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間章 王都では
英雄の去った王都1
しおりを挟む「キュロス陛下!!中央神殿より使者がおいでです!!」
「分かった。すぐに行く」
どたばたとあわただしい宮殿の執務室で、陛下と呼ばれた人はひっそりと溜息をついた。
この間、殿下、から陛下になったばかりなのだが、忙しさは増すばかりだ。
延焼した王宮の一部の復旧のめどは未だに立たないし、どこから情報が漏れたのか、英雄が国を去ったと噂が流れて、各国から事実確認のための使者がひっきりなしだ。
リオンに魔法陣、というより宮廷魔導士団詰め所を破壊されたせいで、国の結界はぼろぼろだし、というか効力がほぼ切れているし、それによって魔獣の被害報告がひっきりなしに上がってくる。
幸いなことに、国の結界が全て崩壊したというわけではないのは救いだったが、それもいつまでもつか分からなかった。
はー、ともう一つため息をつくと、キュロスは執務室をでて、中央神殿からの使いに会いに行くために歩いて行った。
「お久しゅうございます、改めて、戴冠、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
キュロスは挨拶を交わしながら、中央神殿の使者の顔ぶれにおどろき、側近を振り返った。
「陛下、私がそのように伝えるよう言ったのです。……あまり楽しい話ではありませんから」
そう言ったのはもう初老に差し掛かかった神官、中央神殿の大司祭だった。その後ろにはあの戦いを共にした自身の婚約者である聖女も控えている。
聖女はうつむいたまま、ぐっと唇を引き結び、終始青い顔をしていた。その顔には悲壮な覚悟が浮かんでいる。
「……とりあえず、かけてくれ。温かいお茶を用意させる」
「「はい」」
二人が着席したのを確認し、温かいお茶を出す。
ほうっと温まる顔をして、聖女がお茶を飲むのを確認すると、キュロスは人払いをした。
「……それで、何があった?」
「随分と急いていらっしゃる」
「どうせ聞かねばならんのだ。早い方がよい」
「ーーそれでは、申し上げます。神託がくだりました」
「「「なに」」」
キュロスをはじめ、その場にいた宰相、元魔法師団長などが驚き立ち上がった。大司祭はお茶を優雅に一口のみほす。……良く見たら、彼の手もまた、小刻みに震えているようだった。
「騒がせたな。続きをきこう」
ゴホンと咳ばらいを一つして、仕切りなおすと、キュロスは手を組み、大司祭を見つめた。
大司祭は言いにくそうにしていたが、背筋をすっとのばすと表情を消してキュロスたちに向き直った。
「ーーーー陛下、我が国の国神、セリオス様より神託がくだされました。セリオス様のご慈悲により、国の結界は一年は持つそうですが、それ以降は持たないとのこと。また、結界そのものが不完全の為、結界の張り直しが必要だそうです」
「……そうか」
「はい」
思ったよりも結界が持つ時間が長くて、少しキュロスは安堵した、が、どうしてか【ご慈悲】の部分が気になった。
「大司祭、ご慈悲、とはなんだ?」
「ーーーー申し上げられません」
口を固く引き結ぶ大司祭に嫌な予感がして、ちっと思わず舌打ちする。咎めるように宰相に見られて、このしぐさが移った原因の英雄をふっと思い浮かべた。
「まさか!!おい、大司祭、答えろ!!リオンか?リオンが関わっているのか!?」
国王の仮面をかなぐり捨てて蒼白になって胸倉をつかむキュロスに対して、大司祭は無表情で「お答えできません」と言った。しかし、隣の聖女は動揺したのか、わずかにぎゅっと手を握り締めたのが分かった。
「ーーーーそうか」
キュロスはどさっと椅子にもたれかかって天を仰いだ。
「陛下」
「なんだ?」
「続きを、申し上げます」
「聞きたくないが、聞くしかないんだろうな……」
背もたれにもたれただらしのない格好のまま、先を言うように促すキュロスにさすがに声がかけられなかったのか、注意するものはいなかった。
大司祭は無表情の中にどこか憐れみを含み、キュロスを見やった。
「結界の張り直しには陛下もご存じのとおり、建国時に契約した王族の血筋のものが贄となる必要がございます。今回、セリオス様は一からの契約になるため、二名の贄が必要とおっしゃいました」
「はっ、無慈悲なことだ」
「……神とは人と違う次元にいらっしゃる方々の事、人と同じ倫理観だとは思わぬことです。それでも我が国に手を伸ばしてくださる事に感謝せねば」
「…………」
無言で顔をしかめるキュロスを、大司祭は表情を緩め、祖父のような温かな視線で見つめた。少年時から知っているこの王をもっと支えていたかった、と思いながら。
「陛下ーーーーいえ、キュロス様。御名前をお呼びすること、お許しください。幼少の頃より教師としてあなた様にお仕えできたこと、まことに光栄でした。ーー私がいなくなっても、どうか、お体をご自愛くださいますよう」
その別れの言葉に、キュロスは目を丸くした。そうして、何かに気がついたかのように、大司祭と、聖女の顔を交互に見る。
ストン、とその顔から表情が抜け落ちた。
「ま、まて、二人とも、なのか?違うよな?いくな、行くなよ!?国王命令だ!!」
目を見開き、手を震わせて大司祭と聖女の手を掴むキュロスの背を大司祭はそっと撫で、一度だけ抱きしめた。
ぽろぽろと抑えきれなかった涙が見開いた瞳から流れ出ていく。
国王らしくない、とはその場にいた宰相も、元魔法師団長も、新しい騎士団長も言えなかった。ただその光景からそっと目をそらした。
大司祭はキュロスの肩をトンと押し、手をそっと離した。
「お察しのとおりです、陛下。あなたの伯父であり、元公爵家一員として、王族の血と豊富な魔力を持つ私が、贄に選ばれました。私の姪である聖女様と共に」
「ーーーーーーーーそうか」
おだやかな中に潜んだ覚悟に、キュロスはもうそう言うしかなかった。
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