やさぐれ英雄と名もなき孤児の少女

月城 月華

文字の大きさ
上 下
34 / 90
三章

7

しおりを挟む

王子side

しんしんと雨が降っている。そんな中、一人の男が王城を訪れた。

「殿下、いえ、陛下。お悔やみを申し上げます。それと、ご即位おめでとうございます」

「まだ戴冠式は終わってないけどね」

すうっと目を伏せた騎士団長に、王子様はどこか悲し気に見つめた。

「長きにわたって、私を守ってくれた事、感謝している、ご苦労だった。……引継ぎは終わったのか?」

「はい、つつがなく。副団長は長きにわたり私の右腕となってくれていました。代替わりしても変わらず陛下をお守りできるでしょう」

「そうか。……明日、領地へ行くのか?」

「はい」

「ーーなあ、私はどこで間違えたのだろうか……それとも最初から間違えていたのか?答えが出ないんだ、どう思う?マルス」

久方ぶりに苗字でなく名前を呼ばれた騎士団長は苦笑した。

「陛下、もう私はあなた様の指南役ではないのですよ?ーーそうですね、きっと間違えていたというなら、彼を呼んだ事自体が間違いではあるのでしょう。ですが、神託にあった通り、そうしなければ我が国は近いうちに滅んでいた事も確かです」

「結局どう転んでも私はリオンに恨まれる事になっていた、という事だね。ほんと、こういうのをリオンの故郷の言葉で貧乏くじ、というのだっけ?」

「陛下、私以外の方にそんな言葉いわないでくださいね」

「分かってるよ。ーーああ、ケンカしても、嫌われてもいいから、最初から全部打ち明けてればよかったかな」

「……もう、言っても仕方の無いことです」

「そうだね、もうリオンは国家反逆者として手配されることになってしまったのだから。お前にも苦労をかける」

「いえ、騎士たちに休暇を言い渡した時から覚悟はしておりましたので。それでは、陛下、明日、領地へと下がります。……陛下、どうかお元気で」

「……ああ、マルスもな。ーーあんな命令を下した私を恨んでもいいぞ」

「それも含めて、覚悟はできておりましたから」

そう言って騎士団長はその場を辞去した。残された王子は誰も人払いをした執務室で、椅子にもたれかかり、腕で顔を覆った。

「元気で、か。それを言われる資格も、言う資格も私が一番無いというのに……、王であるという事は本当に厄介だな」

王子様は暫くの間、椅子にもたれかかって悲しむように目を伏せるのだった。




騎士団長side

「あなた、本当に行くのですか?」

「ああ」

騎士団長の絞り出すような声に、彼女はぎゅっと瞳を閉じた。

覚悟はしていたはずだった。夫が騎士団長という職務についている以上、危険はつきものだと。

夫が魔王討伐へ向かった時、彼女は一度、夫との死別を覚悟した。

そうして世界が平和になってもうあんな思いはしないで済むと思ったのに……。

「どうしても、行かなければいけないのですか?ーーここに、あなたの子供がいるんですよ?今度は男の子な気がします。きっと娘とはまた違った可愛さがありますよ」

その言葉に騎士団長は唇を噛み締めた。

欲を言うなら、娘も、産まれてくる子供の成長も妻と共に見守りたかった。昔不義理なことを沢山した分、妻を幸せにしたかった。

だがそんな資格はないと分かってもいた。娘を見るたびにちらつくのだ。無残な姿で亡骸となった赤子を抱えたリオンの姿が。

「私は、行かなければならない。すまない」

彼女は失望したように目を見開き、やがて俯いた。

「……そうですか」

しんしんと降る雨に打たれているかのように、冷え冷えとした空気が彼らの束の間の幸福を奪っていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...