【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨

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第二章『青春』

第9話 メイド喫茶の王国、秋葉原

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 放課後のチャイムが鳴ると、あたしはできるだけ早く学校を出た。
 生徒の人波を縫って校門にたどり着くと、青井あおいがあたしを待っていることに気づいた。
 
さきさん、大丈夫? あの、どう言えばいいかな……。屋上から……叫び声が聞こえたけど」

 ーーやっぱり全校が聞こえたのか?

 まずっ。あたしの評判はさらに下がりそう。

「あ、そこはね……。ドタキャンされたみたい」
「ドタキャン? 西野にしのくんが屋上に来なかったってこと?」

 言って、華恋かれんは心配そうに眉を寄せた。

「うん、その通り。昼休み中待ってたのに、全然来なかった。ホントに腹が立ったんで叫んだ」
「気持ちわかるわよ。まったく、西野にしのという奴は……」

 あたしたちは同時に吐息を吐いた。
 そういえば、恋バナをするのは初めて。華恋かれんの『気持ちわかる』が耳に入るとあたしの怒りが完全に溶けた。
 
「じゃ、これからどうすんの?」
「あの、たまたまチラシを手に取ったんだけど……。これを見てください」
 
 華恋かれんは興味津々に目を輝かせる。こちらに駆けつけて、チラシを手に取る。チラシの文面に目を通してから、彼女は困惑したような表情を浮かべた。

「『うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つだけ叶えてあげる』って、どういうこと? そして、『ゆめゐ喫茶』っては店名かな?」
 
 ーーゆめゐ喫茶という店、か。

 その文は読み飛ばしてしまった。
 ホントに助かる、華恋かれん

「わからないけど面白いじゃん。今日秋葉原に行こうと思う」
「そういえば、さきさんはメイド喫茶が好きなのか? 全然知らなかった」

 その問いに、あたしは顔を紅潮させてしまう。
 正直、メイド喫茶が最近気になっているけど、それを言ったら評判がゼロまで落ちるかもしれない。

「べ、別に好きでもないよ……。ただ、キャッチコピーからして他のメイド喫茶と雰囲気が違うから行ってみたい、かな」
「確かに面白そうだけど、ちょっとさんくさいじゃないか。ま、部活があるから一緒に来ないんだけど」
「大丈夫。そもそも一人で行くつもりだったよ」

 あたしは華恋かれんに手を振って、秋葉原に出かけた。

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 ガタンゴトンガタンゴトン。
 ホームで待っていると、列車の走行音が次第に聞こえてきた。
 列車が止まると、大勢の人が乗り込んだ。酷く混んできた車内の空気が徐々に息苦しくなってくる。
 あたしは窓際の席に座って、外の風景を眺める。いくつかの摩天楼や展望台が商店街に影を落としている。遠くに、東京タワーが高くそびえていた。

『ツギは秋葉原デス』

 何十分後、合成音声の声がそう告げた。あたしは列車を降りて、ゆめゐ喫茶を探し始めた。
 街角に曲がると、大勢のメイドが目に入った。街を行き交う人に声をかけたり、チラシを配ったりしている。
 あたしは方向音痴なので、一人ではゆめゐ喫茶を見つけるのは無理だろう。地図があっても道に迷うタイプだ。
 とにかく、あたしはメイドたちに声をかけてみた。

「あの、すみません」

 あたしが声をかけると、メイドたちが我に返ったように視線をこちらに投げかける。

「ゆめゐ喫茶への道は知っていますか?」
「はい!」
 
 一人のメイドが手を挙げた。

「お嬢様、ご案内いたします!」

 と、彼女は一礼してわざと可愛い声で言った。可愛いとはいえ、何かがしっくりこない。

「いや、迷惑をかけるつもりはなかったんですが」
「お嬢様のお役に立てれば幸いです」

 言って、彼女は頭を下げた。
 その口調はメイド喫茶の特徴だとわかっているけど、そんな風に話しかけられると違和感を覚えずにはいられない。

「……なら、お願いします」

 時間が経つにつれて、商店街が次第に賑やかになってくる。
 彼女に従いながら、あたしは周りを見渡した。いろんなメイド喫茶が立ち並んで、それぞれの店先に看板娘のメイドが立っている。メイドたちの声が重なって、一体何を言っているのかわからなくなった。
 そして、数分後。

「ここです!」
 
 言って、メイドは立ち止まり、あたしに振り返った。
 桃色の大きな文字で『ゆめゐ喫茶』が目の前にあった。
 お店は思ったより小さく、他のメイド喫茶と違って店先にはメイドはいなかった。窓から店内を覗くと、お客さんがいないことに気づいた。
 
 ーーもしかして、今日は休業日なのかな?

 せっかくここに来たからには、せめてドアを開けてみないと。
 しかしその前に、案内してくれたメイドにお礼を言わければならない。

「案内してくれて、本当にありがとうございました」

 メイドは頷いて、返事もせずに人波に消えていった。
 わざわざ案内してくれるとは思わなかった。
 それに、チラシをくれなかったのは本当に残念。案内の恩返しとして、せめて彼女の所属するメイド喫茶に行きたかったのに……。
 あたしは店に近づいていって、ドアの取っ手に右手をかけた。
 しかし、知らない場所に一人で入るのは怖いし、メイド喫茶に行ったことがないし、あたしは躊躇して手を引いてしまった。
 それでも、入るしかない。入らなければ願いが叶わないんだ。
 そのチラシがどんなにさんくさくても、ゆめゐ喫茶は本当に願いを叶えることができると信じたい。
 覚悟を決めて、あたしはもう一度取っ手に手をかける。
 そして、ドアを開けてみたーー
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