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第二部罪滅ぼしを願う英雄と巡礼の少女 一章
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しおりを挟む町が完全に宵闇に包まれた頃、少女は神殿にたどり着いた。
今日はもう無理かもしれない、と思いながら、「ごめんください」と門をたたく。
暫くすると、派手な神殿の外装に似合わない陰気な顔の神官が出迎えた。
「夜遅くに、申し訳ございません。……明日、出直した方がよろしいでしょうか」
「……神殿の門戸はいつでも開いております、問題ございません。勝手に入ってこられる方もいらっしゃるぐらいです。それに、西門の兵士より巡礼の方がお見えになったとお伺いしておりました」
「そうですか……、ありがとうございます」
神官は一回足を止めて、少女に向き直り、ずいっと顔を寄せた。
「……一度だけ、お伺いいたします。本当に巡礼の旅をなさるんですね?あなたはまだお若い。巡礼の旅には、苦難と、苦痛と、とてつもない意思の力が必要となります。加えて、途中でやめる事は叶いません。やめたと同時に神に呪われる可能性が非常に高いので。それでも、旅を、なさいますか?」
まじまじと少女の目を見つめて尋ねる神官に、少女は苦笑した。こんなにも人に気にかけてもらえるとは思っていなかったからだ。
少女は澄んだ、というより透明な表情でおだやかに告げた。
「はい、旅をしたいと思います」
その様子を見て、神官は失望したのか、あるいは諦めたのか、一度だけため息を吐くと、少女を特別な祭壇に案内した。
その部屋に入る手前で神官は脇によけ、少女に中に入るように促す。そうして、聖印を刻む仕草をすると、「あなたにご加護がありますように」と祈りをささげたのだった。
祭壇の部屋に入り、少女はその部屋の中央に跪いた。
そうして、巡礼を始めるべく、教わった文言を述べた。
「私は、私の願いを叶えんがために、巡礼の旅を行うことをご報告いたします。卑小なる我の願いを叶えんと神に縋る巡礼者となり神々にこの身を対価として差し出づ。願わくばお納め下され度くお願い申し上げ奉ります」
そうして一心に祈っていると、ふわっとあたりの空気が変わったような気がした。
「顔をあげよ」
男性か、女性か分からない中性的な美声に声をかけられ、少女は促されるまま無意識に顔を上げた。
目の前には、先ほどまではいなかった存在感がある者が立っている。
男性にも女性にも見える繊細な顔つきの美しいそれは、腰まであるつややかな髪を持っており、髪は光を受けるといかようにも色を変え輝いていた。
それは少女に近づき、周りをくるくると回り、少女を観察する。
「ふむ、ふむ、なるほど、久方ぶりの巡礼者だと思えば、これは面白い人間がやってきたものだ」
その言葉に、少女が目を丸くすると、それは興味深そうに微笑んだ。
「なるほど、気がついてはおらんのか。これほどまでに自身に対して期待がなく、ただ願いだけがあるのは珍しい。ふむ、そなた、灰色の少女と呼ばれていたようだが、今のそなたにはふさわしくあるまい、透明と呼ぶことにしよう」
透明、と呼ばれた瞬間に、少女の胸元に印が刻まれた。少女の巡礼名が決まったのだ。
それは少女を見て、おだやかに告げる。
「巡礼は祈りとは違う、自らを供物に願いを叶える神式だ。そなたの願いが叶うかは分からないが、その強い願いが叶うとよいな」
そう言うと、それは空に浮かび、祭壇の前で両手を広げた。
「それでは、最初の供物を受け取ろう。われは、意思をつかさどる神の一柱、ブレアシス。対価としてそなたの意思が込められた髪をいただこう。返答を、少女よ」
「この身、この体、巡礼の旅に奉げたものです。好きなだけお納めください」
「うむ、その身に宿す、人の身ではかなうはずもない願いの対価だ、持ってゆくぞ」
神、ブレアシスは少女の供物である髪を一瞬にして切り取り、受取った。
「透明、そなたが旅の終着点までたどり着くことを期待している」
そう言うと、少女の胸元の印に一つ印を足して、ブレアシス神は消え去っていった。
少女は元の何の変哲もない祭壇に戻ったのを確認すると、すっと立ち上がり、一礼し、部屋を出た。
途中で、自身の頭にそっと触る。
少女の髪はほぼなくなっており、この国では男性でもしないほど短くなっていた。リオン辺りならベリーショートと言っただろう。
一度瞑目すると少女は次の目的地を聞くために、神官の元に近づいた。
戸の前で別れた神官は未だで少女をまっており、少女が近づいてきたのを確認すると、すっと一礼した。
「……巡礼者として認められたのですね、おめでとうございます。神の供物となられましたことをお慶び申し上げます」
「あ、ありがとうございます……」
「本日はこちらにお泊りください。巡礼者を泊めるのは、神殿の義務ですのでお気になさらず。奉げられたのは髪のようですので、明日の朝、次の目的地をお教えいたします」
急にかしこまられ、戸惑う少女に、神官は慇懃に告げた。
「神の供物となられたという事は、あなた様の身は名実ともい神のものとなられたという事。丁重に対応するのは当然でございます」
「そうなのですね」
「はい。どうか、……どうか、あなた様に神のご慈悲が在らんことをお祈りいたしております」
慇懃な神官のその瞳の奥には間違いなく憐憫浮かんでおり、少女を憐れんでいるようだった。
少女に温かい食事と寝床を用意した神官は、その夜、一晩中神々に祈りをささげた。
どうか、年若いあの少女に神のご慈悲が在らんことを、と。
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