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三章
巡礼の少女と追憶する英雄 1
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リオンside
月が美しく輝き、空気が透明で美しい夜の事だった。
リオンは元宮廷魔導士団長の手引きで中央神殿の内部に潜り込んでいた。
「こっちだよ」
彼の声がくぐもって聞こえるのは音を消す魔法のせいだ。
正確には魔法の印が付いた人にしかそれぞれが立てた物音が聞こえないというかなり高度な魔法だった。
そのぶん準備やらなんやらが必要らしいが、攻撃魔法に特化したリオンにはよくわからなかった。
神殿に忍び込んだのはリオンとリツカ、手引きした元魔導士団長の三人。
三人はやたら広い神殿の中庭を走って通り過ぎ、途中のよくわからないみすぼらしい扉から神殿内部に侵入した。
壮麗な神殿にあまりにも似合わないみすぼらしい扉なので、リオンが二度見していると、元魔導士団長が苦笑した。
「この扉はここで下働きしている下位の神官達やお使いをしている孤児たちが使っている扉なんだ。立場的にもリオンが見たことすらないのは当たり前だよ」
「そうですよ。まあ、僕はなんでこの扉の事を御貴族様である元魔導士団長様が知っているのかが気になりますが」
「……今は君も貴族だろう?」
元魔導士団長はごまかすようにそう言うと、「いくよ」と言って先を歩き出した。
リオンとリツカは顔を見合わせると彼についていった。
「お久しぶりです。大司教」
「だ、大司教!?」
「!!!」
元魔導士団長が大司教と言ったことで、リツカもリオンも驚きおののいた。
大司教は実質神殿の最上位の位のはずだ。
大司教と言われた人影はゆったりと振り返り、「おひさしぶりです」と穏やかに答えた。
月明かりに浮かぶその顔には憂いも恐怖も浮かんでおらず、ただただ穏やかな笑みだけが浮かんでいて、一枚の絵画のようだった。
「魔の子と英雄殿と……魔道の申し子ですか。今日の尋ね人は随分と豪華な方たちですね」
「……その呼び方はやめてください。お久しぶりです、ご健勝のようで安心いたしました」
「そうでしたね、君はこの呼び方が嫌いでしたね。ええ、私にはまだ神に与えられた役割がございますので、今しばらくは死にませんよ」
そう言いながら大司教は彼らに椅子に座るように促した。
三人が椅子に座るのを見届けて自分も椅子にゆったりと座る。一呼吸置くと、ゆっくりと話し始めた。
「ーー急に君に『会いたい』と言われた時は驚いたものです。君はこの場所も私の事も嫌っていると思っておりましたから」
「……僕の事を嫌いなのはあなたでしょう、大司教、いえ、お父様」
リオンもリツカも初めて聞く情報に目を見開くが、その場に流れる何とも言えない雰囲気にのまれて何も言えずに二人の会話を見守った。
「おや、久しぶりに父と呼んでくれましたね」
「……あなたが僕の血縁上の父親であることは事実ですから」
「そうですね。それにしては養子に出た後はほとんど連絡を下さらなかったようですが」
「……」
「ふふ、まあ、いいでしょう。それで、本日はどうしたんですか?反逆者と共に魔の子であるあなたがここに来るのは得策とは思えませんが」
穏やかに告げる言葉の端々に不穏さがちりばめられていて、リオンは不快感に眉をひそめた。
「おい!!っ」
リオンが大司教に物申そうとし開けた口は元魔導士団長の手で止められていた。
「ふぁにふる!!」
「リオン、今は黙っていて。……僕は大丈夫だから」
その様子に大司教はおやっと眉を上げた。
「……随分と大人になったのですね。以前のあなたなら私に突っかかってきていたでしょうに」
「いつの話?ーーああ、あなたが僕の事を良く知っていたのは成人前までだものね。仕方ないか」
落ち着いた元魔導士団長の様子に大司教は少し面白くなさそうにため息をついた。ふっと穏やかな表情がはがれる。
「ーーで、本当に本日は何用ですか?厄介ごとの予感しかしませんが」
「うん、厄介ごとだよ。だけど、神殿も関わってる厄介ごとだ」
断言する元魔導士団長に、大司教は今度こそ心底嫌そうに眉をひそめた。
「そんなにですか。今、神殿は実質ここの二番手だった大司祭を失って人手不足なんですがね」
当初の穏やかな顔はどこにいったのやら、めちゃくちゃ顔をしかめて頬杖をつく大司祭に元魔導士団長は泣き笑いのようなくしゃっとした少年の笑顔を浮かべた。
「聖女もでしょ。……大丈夫だよ、父さん、僕があなたに迷惑をかけるのはこれで最期だから。ごめんね、神職の家に生まれたのに魔の子で。でも、父さんにも関係があるし、最期だからちょっとだけ力をかしてよ」
その見た目も会いまってどこまでも成人前の少年のような元魔導士団長の崩れた笑顔を見て、最初は面倒そうにしていた大司教の表情は固まり、驚きの表情を浮かべて彼の事を見た。
リオンとリツカを見渡し、はっと何かに気がついた大司教は、椅子から勢いよく立ち上がり、元魔導士団長に近寄ると、全身を覆っていたローブを勢いよく剥ぎ、首元と腕をあらわにする。
「そんな、なぜ、なぜだ……」
呆然と虚ろな瞳を迷わせ、幾度もあり得ないものを見たかのように元魔導士団長の全身に広がる呪いを見る。
彼の両肩をがっと掴んで、正気を失ったかのように揺さぶった。
「なんで、魔の子が神の呪いにかかるんだ!!なぜ!!なにがあった!!」
真っ青な顔で叫んでいた大司教はふっと何かに気がついたかのようにリオンの方を見つめた。
「ーーおまえのせいか!!!!!」
大司教はリオンにつかつかと歩み寄り、リオンの胸倉を掴んだ。
「おまえが、我が息子を!!なにをした、答えろ!!」
「っち、放せよ!!」
もみ合いになる寸前で、大司教の手にそっと元魔導士団長の手が添えられた。その顔にはいまだに自分の為に怒る大司教に対する驚愕が張り付いている。
「……父様、その手をお放しください。……これはリオンのせいではありませんよ。いえ、彼も関係があるのですが……」
嬉しそうな悲しそうな顔を浮かべながら元魔導士団長は二人の間に入り仲裁する。
「……これは私の、いえ、僕たちの咎がもたらした結果です。ちゃんとご説明します。リオンも、ちゃんと座って、父様がごめんね」
未だ真っ青な顔で呆然としている大司教を椅子に座らせると、彼自身も座った。
「少し、話をしよう。どこからがいいかな、リオンは僕の生い立ちを知らないんだったね。少し蛇足になるかもしれないけど、そこから話そうか。どうしてここに連れてきたか、それを理解してもらうためにーー」
月が美しく輝き、空気が透明で美しい夜の事だった。
リオンは元宮廷魔導士団長の手引きで中央神殿の内部に潜り込んでいた。
「こっちだよ」
彼の声がくぐもって聞こえるのは音を消す魔法のせいだ。
正確には魔法の印が付いた人にしかそれぞれが立てた物音が聞こえないというかなり高度な魔法だった。
そのぶん準備やらなんやらが必要らしいが、攻撃魔法に特化したリオンにはよくわからなかった。
神殿に忍び込んだのはリオンとリツカ、手引きした元魔導士団長の三人。
三人はやたら広い神殿の中庭を走って通り過ぎ、途中のよくわからないみすぼらしい扉から神殿内部に侵入した。
壮麗な神殿にあまりにも似合わないみすぼらしい扉なので、リオンが二度見していると、元魔導士団長が苦笑した。
「この扉はここで下働きしている下位の神官達やお使いをしている孤児たちが使っている扉なんだ。立場的にもリオンが見たことすらないのは当たり前だよ」
「そうですよ。まあ、僕はなんでこの扉の事を御貴族様である元魔導士団長様が知っているのかが気になりますが」
「……今は君も貴族だろう?」
元魔導士団長はごまかすようにそう言うと、「いくよ」と言って先を歩き出した。
リオンとリツカは顔を見合わせると彼についていった。
「お久しぶりです。大司教」
「だ、大司教!?」
「!!!」
元魔導士団長が大司教と言ったことで、リツカもリオンも驚きおののいた。
大司教は実質神殿の最上位の位のはずだ。
大司教と言われた人影はゆったりと振り返り、「おひさしぶりです」と穏やかに答えた。
月明かりに浮かぶその顔には憂いも恐怖も浮かんでおらず、ただただ穏やかな笑みだけが浮かんでいて、一枚の絵画のようだった。
「魔の子と英雄殿と……魔道の申し子ですか。今日の尋ね人は随分と豪華な方たちですね」
「……その呼び方はやめてください。お久しぶりです、ご健勝のようで安心いたしました」
「そうでしたね、君はこの呼び方が嫌いでしたね。ええ、私にはまだ神に与えられた役割がございますので、今しばらくは死にませんよ」
そう言いながら大司教は彼らに椅子に座るように促した。
三人が椅子に座るのを見届けて自分も椅子にゆったりと座る。一呼吸置くと、ゆっくりと話し始めた。
「ーー急に君に『会いたい』と言われた時は驚いたものです。君はこの場所も私の事も嫌っていると思っておりましたから」
「……僕の事を嫌いなのはあなたでしょう、大司教、いえ、お父様」
リオンもリツカも初めて聞く情報に目を見開くが、その場に流れる何とも言えない雰囲気にのまれて何も言えずに二人の会話を見守った。
「おや、久しぶりに父と呼んでくれましたね」
「……あなたが僕の血縁上の父親であることは事実ですから」
「そうですね。それにしては養子に出た後はほとんど連絡を下さらなかったようですが」
「……」
「ふふ、まあ、いいでしょう。それで、本日はどうしたんですか?反逆者と共に魔の子であるあなたがここに来るのは得策とは思えませんが」
穏やかに告げる言葉の端々に不穏さがちりばめられていて、リオンは不快感に眉をひそめた。
「おい!!っ」
リオンが大司教に物申そうとし開けた口は元魔導士団長の手で止められていた。
「ふぁにふる!!」
「リオン、今は黙っていて。……僕は大丈夫だから」
その様子に大司教はおやっと眉を上げた。
「……随分と大人になったのですね。以前のあなたなら私に突っかかってきていたでしょうに」
「いつの話?ーーああ、あなたが僕の事を良く知っていたのは成人前までだものね。仕方ないか」
落ち着いた元魔導士団長の様子に大司教は少し面白くなさそうにため息をついた。ふっと穏やかな表情がはがれる。
「ーーで、本当に本日は何用ですか?厄介ごとの予感しかしませんが」
「うん、厄介ごとだよ。だけど、神殿も関わってる厄介ごとだ」
断言する元魔導士団長に、大司教は今度こそ心底嫌そうに眉をひそめた。
「そんなにですか。今、神殿は実質ここの二番手だった大司祭を失って人手不足なんですがね」
当初の穏やかな顔はどこにいったのやら、めちゃくちゃ顔をしかめて頬杖をつく大司祭に元魔導士団長は泣き笑いのようなくしゃっとした少年の笑顔を浮かべた。
「聖女もでしょ。……大丈夫だよ、父さん、僕があなたに迷惑をかけるのはこれで最期だから。ごめんね、神職の家に生まれたのに魔の子で。でも、父さんにも関係があるし、最期だからちょっとだけ力をかしてよ」
その見た目も会いまってどこまでも成人前の少年のような元魔導士団長の崩れた笑顔を見て、最初は面倒そうにしていた大司教の表情は固まり、驚きの表情を浮かべて彼の事を見た。
リオンとリツカを見渡し、はっと何かに気がついた大司教は、椅子から勢いよく立ち上がり、元魔導士団長に近寄ると、全身を覆っていたローブを勢いよく剥ぎ、首元と腕をあらわにする。
「そんな、なぜ、なぜだ……」
呆然と虚ろな瞳を迷わせ、幾度もあり得ないものを見たかのように元魔導士団長の全身に広がる呪いを見る。
彼の両肩をがっと掴んで、正気を失ったかのように揺さぶった。
「なんで、魔の子が神の呪いにかかるんだ!!なぜ!!なにがあった!!」
真っ青な顔で叫んでいた大司教はふっと何かに気がついたかのようにリオンの方を見つめた。
「ーーおまえのせいか!!!!!」
大司教はリオンにつかつかと歩み寄り、リオンの胸倉を掴んだ。
「おまえが、我が息子を!!なにをした、答えろ!!」
「っち、放せよ!!」
もみ合いになる寸前で、大司教の手にそっと元魔導士団長の手が添えられた。その顔にはいまだに自分の為に怒る大司教に対する驚愕が張り付いている。
「……父様、その手をお放しください。……これはリオンのせいではありませんよ。いえ、彼も関係があるのですが……」
嬉しそうな悲しそうな顔を浮かべながら元魔導士団長は二人の間に入り仲裁する。
「……これは私の、いえ、僕たちの咎がもたらした結果です。ちゃんとご説明します。リオンも、ちゃんと座って、父様がごめんね」
未だ真っ青な顔で呆然としている大司教を椅子に座らせると、彼自身も座った。
「少し、話をしよう。どこからがいいかな、リオンは僕の生い立ちを知らないんだったね。少し蛇足になるかもしれないけど、そこから話そうか。どうしてここに連れてきたか、それを理解してもらうためにーー」
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