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第一幕 呪い仕掛けな女神たち
8 あんなに突いてあげたのに・・・
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俺は話の読めない佐藤を無視して屋上に向かった。
屋上へ向かう通路には『立ち入り禁止』の張り紙があり、教員たちがうろついている。
再び迂回して、4階の渡り廊下の屋根の上をつたって屋上に上がりこむ。
カマの化け物らが壊したはずのトイレや、校舎の廊下も普段のままだった。しかし、屋上だけが穏やかではない様子だった。
「……マジかよ」
昨晩、魔女と化け物たちの戦いが行われた屋上では、地面はえぐられて、壁は焦げ付いたままだった。夢の中の魔女や巨大な化け物たちの戦闘を鮮明に思い出した。
ビニールシートが風でめくられると、見るも無残なモニュメントが見えた。頭部がなく、破壊されていた。
「……まさか本当にあの手紙を読み上げただけでこれが壊れたのか!? あれは呪文だって言うのか!? そんな馬鹿なことが!?」
どこかで教員や生徒たちが俺の名前を叫んでいる。俺は耳をふさぎ、膝をつく。
「違う! 呪文であんな鉄の塊が壊れるわけない! いや、呪文なんてない! 魔法なんて!」
俺は頭を抱えた。
「俺じゃない! 俺一人が一晩であんなふうに壊せるわけがない! 人間が壊せるわけない!」
俺は落ち着いて、しばらく助かる理由を探した。
「……そうだ! 雷に打たれて、金属が溶けて、倒壊したんだ、きっとそうだ! 説明なんて簡単じゃないか! 少し話せばわかってもらえるはずだ! そうだ! 逃げるほうが、立場を悪くする!」
俺は顔を上げる。
「……そうだ、自首しよう。しっかり説明すれば――」
覚悟を決め、ネクタイをきちんとしめ、制服のボタンをつけて扉に手をかける。
その瞬間、何かが鼻先をかすめる。
「……んなッ!!!!」
槍のような鉄の破片が、俺が手をかけた扉に突き刺さっている。
破片が飛んできた方向に振り返ると、破壊されたモニュメントの上に少女が立っていた。あの少女だ。
また俺に微笑みかけている。
……でた!
アイツだ!
俺を何度も突き刺したアイツだ!
夢にでてきた、あの魔女だッ!
ただ、昨日の魔女と大きく異なっていた。あの魔女がこの学園の女子生徒の制服を着ている。
金色の長い髪が風に流れて、赤いスカートとリボンが揺れている。
急に胸が苦しくなる。夢の中で、腹をかき混ぜられ、胸をえぐられた感覚がよみがえる。
「ぅ、うぐ……」
「嫌われてもいいの。心が不自由なアナタには必ず幸せをつかませてあげたいから」
その魔女は指をくるくると回しながら近づいてくる。
似ている!
いや、間違いない!
昨日俺の腹を探って、心臓を引きずりだしたアイツだ!
女子生徒の姿の魔女は、苦しむ俺の胸元をみつめる。
俺は校舎内に逃げようと背後の扉のドアノブに手をかけ引っ張るがびくともしない。
「くっ、開かない!?」
扉は鉄の破片にちょうつがいを邪魔されていた。
扉からは逃げられそうにない。しかし屋上から飛び降りるにも、高さがありすぎる。
俺はドアノブを力任せに引っ張る。しかし、ドアノブだけが引っこ抜け、俺は背中から倒れ、背中にじわりと激痛が伝う。
立ち上がろうと手をつくと、魔女は髪とスカートを風で揺らしながら、俺を見降ろしている。
俺はヘビに睨まれたカエルのように動けず、魔女も倒れている俺を見ていた。
晴天の下で、学園旗がはためく音、ビニールシートが風になびく音だけが聞こえた。目の前のその魔女は、春の陽気を楽しむただの女子生徒のように見える。
しばらく沈黙が続き、ようやく魔女の方から口を開いた。
「……あのさぁ」
俺は身震いする。
「夕べはあんなに突いてあげたのに、どうしてまだアタシに他人行儀するわけ?」
俺は慌てて立ち上がり、壁に背をつける。
「やめろ! くるな! 化け物! ヴァーサー・クーラーって魔女め!」
魔女の涼しい顔が、少しゆがんだ。
「どうして俺を狙う! 何がしたいんだ!」
「そう、昨日の話の続きよ。新世界の実現のため、アタシに協力しなさい」
「誰が学園を壊すやつに協力するか! 消えろ!」
魔女はあきれた様子で言う。
「分からず屋はご主人だけのようね。心はとっくに素直になってるわ。こっちおいでっ」
「……? 何を言っている?」
魔女は指を俺の胸に向けるとにぃと笑う。
すると俺の制服のシャツのボタンが弾き飛ぶ。そして俺の腹からハート型の心臓らしき生き物が飛び出す。
「ぐあッ! ……な、なんだ!?」
俺の腹から飛び出した握りこぶしほどの大きさの赤いソレは屋上の地べたに着地した。
そして周りを見渡し、魔女を見つけると、まるで小動物のように魔女に向かって走っていく。
「アナタの心はこんなにも従順なのに……」
「う、嘘だろ!? お、俺の心臓だって!?」
魔女は足にすがりつくソレを冷たい目で見下ろして、つま先でこね始めた。
「はぅぐッ……!?」
「どう? 柔らかくなった心で少しはアタシの提案を聞いてみる気になれた?」
魔女は俺の顔を見ながら、それを踏む足に圧をかける。
「……ぐあッ! うぐっ!」
「ほらほら、早めに返事しないと、大切な心がつぶれちゃうわよー」
「こんなの違う! 俺の心臓なわけない――ッ! また夢だ、悪夢だ! 目を覚ますんだ!」
「……はぁ、まだそれ言う? 聞く耳もたないわけ? 強情すぎ……」
「黙れ! 消えろ! 魔女めッ!」
俺は屋上のフェンスに足をかけて、手を伸ばし這い上がる。
しかし、何かに襟首を掴まれたようにフェンスから引きずり降ろされる。
俺はこの場から逃げることに失敗し、背中から地面に落ちた。そこから見上げた魔女は鼻で笑っていた。
「……残念ね、アタシの見当違いだったみたい」
「うぐっ……返せ……」
魔女は赤いハートを踏みつけている。俺は這いながら進み、魔女が踏みつける赤いハートに手を伸ばし、取り返そうとする。
赤いハートは魔女の足に顔をすりつけ、機嫌を取ろうとしているようにも見える。
「今更しっぽ振って懐いたふりしてもだーめ」
腕組みした魔女のつま先のリズムに合わせて胸が締め付けられる。
「ぅぐッ!」
「聞いた? アタシに向かって優しくおはようじゃなくて、怖い声で魔女って怒鳴ったじゃない! しかも、昨日なんでも協力するって約束したのに! もうご主人さまには失望したわ、頑固すぎて真の愛を語れそうにないの。だから、この学園にいらないの。アタシの言っていること間違ってる? でしょ!?まあ、本音のアナタには気の毒だけど……」
魔女はしゃべりかけていた足元の心臓にかかとをあて、踏み潰そうと重心をかける。
「……素直じゃない人はこの世界にいらない。向こうの世界で転生なさい」
冷酷な表情で、俺の心臓に視線を落とす。そしてニヤリと笑う。
「やめろッ! やめてくれ!」
「さよなら、堕して……」
屋上へ向かう通路には『立ち入り禁止』の張り紙があり、教員たちがうろついている。
再び迂回して、4階の渡り廊下の屋根の上をつたって屋上に上がりこむ。
カマの化け物らが壊したはずのトイレや、校舎の廊下も普段のままだった。しかし、屋上だけが穏やかではない様子だった。
「……マジかよ」
昨晩、魔女と化け物たちの戦いが行われた屋上では、地面はえぐられて、壁は焦げ付いたままだった。夢の中の魔女や巨大な化け物たちの戦闘を鮮明に思い出した。
ビニールシートが風でめくられると、見るも無残なモニュメントが見えた。頭部がなく、破壊されていた。
「……まさか本当にあの手紙を読み上げただけでこれが壊れたのか!? あれは呪文だって言うのか!? そんな馬鹿なことが!?」
どこかで教員や生徒たちが俺の名前を叫んでいる。俺は耳をふさぎ、膝をつく。
「違う! 呪文であんな鉄の塊が壊れるわけない! いや、呪文なんてない! 魔法なんて!」
俺は頭を抱えた。
「俺じゃない! 俺一人が一晩であんなふうに壊せるわけがない! 人間が壊せるわけない!」
俺は落ち着いて、しばらく助かる理由を探した。
「……そうだ! 雷に打たれて、金属が溶けて、倒壊したんだ、きっとそうだ! 説明なんて簡単じゃないか! 少し話せばわかってもらえるはずだ! そうだ! 逃げるほうが、立場を悪くする!」
俺は顔を上げる。
「……そうだ、自首しよう。しっかり説明すれば――」
覚悟を決め、ネクタイをきちんとしめ、制服のボタンをつけて扉に手をかける。
その瞬間、何かが鼻先をかすめる。
「……んなッ!!!!」
槍のような鉄の破片が、俺が手をかけた扉に突き刺さっている。
破片が飛んできた方向に振り返ると、破壊されたモニュメントの上に少女が立っていた。あの少女だ。
また俺に微笑みかけている。
……でた!
アイツだ!
俺を何度も突き刺したアイツだ!
夢にでてきた、あの魔女だッ!
ただ、昨日の魔女と大きく異なっていた。あの魔女がこの学園の女子生徒の制服を着ている。
金色の長い髪が風に流れて、赤いスカートとリボンが揺れている。
急に胸が苦しくなる。夢の中で、腹をかき混ぜられ、胸をえぐられた感覚がよみがえる。
「ぅ、うぐ……」
「嫌われてもいいの。心が不自由なアナタには必ず幸せをつかませてあげたいから」
その魔女は指をくるくると回しながら近づいてくる。
似ている!
いや、間違いない!
昨日俺の腹を探って、心臓を引きずりだしたアイツだ!
女子生徒の姿の魔女は、苦しむ俺の胸元をみつめる。
俺は校舎内に逃げようと背後の扉のドアノブに手をかけ引っ張るがびくともしない。
「くっ、開かない!?」
扉は鉄の破片にちょうつがいを邪魔されていた。
扉からは逃げられそうにない。しかし屋上から飛び降りるにも、高さがありすぎる。
俺はドアノブを力任せに引っ張る。しかし、ドアノブだけが引っこ抜け、俺は背中から倒れ、背中にじわりと激痛が伝う。
立ち上がろうと手をつくと、魔女は髪とスカートを風で揺らしながら、俺を見降ろしている。
俺はヘビに睨まれたカエルのように動けず、魔女も倒れている俺を見ていた。
晴天の下で、学園旗がはためく音、ビニールシートが風になびく音だけが聞こえた。目の前のその魔女は、春の陽気を楽しむただの女子生徒のように見える。
しばらく沈黙が続き、ようやく魔女の方から口を開いた。
「……あのさぁ」
俺は身震いする。
「夕べはあんなに突いてあげたのに、どうしてまだアタシに他人行儀するわけ?」
俺は慌てて立ち上がり、壁に背をつける。
「やめろ! くるな! 化け物! ヴァーサー・クーラーって魔女め!」
魔女の涼しい顔が、少しゆがんだ。
「どうして俺を狙う! 何がしたいんだ!」
「そう、昨日の話の続きよ。新世界の実現のため、アタシに協力しなさい」
「誰が学園を壊すやつに協力するか! 消えろ!」
魔女はあきれた様子で言う。
「分からず屋はご主人だけのようね。心はとっくに素直になってるわ。こっちおいでっ」
「……? 何を言っている?」
魔女は指を俺の胸に向けるとにぃと笑う。
すると俺の制服のシャツのボタンが弾き飛ぶ。そして俺の腹からハート型の心臓らしき生き物が飛び出す。
「ぐあッ! ……な、なんだ!?」
俺の腹から飛び出した握りこぶしほどの大きさの赤いソレは屋上の地べたに着地した。
そして周りを見渡し、魔女を見つけると、まるで小動物のように魔女に向かって走っていく。
「アナタの心はこんなにも従順なのに……」
「う、嘘だろ!? お、俺の心臓だって!?」
魔女は足にすがりつくソレを冷たい目で見下ろして、つま先でこね始めた。
「はぅぐッ……!?」
「どう? 柔らかくなった心で少しはアタシの提案を聞いてみる気になれた?」
魔女は俺の顔を見ながら、それを踏む足に圧をかける。
「……ぐあッ! うぐっ!」
「ほらほら、早めに返事しないと、大切な心がつぶれちゃうわよー」
「こんなの違う! 俺の心臓なわけない――ッ! また夢だ、悪夢だ! 目を覚ますんだ!」
「……はぁ、まだそれ言う? 聞く耳もたないわけ? 強情すぎ……」
「黙れ! 消えろ! 魔女めッ!」
俺は屋上のフェンスに足をかけて、手を伸ばし這い上がる。
しかし、何かに襟首を掴まれたようにフェンスから引きずり降ろされる。
俺はこの場から逃げることに失敗し、背中から地面に落ちた。そこから見上げた魔女は鼻で笑っていた。
「……残念ね、アタシの見当違いだったみたい」
「うぐっ……返せ……」
魔女は赤いハートを踏みつけている。俺は這いながら進み、魔女が踏みつける赤いハートに手を伸ばし、取り返そうとする。
赤いハートは魔女の足に顔をすりつけ、機嫌を取ろうとしているようにも見える。
「今更しっぽ振って懐いたふりしてもだーめ」
腕組みした魔女のつま先のリズムに合わせて胸が締め付けられる。
「ぅぐッ!」
「聞いた? アタシに向かって優しくおはようじゃなくて、怖い声で魔女って怒鳴ったじゃない! しかも、昨日なんでも協力するって約束したのに! もうご主人さまには失望したわ、頑固すぎて真の愛を語れそうにないの。だから、この学園にいらないの。アタシの言っていること間違ってる? でしょ!?まあ、本音のアナタには気の毒だけど……」
魔女はしゃべりかけていた足元の心臓にかかとをあて、踏み潰そうと重心をかける。
「……素直じゃない人はこの世界にいらない。向こうの世界で転生なさい」
冷酷な表情で、俺の心臓に視線を落とす。そしてニヤリと笑う。
「やめろッ! やめてくれ!」
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