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三章
ー閑話5ー side man
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「「「???」」」
その場にいる誰もが理解できないという顔をしていた。慈悲深いと言われている聖女様でさえも、清廉潔白と言われる騎士団長でさえも。
「ーー何を、嘆いているんだい?」
王子様が恐る恐る訪ねてくる。俺はその亡骸をぎゅっと抱きしめた。血が服にべとりとまとわりつくのも構わなかった。
「……なあ、みんなでした壮行会の時、あれはなんで落ち込んでたんだ?」
質問に質問で返された王子様は少し不愉快そうに眉根をひそめた。
「それは、今答えないといけない事かい?」
「ああ」
少しあたりを気にするように見渡す王子様。きっと弱みを見せたくないのだろう。あたりにいた人々を遠ざけて人払いしてくれた。
「ーー情けないことだが、情報と現実のすり合わせができなくてね。今までも報告書では見ていたんだ、『どこどこの村が壊滅した』とかはね。でも現実はそんな報告書よりも残酷だった。我が国に貴重な民たちが魔物なんぞの餌になっている現状が許せなくってね。それに処刑場よりも悲惨だったから現実を飲み込むのに時間がかかった」
淡々と答える王子様にさらに質問を重ねる。
「お前にとって、民とはなんだ」
「ふむ、リオンは貴族議員たちや他国の外交官みたいな事を聞くんだね……。民とは我が国の貴重な資源だよ、大事な資源。もっと言うなら扱いの一番難しい資源でもある。知識を与えすぎれば増長するし、なさ過ぎても国力が下がる、そんなところかな。まあ、少なくとも魔物なんぞに殺されていい物ではないね」
そう、根本的に考え方が違うのだ、ともう一度突き付けられた気がした。
リオンの故郷でも、数百年前にそういった考えがはびこっていた時代がある。もっとも、今そんな事を大っぴらに言った政治家たちがいたら袋叩きにされるが。
ただし、この世界は魔力や神力がある世界、そして神様がいる世界だ。世界の成り立ちから違うのだ、常識も違うのだろう。
王侯貴族には強い魔力が血統により受け継がれていて、王族は初代までさかのぼるとどの国も神により任命された歴史があった。それにより、いくつかの制約があるらしいが、特権が保全されている、と教育係の神官に軽く教わった事がある。
ーーこういうことか。
「……なあ、王子様、ならなんであの村の人々が死んだとき、嘆き悲しんだんだ?大切な資源が失われたからか?それだけか?」
王子様は苦い顔をしてリオンを見た。ややあって真っすぐな視線に飲み込まれたのか嘆息する。
「以前、あの人たちには会った事があってね。地方の有力者と知り合うことも大切なことだからね。ーーさすがに私だって知っている無辜の民がああも無残に殺されることに思うことがないわけではない。最も、あの場で同じことがおきたら今回と同じ判断をするだろうがーー」
話を引き継ぐように騎士団長が補足する。
「ーーいえ、あの者でしたら、自らがおとりとなったでしょう。子たちの保護と引き換えに」
「そうだろうね……」
そうか、ここはそういう世界なのか……。
「どうしたんだ???」
もう一度王子様が尋ねてくる。とめどなくあふれる涙をぬぐうこともせず、王子様と騎士団長に向き治った。
「ーーどうして、俺は何を守るためにここにいるんだ?俺はこいつらも含めて守らなきゃと……。なあ、どうして俺だったんだ?俺はこんなことを見せられるために呼ばれたのか?教えてくれよ王子様」
その問いに答えが返ってくることは無かったーー誰も答えを知るものがいなかったのもあるだろう。ただ、その時、唯一王子様と騎士団長だけは何かに気がついたような愕然とした顔をして俺を見ていた。
長い、長い沈黙の後、俺は少年の亡骸をそっと地に置いて二人を歩き出した。一人になって考える時間が欲しかった。
王子様と傍に控える騎士団長のそばを通り過ぎる時、俺は二人に三つ、お願いをした。ーー半ば強制だったのかもしれないが。
一つ目は現在唯一残る生き残った子供、最後に助けた子供を大事に保護すること。
二つ目は遺体を手厚く埋葬すること。
そして三つめはーー
「ーーもう二度と、こんなことをするな。もし、必要なら俺が単騎で駆けつける。この約束を破ったら、俺は亡命でも逃亡も何でもするからな」
王子様と騎士団長は苦い顔をして頷いていた。頷くしかなかったのだろう。
もう泣いていなかった。それよりも早く、次の同じような犠牲が出る前に。
また単騎で駆け出した俺に騎士団長だけがお供してくれた。王子様がお目付け役として渋々つけたのだろうが、それだけはありがたかった。
苦い、苦しい時間の本当の幕開けだった。
その場にいる誰もが理解できないという顔をしていた。慈悲深いと言われている聖女様でさえも、清廉潔白と言われる騎士団長でさえも。
「ーー何を、嘆いているんだい?」
王子様が恐る恐る訪ねてくる。俺はその亡骸をぎゅっと抱きしめた。血が服にべとりとまとわりつくのも構わなかった。
「……なあ、みんなでした壮行会の時、あれはなんで落ち込んでたんだ?」
質問に質問で返された王子様は少し不愉快そうに眉根をひそめた。
「それは、今答えないといけない事かい?」
「ああ」
少しあたりを気にするように見渡す王子様。きっと弱みを見せたくないのだろう。あたりにいた人々を遠ざけて人払いしてくれた。
「ーー情けないことだが、情報と現実のすり合わせができなくてね。今までも報告書では見ていたんだ、『どこどこの村が壊滅した』とかはね。でも現実はそんな報告書よりも残酷だった。我が国に貴重な民たちが魔物なんぞの餌になっている現状が許せなくってね。それに処刑場よりも悲惨だったから現実を飲み込むのに時間がかかった」
淡々と答える王子様にさらに質問を重ねる。
「お前にとって、民とはなんだ」
「ふむ、リオンは貴族議員たちや他国の外交官みたいな事を聞くんだね……。民とは我が国の貴重な資源だよ、大事な資源。もっと言うなら扱いの一番難しい資源でもある。知識を与えすぎれば増長するし、なさ過ぎても国力が下がる、そんなところかな。まあ、少なくとも魔物なんぞに殺されていい物ではないね」
そう、根本的に考え方が違うのだ、ともう一度突き付けられた気がした。
リオンの故郷でも、数百年前にそういった考えがはびこっていた時代がある。もっとも、今そんな事を大っぴらに言った政治家たちがいたら袋叩きにされるが。
ただし、この世界は魔力や神力がある世界、そして神様がいる世界だ。世界の成り立ちから違うのだ、常識も違うのだろう。
王侯貴族には強い魔力が血統により受け継がれていて、王族は初代までさかのぼるとどの国も神により任命された歴史があった。それにより、いくつかの制約があるらしいが、特権が保全されている、と教育係の神官に軽く教わった事がある。
ーーこういうことか。
「……なあ、王子様、ならなんであの村の人々が死んだとき、嘆き悲しんだんだ?大切な資源が失われたからか?それだけか?」
王子様は苦い顔をしてリオンを見た。ややあって真っすぐな視線に飲み込まれたのか嘆息する。
「以前、あの人たちには会った事があってね。地方の有力者と知り合うことも大切なことだからね。ーーさすがに私だって知っている無辜の民がああも無残に殺されることに思うことがないわけではない。最も、あの場で同じことがおきたら今回と同じ判断をするだろうがーー」
話を引き継ぐように騎士団長が補足する。
「ーーいえ、あの者でしたら、自らがおとりとなったでしょう。子たちの保護と引き換えに」
「そうだろうね……」
そうか、ここはそういう世界なのか……。
「どうしたんだ???」
もう一度王子様が尋ねてくる。とめどなくあふれる涙をぬぐうこともせず、王子様と騎士団長に向き治った。
「ーーどうして、俺は何を守るためにここにいるんだ?俺はこいつらも含めて守らなきゃと……。なあ、どうして俺だったんだ?俺はこんなことを見せられるために呼ばれたのか?教えてくれよ王子様」
その問いに答えが返ってくることは無かったーー誰も答えを知るものがいなかったのもあるだろう。ただ、その時、唯一王子様と騎士団長だけは何かに気がついたような愕然とした顔をして俺を見ていた。
長い、長い沈黙の後、俺は少年の亡骸をそっと地に置いて二人を歩き出した。一人になって考える時間が欲しかった。
王子様と傍に控える騎士団長のそばを通り過ぎる時、俺は二人に三つ、お願いをした。ーー半ば強制だったのかもしれないが。
一つ目は現在唯一残る生き残った子供、最後に助けた子供を大事に保護すること。
二つ目は遺体を手厚く埋葬すること。
そして三つめはーー
「ーーもう二度と、こんなことをするな。もし、必要なら俺が単騎で駆けつける。この約束を破ったら、俺は亡命でも逃亡も何でもするからな」
王子様と騎士団長は苦い顔をして頷いていた。頷くしかなかったのだろう。
もう泣いていなかった。それよりも早く、次の同じような犠牲が出る前に。
また単騎で駆け出した俺に騎士団長だけがお供してくれた。王子様がお目付け役として渋々つけたのだろうが、それだけはありがたかった。
苦い、苦しい時間の本当の幕開けだった。
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