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第二章『青春』

第8話 初恋の悲劇

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 昼休みが始まると、あたしは早速屋上へ向かった。
 ほとんどの生徒が学食で昼食を摂っているので、廊下は自然と静かだった。足を踏み出すたび、甲高い靴音が廊下に響き渡る。
 あたしは一人きりだと思った途端、廊下を曲がるともう一人の生徒が目に入った。 
 あたしの存在に気づくと、彼女はびっくりした表情を浮かべた。
 そちらに目をやると、あたしもびっくりする。なぜなら、その顔の持ち主は今朝置き去りにしてしまった青井あおい華恋かれんだから。

「お、さきさん!」

 ーーあたしは謝るべきだろう。

 そう思ったけど、彼女は全然怒っていないようだ。むしろ、あたしを見かけて喜んでいる。

「よ、華恋かれんさん。昼ご飯はもう食べたの?」
「いや、実は学食に行く途中なんだけど。一緒に来ない?」
「ごめん、ちょっと用事があって……」
「用事? もしかして、告白のこと?」

 言って、華恋かれんは口に手を当てる。

「そ、その……あの……」
 
 返事をしようとしたけど、言葉に詰まった。
 華恋かれんが図星だったんだ。
 あたしは赤くなった頬を隠そうと顔を背けた。

「そ、そうだけど……。誰にも言わないでくださいね」
「言わないよ」

 ーー青井あおい様、心の底から感謝していますわ。

 あたしは溜息を吐いて、会話を終わらせようとした。
 こうやって雑談しているのはいいんだけど、そろそろ屋上に行かないと。

「じゃ……。昼休みが終わる前に、そろそろ行こうと思っているんだけど」
「うん、またね! さきさん、ファイト!」 

 頷いて、あたしは別れを告げた。
 念のために振り返って、別々の方向に歩いていることを確認した。
 そして、あたしは最寄りの階段に向かっていく。
 階段を数段上って、屋上へのドアの前に立ったまま息をついた。
 
 ーーあたしってそんなに強くないんだもんね。

 覚悟を決めようとしたけど、こんな状況では落ちつけるわけがない。 ドアを見るだけで心の鼓動が高鳴る。
 それでも、やってみないと。最悪の場合、フラれることになる。しかも、あたしだって言った。

『告白はやればできるもの』

 取っ手を回して、徐々に開ける。
 静かな廊下にドアの軋み音が響き渡る。すずかぜが吹いてきて、暖かい陽射しが差し込む。
 陽光に目が眩んだまま、あたしは数歩踏み出したーー
 
 ーー青い。

 雲のない青空が視線を埋め尽くしている。静かな屋上に立っていると、風音が聞こえてきた。
 今日の天気は屋上に行く日和。
 地面が陽光に照らされて暖かい。
 町が目の前に広がっている。
 本当に絵になる風景だった。
 
 ーーしかし、屋上には多久馬たくまの姿はなかった。

 昼休みが始まったばかりだから、あたしはしばらく彼を待つことにした。まだ昼食を摂ってるかもしれないし、友達に話しかけられたかもしれない。
 身体からだを屋上の手すりに預けて、涼しい風を楽しんだ。風がストレスで火照った顔に吹き込むと、あたしはすぐに落ち着いた。
 待ちながら告白の背後はずだったこの町を眺めた。高い所から見ると絶景としか言いようがない。
 長い間じっと眺めたあと、あたしは我に返ったように告白のことを思い出した。
 屋上のドアに振り返ったけど、そこには誰もいなかった。
 そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り出した。

 ーー結局、昼休みは彼が来ることなく終わってしまった。

 あたしはあまりの呆気なさに俯いた。
    どうすればいいのかわからなくて、あたしは屋上の真ん中で膝をついた。
 涙が雨粒のようにぽっつりと落ちて、スカートに染み渡る。
 地面の暑さがあたしを慰めるように身体からだに伝ってくる。
 怒りと悲しみに耐えられなくて、あたしは全校が聞こえるほど大きな声で叫んだ。

「あの鹿!!」と。

 ーーでもよく考えたら、あたしも馬鹿だったわね。
 
 本当に信じてたんだから。彼が屋上に来ることに。リュックに落ちた恋文さえも気づかなかっただろうに。
 絶望的に青空を見上げると、何かが膝に落ちるのを感じた。
 風に舞うスカートに視線を落とすと、メイド喫茶のチラシらしいものが視界に入った。
 涙を手で拭って、風に流される前にチラシを鷲掴みにした。

『うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つだけ叶えてあげる』

 と、可愛い文字で書いてあった。

 ーーキチャって何?美味しいの? そんなお茶は聞いたことないけど面白そう……。

 飲んだら願いは叶う、か。出来すぎた話だろうけど、最後の手段だった。
 今日はまだ時間がある。だから、放課後は秋葉原に行くことにした。
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