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四章
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リオンは長い間その場で頭を抱えていた。
神官は複雑な顔でその様を見ていた。ややあって、リオンに声をかける。
「英雄殿、こちらへ。落ち着かれるまでこちらにお座りください」
リオンは虚ろな瞳を神官に向けてふらふらとすすめられた椅子に座る。
「うっ、おえ」
胃の中に何も入っていないのに吐き気が込み上げてくる。リオンは今まで自分が少女にしてきたことを走馬灯のように思い出していた。
その様子を暫く観察していた神官は、怪訝な顔で尋ねた。
「失礼ですが、英雄殿。何をそんなに傷ついていらっしゃるのですか?……私から見て、ですが、王都で見かけた英雄殿は、この世界の何にも興味が無いように見受けられました。確かに、英雄殿は何か後ろめたいことがあるのでしょうが、結局はこの世界で起こったこと。何をそんなに悔いていらっしゃるのです?」
神官のある意味失礼ともとれる質問に、リオンは何も言わなかった。神官はしばらく時間を置いてリオンの吐き気と呼吸が整ってから、また話しかけた。
「英雄殿……いえ、リオン殿。幸いここは神殿で私は神官です。あなたを追い詰めた私が言える事ではありませんが、自身が罪と思っている事をここで懺悔することで少しは気持ちも楽になるかもしれません、ここはそういう場所でもありますから」
当初、神官はリオンの少女に対しての扱いに怒り、多少の反省を促そうとしたのだが、今のリオンは手足も震え、顔も真っ青でいまにもこの世から消えてしまいそうな風貌になっていた。
正直ここまで反省するとは思っていなかった神官としては世界の恩人に対し、若干の申し訳なさが沸きあがっていた。
かといって、少女に対してリオンがしてきたことが正しいとも、黙っていた方が良かったとも思ってはいなかったが。
吐き気と呼吸が落ち着いたリオンは、今追い詰めてきたはずの神官に救いを求めるように唇をわななかせて唐突にしゃべり始めた。
「神官様はどうして俺がこんなに後悔しているか、分からないだろうな。あいつは、灰色の少女は俺がこの世界にいる意味だったんだ」
そうしてリオンが嗚咽とまたぶり返してきた吐き気でつっかえつっかえ話し始めた話はこういうものだった。
リオンは当初、この世界を守れることに誇りを感じていた。だが、この世界を知れば知るうちに浮き彫りになる命の重さの格差と、リオンにはなじまないこの世界の命の重さの基準を押し付けられる事に、その基準によって命の取捨選択をしなければいけない事に失望を覚えた。
そんな中、城塞都市で守れた子供は、リオンがリオン自身の意思でこの世界で助けられた自覚のある唯一の人であり、その思い出があったから、リオンは自分は守るためにここにいるんだと存在を認識できていたと言った。
もっとも、王家に、いや、世界に裏切られてからはこの世界そのものがどうでもいい物になったとも語っていたが。
リオンは顔を伏せ、見開いた瞳からとめどない涙をあふれさせて懺悔した。
「俺は、俺は、あの子供を助けられたと思っていたんだ。あれだけ脅したのだから、あの子供はどこかで幸せに暮らしていると思っていた。……誇りだったんだ。それを、自分で汚してしまった」
神官は沈痛な面持ちで、しかし何も言わずに聞いている。
リオンは、魂が裂けるようなそんな悲痛な声を上げた。
「俺があまかったんだ。……信じたいと思っちまった。王子も、騎士団長も、魔導士団長も、一時は友だったから。子供一人くらい幸せにしてくれてると、俺もそれくらいには、彼らに大事にされてると、思いたかったんだ。この世界で孤独でいたくなかったから」
「あいつは、あいつらは!!わかって俺の妻にあいつをしたんだ!!俺が、あいつを虐げるとわかってたから。……願わくば、俺にあいつを殺してほしかったんだろ。それか、その口実が欲しかった。はっ、今考えれば、あいつら王侯貴族の考えそうなことだ。ーーそんで、俺はまんまとその思惑に乗ってしまったわけだ」
神官は思わず、リオンの背に手を当てて慰めた。
うっ、うっ、うっとリオンから押さえきれない嗚咽が漏れた。
「すまない、すまない、すまない。俺と関わったから、おまえは幸せになれなかった。すまない、この世界全てに感じていた嫌な事全部お前にぶつけた。すまない……」
すまない、すまない。と呟く小さくか細い声が、神殿に長い間響いていた。
その様を、一人の神官と、ステンドグラスの神々だけが聞いていた。
神官は複雑な顔でその様を見ていた。ややあって、リオンに声をかける。
「英雄殿、こちらへ。落ち着かれるまでこちらにお座りください」
リオンは虚ろな瞳を神官に向けてふらふらとすすめられた椅子に座る。
「うっ、おえ」
胃の中に何も入っていないのに吐き気が込み上げてくる。リオンは今まで自分が少女にしてきたことを走馬灯のように思い出していた。
その様子を暫く観察していた神官は、怪訝な顔で尋ねた。
「失礼ですが、英雄殿。何をそんなに傷ついていらっしゃるのですか?……私から見て、ですが、王都で見かけた英雄殿は、この世界の何にも興味が無いように見受けられました。確かに、英雄殿は何か後ろめたいことがあるのでしょうが、結局はこの世界で起こったこと。何をそんなに悔いていらっしゃるのです?」
神官のある意味失礼ともとれる質問に、リオンは何も言わなかった。神官はしばらく時間を置いてリオンの吐き気と呼吸が整ってから、また話しかけた。
「英雄殿……いえ、リオン殿。幸いここは神殿で私は神官です。あなたを追い詰めた私が言える事ではありませんが、自身が罪と思っている事をここで懺悔することで少しは気持ちも楽になるかもしれません、ここはそういう場所でもありますから」
当初、神官はリオンの少女に対しての扱いに怒り、多少の反省を促そうとしたのだが、今のリオンは手足も震え、顔も真っ青でいまにもこの世から消えてしまいそうな風貌になっていた。
正直ここまで反省するとは思っていなかった神官としては世界の恩人に対し、若干の申し訳なさが沸きあがっていた。
かといって、少女に対してリオンがしてきたことが正しいとも、黙っていた方が良かったとも思ってはいなかったが。
吐き気と呼吸が落ち着いたリオンは、今追い詰めてきたはずの神官に救いを求めるように唇をわななかせて唐突にしゃべり始めた。
「神官様はどうして俺がこんなに後悔しているか、分からないだろうな。あいつは、灰色の少女は俺がこの世界にいる意味だったんだ」
そうしてリオンが嗚咽とまたぶり返してきた吐き気でつっかえつっかえ話し始めた話はこういうものだった。
リオンは当初、この世界を守れることに誇りを感じていた。だが、この世界を知れば知るうちに浮き彫りになる命の重さの格差と、リオンにはなじまないこの世界の命の重さの基準を押し付けられる事に、その基準によって命の取捨選択をしなければいけない事に失望を覚えた。
そんな中、城塞都市で守れた子供は、リオンがリオン自身の意思でこの世界で助けられた自覚のある唯一の人であり、その思い出があったから、リオンは自分は守るためにここにいるんだと存在を認識できていたと言った。
もっとも、王家に、いや、世界に裏切られてからはこの世界そのものがどうでもいい物になったとも語っていたが。
リオンは顔を伏せ、見開いた瞳からとめどない涙をあふれさせて懺悔した。
「俺は、俺は、あの子供を助けられたと思っていたんだ。あれだけ脅したのだから、あの子供はどこかで幸せに暮らしていると思っていた。……誇りだったんだ。それを、自分で汚してしまった」
神官は沈痛な面持ちで、しかし何も言わずに聞いている。
リオンは、魂が裂けるようなそんな悲痛な声を上げた。
「俺があまかったんだ。……信じたいと思っちまった。王子も、騎士団長も、魔導士団長も、一時は友だったから。子供一人くらい幸せにしてくれてると、俺もそれくらいには、彼らに大事にされてると、思いたかったんだ。この世界で孤独でいたくなかったから」
「あいつは、あいつらは!!わかって俺の妻にあいつをしたんだ!!俺が、あいつを虐げるとわかってたから。……願わくば、俺にあいつを殺してほしかったんだろ。それか、その口実が欲しかった。はっ、今考えれば、あいつら王侯貴族の考えそうなことだ。ーーそんで、俺はまんまとその思惑に乗ってしまったわけだ」
神官は思わず、リオンの背に手を当てて慰めた。
うっ、うっ、うっとリオンから押さえきれない嗚咽が漏れた。
「すまない、すまない、すまない。俺と関わったから、おまえは幸せになれなかった。すまない、この世界全てに感じていた嫌な事全部お前にぶつけた。すまない……」
すまない、すまない。と呟く小さくか細い声が、神殿に長い間響いていた。
その様を、一人の神官と、ステンドグラスの神々だけが聞いていた。
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