やさぐれ英雄と名もなき孤児の少女

月城 月華

文字の大きさ
上 下
45 / 90
四章

10

しおりを挟む
リオンは長い間その場で頭を抱えていた。

神官は複雑な顔でその様を見ていた。ややあって、リオンに声をかける。

「英雄殿、こちらへ。落ち着かれるまでこちらにお座りください」

リオンは虚ろな瞳を神官に向けてふらふらとすすめられた椅子に座る。

「うっ、おえ」

胃の中に何も入っていないのに吐き気が込み上げてくる。リオンは今まで自分が少女にしてきたことを走馬灯のように思い出していた。

その様子を暫く観察していた神官は、怪訝な顔で尋ねた。

「失礼ですが、英雄殿。何をそんなに傷ついていらっしゃるのですか?……私から見て、ですが、王都で見かけた英雄殿は、この世界の何にも興味が無いように見受けられました。確かに、英雄殿は何か後ろめたいことがあるのでしょうが、結局はこの世界で起こったこと。何をそんなに悔いていらっしゃるのです?」

神官のある意味失礼ともとれる質問に、リオンは何も言わなかった。神官はしばらく時間を置いてリオンの吐き気と呼吸が整ってから、また話しかけた。

「英雄殿……いえ、リオン殿。幸いここは神殿で私は神官です。あなたを追い詰めた私が言える事ではありませんが、自身が罪と思っている事をここで懺悔することで少しは気持ちも楽になるかもしれません、ここはそういう場所でもありますから」

当初、神官はリオンの少女に対しての扱いに怒り、多少の反省を促そうとしたのだが、今のリオンは手足も震え、顔も真っ青でいまにもこの世から消えてしまいそうな風貌になっていた。

正直ここまで反省するとは思っていなかった神官としては世界の恩人に対し、若干の申し訳なさが沸きあがっていた。

かといって、少女に対してリオンがしてきたことが正しいとも、黙っていた方が良かったとも思ってはいなかったが。





吐き気と呼吸が落ち着いたリオンは、今追い詰めてきたはずの神官に救いを求めるように唇をわななかせて唐突にしゃべり始めた。

「神官様はどうして俺がこんなに後悔しているか、分からないだろうな。あいつは、灰色の少女は俺がこの世界にいる意味だったんだ」

そうしてリオンが嗚咽とまたぶり返してきた吐き気でつっかえつっかえ話し始めた話はこういうものだった。

リオンは当初、この世界を守れることに誇りを感じていた。だが、この世界を知れば知るうちに浮き彫りになる命の重さの格差と、リオンにはなじまないこの世界の命の重さの基準を押し付けられる事に、その基準によって命の取捨選択をしなければいけない事に失望を覚えた。

そんな中、城塞都市で守れた子供は、リオンがリオン自身の意思でこの世界で助けられた自覚のある唯一の人であり、その思い出があったから、リオンは自分は守るためにここにいるんだと存在を認識できていたと言った。

もっとも、王家に、いや、世界に裏切られてからはこの世界そのものがどうでもいい物になったとも語っていたが。

リオンは顔を伏せ、見開いた瞳からとめどない涙をあふれさせて懺悔した。

「俺は、俺は、あの子供を助けられたと思っていたんだ。あれだけ脅したのだから、あの子供はどこかで幸せに暮らしていると思っていた。……誇りだったんだ。それを、自分で汚してしまった」

神官は沈痛な面持ちで、しかし何も言わずに聞いている。

リオンは、魂が裂けるようなそんな悲痛な声を上げた。

「俺があまかったんだ。……信じたいと思っちまった。王子も、騎士団長も、魔導士団長も、一時は友だったから。子供一人くらい幸せにしてくれてると、俺もそれくらいには、彼らに大事にされてると、思いたかったんだ。この世界で孤独でいたくなかったから」

「あいつは、あいつらは!!わかって俺の妻にあいつをしたんだ!!俺が、あいつを虐げるとわかってたから。……願わくば、俺にあいつを殺してほしかったんだろ。それか、その口実が欲しかった。はっ、今考えれば、あいつら王侯貴族の考えそうなことだ。ーーそんで、俺はまんまとその思惑に乗ってしまったわけだ」

神官は思わず、リオンの背に手を当てて慰めた。

うっ、うっ、うっとリオンから押さえきれない嗚咽が漏れた。

「すまない、すまない、すまない。俺と関わったから、おまえは幸せになれなかった。すまない、この世界全てに感じていた嫌な事全部お前にぶつけた。すまない……」

すまない、すまない。と呟く小さくか細い声が、神殿に長い間響いていた。

その様を、一人の神官と、ステンドグラスの神々だけが聞いていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...