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三章
ー閑話4ー
しおりを挟むside prince
英雄殿と出会った時、簡素な服に古びたかばんを肩から掛けたその姿に『英雄とは言っても、所詮は平民か』と失望したことを覚えている。
その思いはすぐに驚愕へと変わったが。
英雄殿の着ていた簡素な衣服は、現在王国で使われている織物より丈夫で、貴族の衣服並みに織りが精巧だった。
古びたと思っていたかばんも、加工された革?のような素材を使用しており、一流の職人が作ったと思われるほどに機能的で丈夫だった。
まあ、彼曰く、『量産品だけどな』らしいので、彼の故郷の技術がかなり高度だったに違いない。
彼自身も算術もできれば、国政についても理解できるという平民ではありえない知能の持ち主で、彼の国ではそれが普通だと聞いた時には恐ろしさを感じたものだ。
彼は穏やかで気さくな性格をしており、普段腹が黒い狸の中で暮らしている私にとっては、そばにいると落ち着く人であり、やがて大事な友となった。
きっとこのような状況でなく出会っていたら、私の側近として、親しい友として末永く付き合っていたに違いない。ーーもっとも、彼はこの状況だからこの国に呼ばれたのでそんな想像はありえないのだが。
英雄殿の訓練は順調に進み、騎士団長も認めるほどの腕前まで目を見張る速さで駆け上がった。正直、彼の才能を羨ましく思ったものだ。
だが、味方としてはこの上なく頼もしく、私たちは意気揚々と魔王討伐の準備をした。
その関係にひびが入ったのはいつの事だっただろう?ーーきっと最初から間違えていたに違いない。
だが、目に見えて亀裂が走ったのはあの時、魔王討伐に出立し、最初の目的地の辺境伯領での出来事に違いない。
今は英雄殿の考えをある程度は理解しているが、当時は理解すらしていなかった。そのすれ違いによって、彼は私たちに決定的に背を向けてしまったのだ。
side man
「何してるんだよ!!!」
発せられた怒号に対し、王子様は顔をしかめた。
「だから、彼らは青き血を持つ貴族だからね、彼らを守ることが王国を守ることだ。だから、これは必要な犠牲だったんだよ」
「……あなたさまの労力を無駄にしたようで、申し訳ないのですが、ですが、あなたさまが城塞に攻め入ってくださったおかげで辺境伯様方を逃がすことができました。ありがとうございます」
「私からも礼を言うよ。……もっとも、今度個人で動くときは相談して欲しいが」
まったくだと頷く聖女様。彼らには、この光景は目に入っていないのだろうか?
「おまえら、何を、何を言ってるんだ?俺が言いたいのはそんなことじゃねえよ!!!」
ばっと手を広げてそこに倒れているしかばねを示す。
「なんで、なんでさっき俺が逃がした人々がこんな風に死んでるんだ?さっき、俺が逃がしたんだぞ!!」
王子様はひょいと肩をすくめた。
「何を怒ってるんだい?言ってるじゃないか、彼らには尊き犠牲になってもらったんだよ。魔物の数が多かったからね、辺境伯一家に万が一があったらいけないじゃないか。平民たちはまた生まれてくるけど、辺境伯一家を失うと国家の損失だからね」
「その通りです、彼らの犠牲は無駄ではありません。……もっとも、我ら騎士団で全ての魔物を仕留められず、彼らを肉壁に使わざるを得なかったことについては、我らの不徳の致すところです。更に精進いたします」
淡々と告げられるその言葉と、周りの人々の反応、避難所になっている村の人々の反応、全てがこれが普通なんだと、常識なんだと示していた。
貴族の面々は何を怒られているのかわからず皆きょとんとしていたし、平民たちも顔を伏せ、何も言わずに俯いている。
その様に足元が崩れていくような錯覚を起こして、息が上手くできなくなった。
気持ち悪い人々から離れ、ふらふらと折り重なる死体の方へと向かう。
折り重なる死体の顔は、先ほど逃がしたばかりの見たことのあるものばかりだった。
崩れ落ちて、手じかに大人たちに守られるように死んでいるまだ幼さの残る少年の躰を抱き上げる。さっき逃げる中で「英雄様、ありがとう!!」と輝く笑顔を見せてくれた子だった。
「ああ、あああああああああああ!!!!!!!」
慟哭が響き渡った。
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