やさぐれ英雄と名もなき孤児の少女

月城 月華

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三章

ー閑話15ー side commander of the magic division

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魔導士団に入ってからも色々大変だった。

なんせ、僕は潜在能力は高かったけれど、生まれの関係で知識がかなり偏っていたし、人ともまともな付き合い方をしてこなかったから同僚とどう付き合っていいのか分からなかった。

それでも、こんな僕を助けてくれた魔導士団長の為に必死で勉強して、色々失敗して、気がつけば魔導士団長よりも魔法の実力だけは高くなっていた。

やがて魔導士団長にその職を譲られ、本人は悠々自適の隠居生活にホクホクしながら突入した。

この時、ようやく恩返しができた気がした。

恩返しができて、人生の目標を失いかけた僕だったけれど、その時には少しは僕にも大事だと思えるものが増えていたし、なにより、魔法というものは奥が深く、僕と相性も良かったため、魔法の研究を代わりの人生の目標とするのにさして時間はかからなかった。

そうして長い時を経て、幾度となく騎士団や魔導士団で魔物の討伐へと赴いたけれど、魔王のせいか徐々に周辺国も含め魔物が増え始め、国の状況は悪化の一途をたどった。

そうして神託がおりて僕は国王に命じられた。

「魔王討伐の為の英雄を召喚せよ」

その言葉を聞いた時、正直僕の心は踊った。

今まで挑戦したことのない魔法を研究でき、発動することができるのだと。

それがいかに考えなしで傲慢な事か思い当たりもせずに、ただひたすらおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいで必死で研究した。

これを成功させたら、国の為にもなるし、成功の功績は僕を魔導士団長へと推薦してくれた元魔導士団長の功績にもなる、そう思って。

そうして研究をして数年が過ぎ、ついにその準備はととのった。

僕は成し遂げた。英雄の、リオンの召喚を。






「ここは、どこですか?」

成人したての少年の姿。姿形も僕らとそう変わらない。

人外魔境の見た目をしているものが来ることや、オーガのような見た目のものが召喚される事も覚悟していた僕は拍子抜けした。

しゃべり方などから観察するに、その男は平民のようだった。ただし、かなりいいところの甘やかされた平民。

これなら扱いやすいだろう、そう思った。

実際、彼はどんな環境で育ったのか素直だった、というより疑うことを知らないようだった。

こちらのいう事を素直に信じてくれた為、訓練も勉強もスムーズに行った。この時に本当だったら色々と彼の事について確認しておくべきだったのだろうが、彼の事を平民と思い込んでいた僕たちはろくに確認しなかった。

なまじ、彼が階級社会の知識があった為、彼の故郷も同じだと思い込んだのも大きかった。

彼自身も夢うつつなのか、英雄と呼ばれることを喜んでスムーズに受け入れていた。

付き合いやすい彼の性格もあり、すっかり打ち解けて何というか陽だまりみたいな日々を過ごしていた僕たちを現実に引き戻したのは遠征の準備として地方に下見に行った時だった。

僕はこれでも各地に魔物討伐に何度も行っていたので魔物がおこす悲惨な出来事や日常に慣れていた。

けれど、英雄の彼を筆頭に王子や聖女は初めて現実を突きつけられて呆然としていた。

特にそこで英雄の彼は流れる血を見てここは現実だと、夢の世界ではないのだと自覚したようだった。

そこから彼は変わった。もともと平民だとは思えないほど勉強ができた彼は、一つ一つの物事を考えるようになった。

そうしていくうちに、彼はこちらと距離を取るようになった。今までと対応はあまり変わっていないのに、あからさまに溝を感じる言動。

それを何とかしなければいけないと思いつつ、なかなか思うようにいかなかった。この世界の普通の平民には使えるような情報操作が効かなくなっていた。

そして、決定的な齟齬が起きる。

とある辺境が魔物の大群に襲われた時、同時に高位貴族が止まっている近隣の集落が襲われていた。

英雄は辺境の方が沢山の民がおり、また、魔物の数が多いことからも優先して助けに行くべきだと言い、単独で飛び出そうとした。

だが、僕たちの感覚からすると、高位貴族が最優先であり、民は二の次だった。

そのため、飛び出そうとする英雄を眠らせて高位貴族のいる集落まで運び魔物を討伐した。

英雄は真っ青になりながら、すごい勢いで魔物を討伐し、辺境へと向かった。

辺境は壊滅していた。

城壁は崩れさり、未だに残った人肉を食らおうと多くの魔物が跋扈していた。

僕はこうなれば生存者はいないと分かっていたので、英雄を止めたが、英雄は壊滅した城壁内部の町を駆け回り、魔物を討伐しながら生存者を探した。

そうして誰一人生存していないと分かると、今度は僕らに食って掛かった。

「どうして俺を集落へと連れて行った!!こっちを助けるほうが優先だっただろう!?」

その問いに、僕らは戸惑いながらも当たり前の答えを答えた。

「???高位貴族が集落にいたからだと何度も言っているだろう?何をそんなに憤っているんだ?身分的にも、国力的にも貴族を優先するのは当たり前じゃないか!!」

その答えに愕然とした彼が落ち着いた後、僕と騎士団長は彼の故郷には身分さが存在せず、平等、という概念が当たり前だと聞いて、今度はこちらが愕然とした。

確かに、魔力がなく、神も直接は干渉しない世界なら、平等というよくわからない概念が存在することもあるのかもしれないと今は思う。

だけど、その時の僕にはその概念は到底理解できなかった。ただ、何かを間違えたことだけは分かった。

そういった事が数度続いたある日、英雄の表情がすとんと抜け落ちた。

「もうやめる」

彼は確かにそういった。
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