9 / 44
第二章『青春』
第9話 メイド喫茶の王国、秋葉原
しおりを挟む
放課後のチャイムが鳴ると、あたしはできるだけ早く学校を出た。
生徒の人波を縫って校門にたどり着くと、青井があたしを待っていることに気づいた。
「戸ノ崎さん、大丈夫? あの、どう言えばいいかな……。屋上から……叫び声が聞こえたけど」
ーーやっぱり全校が聞こえたのか?
まずっ。あたしの評判はさらに下がりそう。
「あ、そこはね……。ドタキャンされたみたい」
「ドタキャン? 西野くんが屋上に来なかったってこと?」
言って、華恋は心配そうに眉を寄せた。
「うん、その通り。昼休み中待ってたのに、全然来なかった。ホントに腹が立ったんで叫んだ」
「気持ちわかるわよ。まったく、西野という奴は……」
あたしたちは同時に吐息を吐いた。
そういえば、恋バナをするのは初めて。華恋の『気持ちわかる』が耳に入るとあたしの怒りが完全に溶けた。
「じゃ、これからどうすんの?」
「あの、たまたまチラシを手に取ったんだけど……。これを見てください」
華恋は興味津々に目を輝かせる。こちらに駆けつけて、チラシを手に取る。チラシの文面に目を通してから、彼女は困惑したような表情を浮かべた。
「『うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つだけ叶えてあげる』って、どういうこと? そして、『ゆめゐ喫茶』っては店名かな?」
ーーゆめゐ喫茶という店、か。
その文は読み飛ばしてしまった。
ホントに助かる、華恋。
「わからないけど面白いじゃん。今日秋葉原に行こうと思う」
「そういえば、戸ノ崎さんはメイド喫茶が好きなのか? 全然知らなかった」
その問いに、あたしは顔を紅潮させてしまう。
正直、メイド喫茶が最近気になっているけど、それを言ったら評判が〇まで落ちるかもしれない。
「べ、別に好きでもないよ……。ただ、キャッチコピーからして他のメイド喫茶と雰囲気が違うから行ってみたい、かな」
「確かに面白そうだけど、ちょっと胡散臭いじゃないか。ま、部活があるから一緒に来ないんだけど」
「大丈夫。そもそも一人で行くつもりだったよ」
あたしは華恋に手を振って、秋葉原に出かけた。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
ガタンゴトンガタンゴトン。
ホームで待っていると、列車の走行音が次第に聞こえてきた。
列車が止まると、大勢の人が乗り込んだ。酷く混んできた車内の空気が徐々に息苦しくなってくる。
あたしは窓際の席に座って、外の風景を眺める。いくつかの摩天楼や展望台が商店街に影を落としている。遠くに、東京タワーが高くそびえていた。
『ツギは秋葉原デス』
何十分後、合成音声の声がそう告げた。あたしは列車を降りて、ゆめゐ喫茶を探し始めた。
街角に曲がると、大勢のメイドが目に入った。街を行き交う人に声をかけたり、チラシを配ったりしている。
あたしは方向音痴なので、一人ではゆめゐ喫茶を見つけるのは無理だろう。地図があっても道に迷うタイプだ。
とにかく、あたしはメイドたちに声をかけてみた。
「あの、すみません」
あたしが声をかけると、メイドたちが我に返ったように視線をこちらに投げかける。
「ゆめゐ喫茶への道は知っていますか?」
「はい!」
一人のメイドが手を挙げた。
「お嬢様、ご案内いたします!」
と、彼女は一礼してわざと可愛い声で言った。可愛いとはいえ、何かがしっくりこない。
「いや、迷惑をかけるつもりはなかったんですが」
「お嬢様のお役に立てれば幸いです」
言って、彼女は頭を下げた。
その口調はメイド喫茶の特徴だとわかっているけど、そんな風に話しかけられると違和感を覚えずにはいられない。
「……なら、お願いします」
時間が経つにつれて、商店街が次第に賑やかになってくる。
彼女に従いながら、あたしは周りを見渡した。いろんなメイド喫茶が立ち並んで、それぞれの店先に看板娘のメイドが立っている。メイドたちの声が重なって、一体何を言っているのかわからなくなった。
そして、数分後。
「ここです!」
言って、メイドは立ち止まり、あたしに振り返った。
桃色の大きな文字で『ゆめゐ喫茶』が目の前にあった。
お店は思ったより小さく、他のメイド喫茶と違って店先にはメイドはいなかった。窓から店内を覗くと、お客さんがいないことに気づいた。
ーーもしかして、今日は休業日なのかな?
せっかくここに来たからには、せめてドアを開けてみないと。
しかしその前に、案内してくれたメイドにお礼を言わければならない。
「案内してくれて、本当にありがとうございました」
メイドは頷いて、返事もせずに人波に消えていった。
わざわざ案内してくれるとは思わなかった。
それに、チラシをくれなかったのは本当に残念。案内の恩返しとして、せめて彼女の所属するメイド喫茶に行きたかったのに……。
あたしは店に近づいていって、ドアの取っ手に右手をかけた。
しかし、知らない場所に一人で入るのは怖いし、メイド喫茶に行ったことがないし、あたしは躊躇して手を引いてしまった。
それでも、入るしかない。入らなければ願いが叶わないんだ。
そのチラシがどんなに胡散臭くても、ゆめゐ喫茶は本当に願いを叶えることができると信じたい。
覚悟を決めて、あたしはもう一度取っ手に手をかける。
そして、ドアを開けてみたーー
生徒の人波を縫って校門にたどり着くと、青井があたしを待っていることに気づいた。
「戸ノ崎さん、大丈夫? あの、どう言えばいいかな……。屋上から……叫び声が聞こえたけど」
ーーやっぱり全校が聞こえたのか?
まずっ。あたしの評判はさらに下がりそう。
「あ、そこはね……。ドタキャンされたみたい」
「ドタキャン? 西野くんが屋上に来なかったってこと?」
言って、華恋は心配そうに眉を寄せた。
「うん、その通り。昼休み中待ってたのに、全然来なかった。ホントに腹が立ったんで叫んだ」
「気持ちわかるわよ。まったく、西野という奴は……」
あたしたちは同時に吐息を吐いた。
そういえば、恋バナをするのは初めて。華恋の『気持ちわかる』が耳に入るとあたしの怒りが完全に溶けた。
「じゃ、これからどうすんの?」
「あの、たまたまチラシを手に取ったんだけど……。これを見てください」
華恋は興味津々に目を輝かせる。こちらに駆けつけて、チラシを手に取る。チラシの文面に目を通してから、彼女は困惑したような表情を浮かべた。
「『うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つだけ叶えてあげる』って、どういうこと? そして、『ゆめゐ喫茶』っては店名かな?」
ーーゆめゐ喫茶という店、か。
その文は読み飛ばしてしまった。
ホントに助かる、華恋。
「わからないけど面白いじゃん。今日秋葉原に行こうと思う」
「そういえば、戸ノ崎さんはメイド喫茶が好きなのか? 全然知らなかった」
その問いに、あたしは顔を紅潮させてしまう。
正直、メイド喫茶が最近気になっているけど、それを言ったら評判が〇まで落ちるかもしれない。
「べ、別に好きでもないよ……。ただ、キャッチコピーからして他のメイド喫茶と雰囲気が違うから行ってみたい、かな」
「確かに面白そうだけど、ちょっと胡散臭いじゃないか。ま、部活があるから一緒に来ないんだけど」
「大丈夫。そもそも一人で行くつもりだったよ」
あたしは華恋に手を振って、秋葉原に出かけた。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
ガタンゴトンガタンゴトン。
ホームで待っていると、列車の走行音が次第に聞こえてきた。
列車が止まると、大勢の人が乗り込んだ。酷く混んできた車内の空気が徐々に息苦しくなってくる。
あたしは窓際の席に座って、外の風景を眺める。いくつかの摩天楼や展望台が商店街に影を落としている。遠くに、東京タワーが高くそびえていた。
『ツギは秋葉原デス』
何十分後、合成音声の声がそう告げた。あたしは列車を降りて、ゆめゐ喫茶を探し始めた。
街角に曲がると、大勢のメイドが目に入った。街を行き交う人に声をかけたり、チラシを配ったりしている。
あたしは方向音痴なので、一人ではゆめゐ喫茶を見つけるのは無理だろう。地図があっても道に迷うタイプだ。
とにかく、あたしはメイドたちに声をかけてみた。
「あの、すみません」
あたしが声をかけると、メイドたちが我に返ったように視線をこちらに投げかける。
「ゆめゐ喫茶への道は知っていますか?」
「はい!」
一人のメイドが手を挙げた。
「お嬢様、ご案内いたします!」
と、彼女は一礼してわざと可愛い声で言った。可愛いとはいえ、何かがしっくりこない。
「いや、迷惑をかけるつもりはなかったんですが」
「お嬢様のお役に立てれば幸いです」
言って、彼女は頭を下げた。
その口調はメイド喫茶の特徴だとわかっているけど、そんな風に話しかけられると違和感を覚えずにはいられない。
「……なら、お願いします」
時間が経つにつれて、商店街が次第に賑やかになってくる。
彼女に従いながら、あたしは周りを見渡した。いろんなメイド喫茶が立ち並んで、それぞれの店先に看板娘のメイドが立っている。メイドたちの声が重なって、一体何を言っているのかわからなくなった。
そして、数分後。
「ここです!」
言って、メイドは立ち止まり、あたしに振り返った。
桃色の大きな文字で『ゆめゐ喫茶』が目の前にあった。
お店は思ったより小さく、他のメイド喫茶と違って店先にはメイドはいなかった。窓から店内を覗くと、お客さんがいないことに気づいた。
ーーもしかして、今日は休業日なのかな?
せっかくここに来たからには、せめてドアを開けてみないと。
しかしその前に、案内してくれたメイドにお礼を言わければならない。
「案内してくれて、本当にありがとうございました」
メイドは頷いて、返事もせずに人波に消えていった。
わざわざ案内してくれるとは思わなかった。
それに、チラシをくれなかったのは本当に残念。案内の恩返しとして、せめて彼女の所属するメイド喫茶に行きたかったのに……。
あたしは店に近づいていって、ドアの取っ手に右手をかけた。
しかし、知らない場所に一人で入るのは怖いし、メイド喫茶に行ったことがないし、あたしは躊躇して手を引いてしまった。
それでも、入るしかない。入らなければ願いが叶わないんだ。
そのチラシがどんなに胡散臭くても、ゆめゐ喫茶は本当に願いを叶えることができると信じたい。
覚悟を決めて、あたしはもう一度取っ手に手をかける。
そして、ドアを開けてみたーー
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる