84 / 90
三章
ー閑話16ー side commander of the magic division
しおりを挟む「もうやめる」
そう言った彼に、周りの人達は憤慨した。
英雄の表情を見て王子が英雄の説得をしようと話しかける。
暫く黙ってその話を聞いていた英雄は、その話の最中、王子の胸倉を掴んでテントに叩きつけた。
あわてて幾人かが間にはいる。以前から英雄に不満を抱いていた人々が口々に英雄を糾弾する。そうしていると、英雄が吠えた。
「知るかよ、お前らの都合で俺を呼んだんだ。俺が来たいと言ったか?」
その言葉に周りの人々は更に憤慨した。平民が王族や貴族から取り立ててもらっているのに、こうやって反抗する事が我慢ならないのだろう。
こうなってしまっては、ある程度不満を出し尽くしてから仲裁に入るしかない、と暫く様子を見ていると、激怒した英雄の叫びが聞こえた。
その叫びを聞いた時、悠長に傍観していたことを後悔した。いや、以前に彼から【平等】という概念を聞いた時に、もっとその概念について詳しく聞くべきだった。
「っ、お前らは平民だのなんだの言うがな、部外者の俺にとっては貴族だろうが平民だろうが同じなんだよ!!そもそも俺の故郷の国には貴族も階級社会も存在しねえ!!!」
その言葉に、息を飲んだ。
その時にようやく【平等】というものがなんなのか漠然と理解したのだ。……随分と遅かったが。
以前にその概要については聞いてはいたものの、僕はそれについて理解できていなかった。英雄をなだめるのに必死で聞き流していた事もあるが、本当の意味で階級も貴族も存在しない世界があると思っていなかったのだ。
ただそういう名前がついていない他の制度があり、この国より平民の権利が保障されているのだろうと思っていたのだ。
そして、彼の故郷では僕たちが彼に与えてやったと思っていた物は価値を持たないのだろう。王族からの賞賛も、貴族になる栄誉も、そもそもそんな制度がない国にとっては必要ない。
何より、一番理解できていなかった事は、未だに彼は自身を部外者だと認識していたことだった。
僕の知る人々はたとえ自国があろうと、平民から貴族に上がれるとなれば必死で頑張ってなろうとするのだ。まちがっても自分の事を部外者とは言わない、むしろ積極的に当事者になりに来るものだ。
「そもそも、平民平民言うなら、俺の力をなんで借りるんだよ!!お前らで何とかしろよ!!」
彼の故郷に階級社会が本当に存在しないのなら、この言葉は当然だろう。だが、この世界の常識に当てはめると、取り立ててやったのに、平民風情が逆らって、といったところだ。
そして、状況が読めていない周囲の人からそういう罵倒が飛び交う。英雄の表情はますます冷たくなっていった。
「帰る。俺はもう手伝わない」
その場から立ち去ろうとする英雄を僕と騎士団長は必死で止めた。
けれど、彼が温厚だったから忘れていたけれど、彼はこの世界を救うために呼ばれた、【英雄】だ。
国随一の実力を持つ僕も、騎士団長でも、力のたがを外した彼にはかなわなかった。
そして、気絶させられて起きてから全力で追いかけたが、全ては遅かった。
魔王に魔物に国を蹂躙される前に、自分たちが呼んだ【英雄】によってこの国は壊された。
ーーーーすべては彼を呼んだ僕が引き起こしたことだ。たとえそれしかこの世界を守るすべがなく、神からの神託だったとしても、他の方法を探ろうともせず、彼に寄り添うことも理解することもせずにそれが正義だと信じて彼を召喚した僕の、罪だ。
そうして僕は一度死んだ、はずだった。
気がついたら、僕は自宅にいて僕の全身には呪いの印が回っていて、死ぬことが確定していた。
今思い出したことと僕が経験した事は随分と違った。
今の白昼夢では僕は魔王討伐に成功せずにその前に英雄に殺されたが、実際は魔王は討伐できていた。
それに英雄と決別したのは魔王討伐後の話で白昼夢みたいに討伐最中ではない。
「これは、なんだ?」
重なる二つの記憶と呪いの印から発せられる痛みで頭が混乱する。
ただの夢なのか?だが、それにしては色々思う所があった。
もし、この記憶を思い出したことが白昼夢の中の自分が仕組んだことなら、どこかに手がかりがあるはずだ。
そう思って、僕は白昼夢での経緯と、僕の今までの齟齬を調べた。
そうしてたどり着いた事実を、僕は英雄に、リオンにどうしても伝える必要があった。
そしてそれ以上に、僕は彼に多大な借りがあり、それを返さなければいけなかった。
だから、もうすぐ死ぬこの体をおして、僕は彼に会いに行った。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる