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三章
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しおりを挟む目の前でむせび泣き、動かなくなった少女をリオンはもう一方の手で抱え上げた。
燃えさかる炎をくぐり抜け、足早に地上へと向かう。途中で少女が暴れだした。
「リオン様、降ろして下さい!!あいつらを、あいつらを殺してやる!!」
「お前の細腕では殺せまい。それに、殺してどうする?まだ娘がいるのだろう?娘を助けるのが先だ」
淡々としたリオンに少女は初めて憎悪の視線を向けてきたが、ふと何かに気が付いたかのように瞳を見開いた。
「ーー分かりました、リオン様。リオン様、娘はこの先にいます」
少女が指さしたのは、先ほど分かれて向かうように告げた回廊の扉の一つだった。
リオンがその扉を開けると、奥まった大きなベットにそれは小さな赤ん坊が寝かされていた。
そっと近づき、顔を見る。
まだそんなには生えていないものの、真っ黒な髪をもつ女の子はすやすやと寝息を立てて眠っていた。
ほっと二人して息を吐く。不意にその子がパチリと目を開けた。
灰色の瞳。間違いなく、少女とリオンの娘だった。娘は夢の続きとでも思っているのか、小さな手をリオンと少女の方に伸ばすと、にこっと笑った。そうしてまた眠りにおちて行った。
リオンはその子をそっと抱き上げた。暫く見つめてから手じかにあるシーツでその子を包み、少女に手渡した。
「リオンさま?」
「お前はその子と共に王都を脱出しろ。ここに置いておくと、命が危ない。黒い髪は途中、木の実で染めろ。俺は国王と話して方をつけてくる」
少女は一緒に行く、と言いたかったのだろうが、有無を言わせぬリオンの迫力に幾度か口を開いては閉じ、そうして頷いた。
リオンは手近な通路から少女を外に逃がし、踵を返した。
「後から追いかける……」
少女はそれには答えずにすっとリオンの背中に一礼すると、雪と闇に紛れて足早に去っていった。
王城に戻ったリオンは、まず、騎士団に夜襲をかけた。少女を追いかけづらくするためだ。
「リオン殿、何を!?」
「や、やめてください、ぎゃーー!!」
あちらこちらで悲鳴が響く。リオン殺さないように気を付けながらも暫く復帰できないようにと剣を走らせた。
「……これは、何事ですかな?リオン殿」
「騎士団長か……久しぶりだな」
リオンの暴挙に怒っていた騎士団長は、リオンの片腕に抱かれているものに気が付き、一瞬呆然とした。
「ーー騎士団長は知らなかったみたいだな」
生真面目な騎士団長の事だ、少なくともリオンの子供を殺すことに加担はしてないだろうと思ったが、その通りだった。
騎士団長はふうと息を吐くと、その場に片膝を立ててひざまずいた。あたりがざわっとどよめく。
「誠に勝手ながら、我が国の英雄、リオン様、怒りを収めてはいただけぬか?」
「……無理だな。一度目は許した、二度目はない」
淡々と答えるリオンの様子に騎士団長は唇をかみしめた。そうだ、リオンに不義理を働いたのは、自分たちの方だ。
「では、私の全権限をもって、今から一週間、騎士たちに休暇を与えたいと存じますが、お許しいただけますでしょうか?」
それは、少なくとも一週間は騎士はリオンや、リオンの子供に手を出さないという宣言と同じこと。こんな宣言をしてしまえば、騎士団長の首にも関わるだろうに。
「いいのか?」
リオンの問いに、騎士団長は苦笑して答えた。
「若い部下たちの命を守れるのなら、この私のくびなど、どれほどの価値があるでしょうか。……一週間しか持たせられない私をどうぞお許しください」
「十分だよ、ありがとう、騎士団長。俺もさすがに戦いを共にした者たちを切るのは本意ではなかったからな。……元気でな」
訣別の言葉に、騎士団長はぎゅっと目を瞑った。
「ーーはい、どうか英雄様もお元気で」
歩き去っていくリオンの背をみつめ、どうしようもない後悔にさいなまれる。
もっと前に、腹を割って話していれば、今よりはましな関係で、ましな結末を迎えただろうに。
考えても仕方の無いことだと、騎士団長は立ち上がり、騎士たちに休暇を与えるのと、傷ついた者たちを治療するために矢継ぎ早に指示を飛ばし始めたのだった。
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