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序章
Ⅰ
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繁華街を駆ける二人の足音。追う者と追われる者、二人の男。昨日降った雨のせいで路面には水溜りが幾つも残り、踏み抜けば汚れた飛沫が跳ねた。
立ち竦む薄暗いビルの合間をレニーは縦横無尽に駆け巡る。明確に分かっている事は自身の命が脅かされているという事。足を止めればたちまち死に直結する、長時間走り続けた足が悲鳴をあげ始めてもレニーは走るほかなかった。
レニーを追うは組織の殺し屋、有森。レニー殺害の指令を請け負い相棒と共に繁華街の中追いかけていた。途中で獲物を追い詰める為に別行動を取り、今は有森だけがレニーを視界に捉えている。
見捨てられた廃ビルの薄暗い路地の中、有森の追撃を躱しつつ遁走するレニーであったが、曲がり角の先に見えた袋小路、有森はすかさずジャケットの中から拳銃を取り出しレニーの足元を狙って引金を引く。
低い破裂音が響きレニーの足元のアスファルトに着弾する。脅しではなく拳銃が本物である証だった。発砲に驚いたレニーはバランスを崩し、横に捨て置かれたゴミの山へと倒れ込む。
体中に纏わり付く汚臭を気にしてなどいられず肘を付いて立ち上がろうとするも、そんなレニーの額に銃口が押し付けられる。火傷しそうなほどに熱い鉄の感触に生唾を呑み込み喉が上下する。
栗色で淡い色の髪は埃とゴミでべっとりと汚れ、淡いヘーゼル色の瞳は逆光で表情の伺えない有森の姿をしかと捉えていた。オールバックで纏めた有森の頭から僅かな落ちた前髪が風に揺れる。
「あなたは……何故僕を狙うの?」
絞り出した声は掠れていた。長時間に渡り走り続けていたレニーの体力は既に限界で、時間を稼ぐ事が今考えられる最良の選択だった。
勿論そんな事は有森も承知している。しかし時間を稼いだところでレニーがこの状況を打開出来るはずも無かった。人通りの多い大通りからは見えない路地裏の袋小路、三方のビルは既に廃墟と化し様子を伺う者も居ない。有森が今ここで引金を引くだけで簡単に奪えてしまう命だった。
何故、と問われても有森には答える事が出来ない。レニーを殺害する事が有森の仕事である事以外に理由など無いからだった。有森の涼しげな目元は眉一つ動かす事もない。普段の仕事と何も変わらず軽すぎる引金を引く、ただそれだけの仕事のはずだった。
「生まれてきた事を呪え」
抑揚の無い冷めた声だった。対象を殺害する仕事はこれが初めてではない。
不思議とレニーの瞳には怯えの色が見えない。ここまでの命と諦めた訳でもない、覚悟を決めたような凛々しい眼差し。レニーと有森、二人の間に静寂が渦巻く。
有森の軽すぎる指先の責任が今日は何故か、重い。
――気付いた時、有森はレニーの腕を掴んで走り出していた。
立ち竦む薄暗いビルの合間をレニーは縦横無尽に駆け巡る。明確に分かっている事は自身の命が脅かされているという事。足を止めればたちまち死に直結する、長時間走り続けた足が悲鳴をあげ始めてもレニーは走るほかなかった。
レニーを追うは組織の殺し屋、有森。レニー殺害の指令を請け負い相棒と共に繁華街の中追いかけていた。途中で獲物を追い詰める為に別行動を取り、今は有森だけがレニーを視界に捉えている。
見捨てられた廃ビルの薄暗い路地の中、有森の追撃を躱しつつ遁走するレニーであったが、曲がり角の先に見えた袋小路、有森はすかさずジャケットの中から拳銃を取り出しレニーの足元を狙って引金を引く。
低い破裂音が響きレニーの足元のアスファルトに着弾する。脅しではなく拳銃が本物である証だった。発砲に驚いたレニーはバランスを崩し、横に捨て置かれたゴミの山へと倒れ込む。
体中に纏わり付く汚臭を気にしてなどいられず肘を付いて立ち上がろうとするも、そんなレニーの額に銃口が押し付けられる。火傷しそうなほどに熱い鉄の感触に生唾を呑み込み喉が上下する。
栗色で淡い色の髪は埃とゴミでべっとりと汚れ、淡いヘーゼル色の瞳は逆光で表情の伺えない有森の姿をしかと捉えていた。オールバックで纏めた有森の頭から僅かな落ちた前髪が風に揺れる。
「あなたは……何故僕を狙うの?」
絞り出した声は掠れていた。長時間に渡り走り続けていたレニーの体力は既に限界で、時間を稼ぐ事が今考えられる最良の選択だった。
勿論そんな事は有森も承知している。しかし時間を稼いだところでレニーがこの状況を打開出来るはずも無かった。人通りの多い大通りからは見えない路地裏の袋小路、三方のビルは既に廃墟と化し様子を伺う者も居ない。有森が今ここで引金を引くだけで簡単に奪えてしまう命だった。
何故、と問われても有森には答える事が出来ない。レニーを殺害する事が有森の仕事である事以外に理由など無いからだった。有森の涼しげな目元は眉一つ動かす事もない。普段の仕事と何も変わらず軽すぎる引金を引く、ただそれだけの仕事のはずだった。
「生まれてきた事を呪え」
抑揚の無い冷めた声だった。対象を殺害する仕事はこれが初めてではない。
不思議とレニーの瞳には怯えの色が見えない。ここまでの命と諦めた訳でもない、覚悟を決めたような凛々しい眼差し。レニーと有森、二人の間に静寂が渦巻く。
有森の軽すぎる指先の責任が今日は何故か、重い。
――気付いた時、有森はレニーの腕を掴んで走り出していた。
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