やさぐれ英雄と名もなき孤児の少女

月城 月華

文字の大きさ
上 下
15 / 90
二章

2

しおりを挟む

今日もまた、たった一人きりの冷たい家に一人分の侘しい食事音が響く。

リオンは今日もまた、町に繰り出していた。昨日と同じならば、少なくとも夜が明けて、更に中天近くまで日が昇るまでは帰ってこないだろう。
少女はため息を吐いた。

「寒いなぁ……」

少女が子供を産まないといけないことを町の人々は本当に分かっているのか、と少女はぼろ切れに包まりながら思案した。




リオンがまた町通いを始めて、二か月が経過していた。

最初のころはリオンどこか遠巻きにしていた町の人も今ではすっかりリオンにすり寄るようになっていた。

そもそも、リオンは英雄の為、国から年金が支払われており、粗暴なところに目を瞑れば、金払いの良い顧客であり、太っ腹な友人でもあるのだ。

そうして、リオンから得られるものが大きいと再確認した町の人々、特にリオンの恋人?達は次第にリオンの妻の少女が邪魔になってきた。

あんな少女がいなくても、自分がリオンの子供を産めば良いだけだと、そうすればみすぼらしい少女と違って、ちゃんとした妻の座に座れると思うものが出てきたのだ。

彼女たちは町の人々にそれとなく少女の悪口を広め、もともと灰色の少女に悪感情を抱いていた町の、特に若者は、少女を邪険に扱うようになっていった。

そして現在は支給物資は滞り、商店に買い物に行ってもまともなものはほとんど得られないありさまだった。

この状況に対して、リオンは一切気が付いていなかった。そもそも、少女に興味がないのかもしれない。家に帰ってくるのだって、寝に帰っているだけで少女と一言もしゃべらないこともざらだった。

少女は寒さで途切れ途切れになる意識の中で、ふと彼と出会った時のことを思い出した。

『大丈夫か?』

地獄のような中、その声と掌のぬくもりは、少女にとって光だった。

そのぬくもりに導かれて惰性で生きてきた今も、その思い出だけが少女を支えるよすがだった。

「まだ、大丈夫」

誰に言うでもなく、少女はそっとがらんどうの石の床に呟いた。





「おい、起きろ」

まどろみの中にいたのに、突然強い衝撃が少女の頬を襲った。

うっすらと目を開けると、強いお酒の匂いが鼻を突き、吐き気が込み上げてきた。

「うっ!!」

思わず口を押えた少女の上半身が放り出され、うつぶせに床にぶつかった。

「うぉえー!!」
「うわっきたねぇ!!」

せりだす胃液に涙が出る。滲んだ視界の向こうに、しばらくぶりにまともに顔を合わせるリオンがいた。

「っち、早くかたずけろ、俺は向こうで酒飲んでるから、かたずけ終わったら来い、話がある」

嫌そうに顔をゆがめ去っていく彼の背中を見つめて、心の中の星が一つ瞬いて消えていくのを感じた。

ーーまだ、大丈夫。

寒さでこわばった体をのろのろと動かし、少女は自身が吐き戻したものをえづきながら必死でかたずけた。





「おせぇ」

食卓のある部屋に入るなり、少女のすぐ横の壁に酒瓶が飛んできた。

思わずひゅっと体を竦める少女を黒い、どす黒いリオンの目がとらえた。

「お前、なんなの?王命で俺の子供を孕んだだけじゃ足りないわけ?」

「な、何の話か……」

「だから、今日王城から酒場に使いがきてさ、お前が死にかけてるから子供が生まれるまできちんと面倒みろって連絡がきたわけ。
なに、死にかけたふりしてまで俺の気を引きたいの? 物資や金は渡してるのに、足りないわけ?」

「そ、それ、は、物資は、止められてしまって、買い物もさせてもらえなくて、あの、ほんとに」

「はぁ?止められた?誰に」

「……町の皆様に……」

その言葉に被せるように今度はグラスが壁に飛んできた。

「ーーお前、いい加減にしろよ。お前の物資を止めたり、物を売らなかったりする必要がどこにあるわけ?町の奴らは気のいいやつらばかりだ、お前と違ってな!!」

リオンの瞳が軽蔑の色を宿した。

少女はその目を見て息を飲んだ。ずっと見てきた人たちと同じ目。

「ああ、それか、何か? お前、町の人たちに嫉妬したの。そんなに俺に構ってほしかった訳? ーーいいぜ、抱いてやるよ。その代わり、金輪際町の奴らのせいにするなよ」

瞳に嘲りの色を宿したまま、リオンは少女の手を掴むと半ば引きずるように寝室へ引っ張っていき、ベットに押し倒した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...