やさぐれ英雄と名もなき孤児の少女

月城 月華

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三章

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元魔導士団長はそこで話を切った。

「ーーそうして、僕は君に会いに行ったと言う訳。そしたら、マルスは直前に死んじゃってるし、君も神殿に特攻かけようとしてて、慌ててとめたんだ」

いつの間にか用意されていたお茶を優雅に一口飲みながら、そういった彼の横で、大司祭はうつむきながら小さな声で祈りを捧げていた。

「あーー、色々聞きたいことはあるんだが、とりあえずお前の親父さん、大丈夫か?」

元魔導士団長はゆったりとカップを机に置くと、ふーと息を吐くと遠い目をした。

「……だめかもしれない。ここまで動揺すると思ってなかったからね。……どうしようかな」

軽く現実逃避をする元魔導士団長、ぶつぶつと真っ青な顔で神に祈り続ける大司祭にはさまれて、リオンは天井を仰いだ。

「俺が現実逃避したいんだが……」







暫く待ってみても元に戻る気配のない大司祭にリオンはとりあえず話しかけてみることにした。

「おーい、大丈夫か?」

近寄ってみると、ようやく大司祭が小声でつぶやいていた内容が少し聞き取れるようになった。

「……救い……ああ、……様」

「???」

「国神様、どうか、お怒りをお納めください。創造神様、どうかお救いください。ああ……」

創造神、国神の二柱に繰り返し祈っているようだ。

「……なんて言ってるかわかるかい?」

「創造神と国神に祈ってるみたいだぞ。ところどころ聞き取れんが」

「……やはり、その二柱か」

何かを確信したかのように頷くと、元魔導士団長はすたすたと歩いて大司祭に近寄った。

「大司祭様?父様?父さん?……聞こえてないな。仕方ない」

元魔導士団長は、現実に戻ってこない大司祭の懐をガサガサと探って一つの古びた鍵を取り出した。

そして代わりに彼の懐に何かをそっと忍ばせると、首筋にトンと手刀を落として、気絶させてその場にそっと寝かせた。

元魔導士団長は暫く眠っている大司祭の顔を見つめると、顔を上げてリオンの方を振り向いた。

「行こうか、リオン」

「お、おう。……はっ?え?どこに?」

「君の記憶を取り戻せる場所だよ」

「???」

未だによく分かっていないリオンを連れて、元魔導士団長は神殿の内部を歩いていく。

「お、おい!!ここ部外者禁止の場所じゃ」

「そうだよ?だからこの時間に忍び込んだし、大司祭につなぎをつけておいたんだ。……まあ、なんかおかしなことになちゃったけど」

「てか、俺まだ色々よくわかってないんだけど!!」

「そうだろうね。だけど、大丈夫」

「なにが!?」

「ーーほら、ついた」

元魔導士団長と言いあっているうちに、二人は一つの扉の前にたどり着いていた。

「ここは?」

リオンが何か嫌な予感がして尋ねると、元魔導士団長は振り向いてふっと笑った。

元々かなり整った容姿をしている彼がそんな笑い方をすると今にも消えてしまいそうな儚さをたたえていて、リオンの背筋はぞくっとわなないた。

「ここはこの神殿の本当の聖堂。神託を受ける場所。……君の始まりの場所だよ」

「ーー俺の、始まりの、場所?」

元魔導士団長はそれ以上何も言わずにその扉をさっき手に入れた古びた鍵で開けると、リオンの手を引いて中に入っていった。

扉の中には、祭壇一つがポツンと置かれているだけで、他にはなにもなかった。ただ、部屋中に彫刻が施されており、祭壇にも、精巧な細工が施されていた。

元魔導士団長はその部屋の中央に跪いた。

「お初にお目にかかります。アストラ・アルベドと申します」

何時現れたのか、空に浮かびながらこちらを見下ろしているのは大男。顔立ちは優男と言っていい風情なのに、存在も何もかも大きく見えた。

「……久しいな。いや、初めてと言った方が良いか。魔の子、アストラ、何の用だ?」

その男は空中で胡坐をかいて頬杖をつきながらゆったりと答えた。

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