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四章
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しおりを挟む「くそっ」
ぐしゃりと離縁状を握りつぶし、リオンは宿を飛び出して走り出した。
「てめえ。どういうつもりだ!!」
駆け込んだのは、昨日子どもを埋葬した神殿の神官のところだった。
「……どうかされましたか?」
飄々と尋ねてくる痩身の神官の胸倉をつかみ、睨みつける。
「これ、承認したの、てめえだよな?離縁状を発行と受付できるのは王城と神殿のみだもんな!!」
どなるリオンに対して、神官は穏やかな声で答えた。
「おや?英雄殿が望んだのではないのですか?少なくとも、離縁状の発行自体は私は関わっておりませんよ」
「っつーー」
おだやかなのに、そこの秘められた怒りに、リオンはぐっと息を飲んだ。
離縁状を発行したのは王族だが、それを許可したのは、確かにリオン自身だった。そしてこうなるまでは、リオンもそれを望んでいたはずだ。
リオンの腕から力が抜けた。神官も無言で乱れた襟をなおし、リオンに向き直る。
リオンはなぜ自分がこんなに怒っているのかわからなくなった。リオンは子供ができたら元々こんな理不尽な王命での結婚など、すぐにやめる予定だったし、少女もそう望んだのだったら、何も問題ないはずだ。
両手で顔を覆うと、ふらふらとあとずさり、「わりい」とつげてその場を立ち去ろうとしたリオンを、神官がそっととどめた。
振り向いた神官の顔は笑っているのに、目が笑っていないという背筋が凍りそうな表情で、そのままリオンに語りかけた。
「英雄殿、少し昔語りをいたしましょう。昔、この地方には沢山の町や村がございました。ーーええ、ご存じのとおりです。今でこそ、ここが魔物との境界の最前線の町だと言われておりますが、過去には村々を繫いで、更に前線付近に城塞都市がございました」
知ってる、とリオンは心の中で答えた。苦い、苦い思い出の一つ。記憶の隅にあえて投げ捨てた忘れたい思い出の、ひとつ。
「城塞都市は非常に栄えておりましたが、ある日、魔物の大群に押し入られ、一夜にして壊滅いたしました」
「…………」
「その中で、英雄様に助けられた子供が一人、たった一人生き延びておりました。……本来ならば、奇跡の子供と、幸運の子供と呼ばれても良かったはずです」
「…………」
「ですが、不可解なことに、孤児院に保護された子供はなぜか不可解なことに、『呪いの子』『魔を呼ぶ申し子』とよばれ、忌み嫌われることとなりました」
「…………」
「当時、私はこの地方全域の総まとめをしておりました。その子がこの地域の孤児院の一つに預けられた時、直接話したことはありませんが、その現状を聞き、憂いてその噂を消そうと必死になったことがございました」
「…………」
「ですが、その噂は消えませんでした。いえ、正確には、消しても、消してもまたどこからか沸いてきて、しまいにその孤児は王都の孤児院へと移され、また、私も地域の総まとめからこの神殿の院長へと任命されました。まあ、左遷です」
リオンはばっと顔を上げました。パクパクと口を開いては開け、開いては開けを繰り返します。
神官は、昔を懐かしむように、そして後悔するように告げます。
「その孤児は魔物の色と掛け合わされ、灰色の少女と、呼ばれることとなりました」
「あ、あ」
リオンの口から小さな呟きがもれて行きます。神官はなおも続けました。
「灰色の少女は不思議なほど、自分自身の資産を持っておりませんでした。通常、魔物による襲撃により孤児になったものには両親や親族の資産の一部が本人の資産として計上されます。また、国からの補助もあるはずでした。その孤児も最初はあったはずですが、王都の孤児院に移った時には生来の孤児と同じように、なぜか資産がない孤児とされておりました」
「な、ちょ、ちょとまて!!そんなはずは、そんなはずは無い!!俺は、あの時確かにーー」
「ええ、今の様子を見ていたら、きっと英雄様はその孤児を大事に保護されたのでしょう」
最初より心なしか優しい目つきで、憐れむように神官はリオンの事を見つめました。
「ですが、きっとそれはこの国にとっては不都合だったのです」
「は?なぜ?あいつが、あの時の……、そうか、あの時はそうとう小さかったけど、そうだよな、魔王討伐するまでかなりの年数がひつようだったものな……」
「……英雄様が気になさるところではございません。史実によると、魔王討伐までにかかる期間は最長であなた方の倍。そういった意味では、一国民として、あなた様には感謝いたしております」
すうっと頭を下げる神官に、リオンは歯を噛み締めた。
この神官が言うという事はそうなのだろう。全てを犠牲にしても、故郷でのゲームのようにはいかず、討伐までかなりの年数がかかったことを思い出す。それでも、魔王の討伐ではなく、魔物の駆除を優先していたら、きっと討伐まであと十年以上はかかっただろうことも分かっていた。
神官は、戸惑い、俯くリオンに更に残酷な事実を告げた。
「英雄様は城塞都市の真実を知っておいでですね?今では灰色の少女が魔物を呼んで全滅させられたと歌われるあの都市です。全滅、していた方が、都合が良かったのですよ、王侯貴族にとっては。ーーなぜって?それは自分たちの蛮行を隠すためです。さすがに辺境伯一家を守るために英雄様が逃がしたはずの民を全滅させたというのは他の国々などから叩かれる要因になりますからね」
リオンはその言葉で気がついてしまった。そして、今もなお、彼らの思惑に踊らされていたことにも。
「そんな事で……ああ、俺はまだ王子に、騎士団長に期待をしていたんだな。ーーいや、これは俺自身の問題か。ーーーーすまない、ほんとにすまない、灰色の少女よ」
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