やさぐれ英雄と名もなき孤児の少女

月城 月華

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三章

ー閑話16ー side commander of the magic division

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「もうやめる」

そう言った彼に、周りの人達は憤慨した。

英雄の表情を見て王子が英雄の説得をしようと話しかける。

暫く黙ってその話を聞いていた英雄は、その話の最中、王子の胸倉を掴んでテントに叩きつけた。

あわてて幾人かが間にはいる。以前から英雄に不満を抱いていた人々が口々に英雄を糾弾する。そうしていると、英雄が吠えた。

「知るかよ、お前らの都合で俺を呼んだんだ。俺が来たいと言ったか?」

その言葉に周りの人々は更に憤慨した。平民が王族や貴族から取り立ててもらっているのに、こうやって反抗する事が我慢ならないのだろう。

こうなってしまっては、ある程度不満を出し尽くしてから仲裁に入るしかない、と暫く様子を見ていると、激怒した英雄の叫びが聞こえた。

その叫びを聞いた時、悠長に傍観していたことを後悔した。いや、以前に彼から【平等】という概念を聞いた時に、もっとその概念について詳しく聞くべきだった。

「っ、お前らは平民だのなんだの言うがな、部外者の俺にとっては貴族だろうが平民だろうが同じなんだよ!!そもそも俺の故郷の国には貴族も階級社会も存在しねえ!!!」

その言葉に、息を飲んだ。

その時にようやく【平等】というものがなんなのか漠然と理解したのだ。……随分と遅かったが。

以前にその概要については聞いてはいたものの、僕はそれについて理解できていなかった。英雄をなだめるのに必死で聞き流していた事もあるが、本当の意味で階級も貴族も存在しない世界があると思っていなかったのだ。

ただそういう名前がついていない他の制度があり、この国より平民の権利が保障されているのだろうと思っていたのだ。

そして、彼の故郷では僕たちが彼に与えてやったと思っていた物は価値を持たないのだろう。王族からの賞賛も、貴族になる栄誉も、そもそもそんな制度がない国にとっては必要ない。

何より、一番理解できていなかった事は、未だに彼は自身を部外者だと認識していたことだった。

僕の知る人々はたとえ自国があろうと、平民から貴族に上がれるとなれば必死で頑張ってなろうとするのだ。まちがっても自分の事を部外者とは言わない、むしろ積極的に当事者になりに来るものだ。

「そもそも、平民平民言うなら、俺の力をなんで借りるんだよ!!お前らで何とかしろよ!!」

彼の故郷に階級社会が本当に存在しないのなら、この言葉は当然だろう。だが、この世界の常識に当てはめると、取り立ててやったのに、平民風情が逆らって、といったところだ。

そして、状況が読めていない周囲の人からそういう罵倒が飛び交う。英雄の表情はますます冷たくなっていった。

「帰る。俺はもう手伝わない」

その場から立ち去ろうとする英雄を僕と騎士団長は必死で止めた。

けれど、彼が温厚だったから忘れていたけれど、彼はこの世界を救うために呼ばれた、【英雄】だ。

国随一の実力を持つ僕も、騎士団長でも、力のたがを外した彼にはかなわなかった。

そして、気絶させられて起きてから全力で追いかけたが、全ては遅かった。

魔王に魔物に国を蹂躙される前に、自分たちが呼んだ【英雄】によってこの国は壊された。

ーーーーすべては彼を呼んだ僕が引き起こしたことだ。たとえそれしかこの世界を守るすべがなく、神からの神託だったとしても、他の方法を探ろうともせず、彼に寄り添うことも理解することもせずにそれが正義だと信じて彼を召喚した僕の、罪だ。







そうして僕は一度死んだ、はずだった。

気がついたら、僕は自宅にいて僕の全身には呪いの印が回っていて、死ぬことが確定していた。

今思い出したことと僕が経験した事は随分と違った。

今の白昼夢では僕は魔王討伐に成功せずにその前に英雄に殺されたが、実際は魔王は討伐できていた。

それに英雄と決別したのは魔王討伐後の話で白昼夢みたいに討伐最中ではない。

「これは、なんだ?」

重なる二つの記憶と呪いの印から発せられる痛みで頭が混乱する。

ただの夢なのか?だが、それにしては色々思う所があった。

もし、この記憶を思い出したことが白昼夢の中の自分が仕組んだことなら、どこかに手がかりがあるはずだ。

そう思って、僕は白昼夢での経緯と、僕の今までの齟齬を調べた。

そうしてたどり着いた事実を、僕は英雄に、リオンにどうしても伝える必要があった。

そしてそれ以上に、僕は彼に多大な借りがあり、それを返さなければいけなかった。

だから、もうすぐ死ぬこの体をおして、僕は彼に会いに行った。


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