試してみますね。そのほうがもっと注目を集めるかもしれない」
「で、具体的にどうするつもりですか?」
「私たちは路上ライブをするんです! たくさんの人が音楽を聴いて、集まって、チラシを持ち帰ってくれるでしょう?」
ーー路上ライブ、か。三年以上アイドルとして活動しているけど、今までやったことがない。
楽しそうだけど、こんな短い時間で新しい曲の振り付けや歌詞を覚えられるわけがないだろう。
「確かに注目を集めそうだけど、いくつかの問題があります。まずは、曲がないですね。そして、マネージャーに許可を取らなければいけない……」
その言葉に、彼女は目を輝かせて身を乗り出した。
「問題ないですよ! 夢輝さんがぐっすりと眠っている間に、私は路上ライブも、前に作った曲を使う許可もちゃんと取っておきました」
「流石ですね、高野さん!」
「いや、大したことないんですけど……」
これならいけそう。青いドリーマーが作った曲なら、振り付けも歌詞もまだ頭に焼き付いているはずだ。
しかし、このグループに入ったばかりの水樹なら、全然覚えていないだろう。
「ちなみに、どの曲を選びましたか?」
「あ、それはね。青いドリーマーの全曲で好きな『青空で追いかけた夢』を選んだんです」
ーー三年前に歌った、私のデビュー曲。
曲名を聞くだけでいろんな思い出が蘇る。
そんな何気ない日々は二度と来ないんだよね……。
「じゃ、練習を始めましょう!」
言って、水樹は立ち上がった。
まだ練習室に行く途中だけど、彼女はすでに髪をポニーテールに結んでいるところ。
私は溜息を吐いた。これから、休憩は取れそうにない……。
誰かに声をかけられて、私は突然目覚めた。
寝ぼけ眼をこすると、見知らぬ女性の顔が視界を埋め尽くした。彼女は至近距離まで身体をかがめて、私に影を落とす。
私は狼狽えて、反射的に身体を引いた。
「……誰ですか?」
「あ、自己紹介が遅れましたね。高野水樹と言います。私もアイドルです。よろしくお願いします!」
ーーなんでアイドルが私の部屋に……?
もしかして、私はまだ夢を見ているのか? それとも、彼女は青いドリーマーを救うために来たのか?
とにかく、私は目をこすって挨拶した。
「……よろしくお願いします」
やはり、私はまだ寝ぼけている。挨拶を交わすくらいはできるけど、他のことならまずは朝ごはんを食べないとできない。
ーーそういえば、今は何時なのかな? もしかして寝坊しちゃった?
たんすの上に置かれた目覚まし時計に視線を投げかけると、そこには午前十一時を示している。
ーーやらかしたなぁ。今朝チラシを配るつもりだったのに……。
「じゃ、朝ごはんを用意しましょうか? っていうか、こんな時間だともう昼ごはんでしょ……」
水樹は朝ごはんか昼ごはん、どっちにするか迷っている様子だった。
しかし、私は起きたばかりだし、まだよく考えられない。だから、料理を彼女に任せることにした。
「んー、そろそろお昼なので昼食のほうがいいですね」
言って、水樹は台所に向っていく。
台所は近くにあるけど、彼女は新入りだろうから道に迷うかもしれない。
だから、私は念のため水樹についていった。それに、腹が減って何かを食べたかった。
「今日の昼ごはんはどうしようかな?」
台所を探しながら、水樹はそう尋ねた。
独り言なのか、私に訊いているのかわからなかったので私は返事しなかった。
「ねえ、そんなに眠いんですか? 寝坊したくせに?」
「……どういうことですか?」
と私が言うと、水樹はこちらに鋭い眼差しを送った。何か気に障ったのか?
「さっき質問を訊きましたけど……」
「あ、ごめん。独り言だと思ってました」
その言葉に、水樹は唇を尖らせた。
ーー彼女って気が短すぎるんじゃないか……?
「じゃ、もう一度訊きますよ。今日の昼ごはんはどうしようかなぁ」
「そうね……。あの……えーと、冷蔵庫の中を見たらアイデアが閃くかもしれない!」
私はまだ寝ぼけているせいか、適当に答えた。
水樹はこちらを睨みつけたまま仁王立ちをする。どうやら彼女を怒らせてしまったようだ……。
「せめて普通の昼ごはんを教えてよ……」
「あの、普通はおにぎりと味噌汁だけですけど」
「まあ、それなら簡単でしょ。一緒にコンビニに行きませんか?」
「では、今から着替えにいってきます。ちょっと待ってくださいね」
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その後、私たちはコンビニに行って例のおにぎりと味噌汁を買ってきた。
今日の天気は外で食べる日和。
「お腹空いたぁー」
「なら早速食べましょう!」
テーブルで向かい合って、私たちは箸を手に取った。
暖かい陽光の中、髪の毛が夏の風になびいている。
背後では、蝉の鳴き声が聞こえてきた。
「「いただきます!」」
そう口を揃えてから、私たちは食べ始めた。
「あのね夢輝さん、毎日同じものを食べますか?」
「そうです。だって、同じものを食べたら考えなくてもいいんですもんね」
「でも、たまには新しい食べ物を食べてみたほうがいいんじゃないですか? チラシを配るのと同じですね。同じ行動を繰り返すだけじゃ結果は変わりませんよ。夜な夜な頑張っているのに成果が出ない理由はそこだと思います」
昼休みの雑談とはいえ、会話は意外と意味深くなった。
水樹の話を聞きながら、私は適当に相槌を打った。
「じゃ、今日は新しい配り方を試してみますね。そのほうがもっと注目を集めるかもしれない」
「で、具体的にどうするつもりですか?」
「私たちは路上ライブをするんです! たくさんの人が音楽を聴いて、集まって、チラシを持ち帰ってくれるでしょう?」
ーー路上ライブ、か。三年以上アイドルとして活動しているけど、今までやったことがない。
楽しそうだけど、こんな短い時間で新しい曲の振り付けや歌詞を覚えられるわけがないだろう。
「確かに注目を集めそうだけど、いくつかの問題があります。まずは、曲がないですね。そして、マネージャーに許可を取らなければいけない……」
その言葉に、彼女は目を輝かせて身を乗り出した。
「問題ないですよ! 夢輝さんがぐっすりと眠っている間に、私は路上ライブも、前に作った曲を使う許可もちゃんと取っておきました」
「流石ですね、高野さん!」
「いや、大したことないんですけど……」
これならいけそう。青いドリーマーが作った曲なら、振り付けも歌詞もまだ頭に焼き付いているはずだ。
しかし、このグループに入ったばかりの水樹なら、全然覚えていないだろう。
「ちなみに、どの曲を選びましたか?」
「あ、それはね。青いドリーマーの全曲で好きな『青空で追いかけた夢』を選んだんです」
ーー三年前に歌った、私のデビュー曲。
曲名を聞くだけでいろんな思い出が蘇る。
そんな何気ない日々は二度と来ないんだよね……。
「じゃ、練習を始めましょう!」
言って、水樹は立ち上がった。
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