LA・BAR・SOUL(ラ・バー・ソウル) 第1章 プロローグ

吉田真一

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第1章 憂鬱

第1話 柱時計

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表紙は蒼耀さんに描いて頂きました。
Special Sunkus 蒼耀さん!
@soyo_sta


  ※ ※ ※ ※ ※ ※


 万人から不義理な人間と罵られようとも、万人から後ろ指を指されようとも、そして、万人全てを敵に回そうとも...... 

 この膨れ上がった気持ちを、押さえ付けることは出来ない。 


 何びとに迷惑を掛けようとも、何びとを不幸に陥れようとも、そして何びとに涙させようとも.....

 もはや私の足を止めさせることなど、誰にも出来やしなかった。


 私は走る。パンプスの踵が折れてるのに、尚も走り続けた。

 タクシーを降りて、たったの5メートルしか無いのに、全力疾走してしまった。 


 なぜなら、

 それが私の進むべき未来だったのだから...... 


 ギー、バタン。勢いのまま私は扉を開ける。するとそこには、私の望むその人が居てくれた。優しい目でじっと私を見詰めてくれている。

 それは今日一日の寂しさ、悲しみ、怒り......そして味わった地獄全てを忘れさせてくれる程の安らぎで心が満たされた瞬間だったと思う。


「おかえり......」 

「ただいま......」 

 
 私が進むべき未来......それは全てを捨て、そして全てを受け入れること。ただそれだけ......私達の間に、それ以上の言葉は必要無かった。

 気付けば私は彼に抱きしめられ、そして唇を重ね合わせている。それは川の流れの如く、実に自然な成り行きだったと思う。

 身体は俄に震え出し、身体中がやたらと熱かったことを今でもはっきりと覚えている。それはきっと、身も心も通い合った瞬間だったんだんじゃないかな。このまま時間が止まって欲しい......きっと彼もそう思ってくれてたような気がする......


 そんな彼の腕の中で静かに目を瞑れば、自然と今日一日の物語が、頭の中を走馬灯のように流れ始めていった。それ程までに今日一日の出来事が、私に取ってとてつもなくドラマチックで、驚きの連続だったってことなんだろう。

 あの時の私は本当に純真無垢で、笑える程に幸せいっぱいだった。その後に訪れる地獄のことなんか、もちろん知る由も無かった訳なんだからね。


 それは今からちょうど6時間程前、

 柱時計の前に私が到着した時へと遡る......


  ※ ※ ※ ※ ※ ※

 
 2月10日(金)19:30 柱時計の前にて


 ああ、今日もまた早く着き過ぎちゃった。待ち合わせの時間までまだ30分もあるじゃん! でもまぁ、着いちゃったものは仕方が無い。じっくり待つしか無いか......あらら、小雪が舞って来た。ううっ、寒いわ。ブルブルブル......


 ここは東京都心、某オフィス街を抜けたモダンな並木道。クリスマスシーズンはとっくに終わってるけど、未だ樹木に施されたライトアップは、タウンガイドにも特集を組まれる程の豪華さを誇ってる。とにかく何度見ても凄いキレイ......こう言うのをメルヘンチックって言うんだよね。

 そんな街の中心部にそびえ立つ大きな柱時計の針は、19時30分を指してる。多分、今が一番人通りの多い時間帯なんじゃないかな。ザワザワザワ......ウジャウジャウジャ......

 因みに今日はなんと! 大事な琢磨(たくま)君の誕生日なの。愛する人の記念日ともなれば、私に限らず誰でも気合いが入ると思う。気合いが空振りしなきゃいいんだけどね。ちょっと不安だわ......

 彼は同じ会社に勤めるエリート営業マンで、成績はいつもトップクラス。中々のイケメンで女子社員にも人気が有るから、彼と付き合ってることは親友の美也子(みやこ)にすら話して無い。言ったらきっと大変なことになっちゃうと思うよ。 

 そんな琢磨君との待ち合わせ場所は、今日も中心部にそびえ立つ柱時計の真下。時報と共にオルゴールが鳴り響いて、可愛い人形達が惜し気も無く優雅な踊りを披露してくれる由緒有るカラクリ時計なの。この時計を見ているだけで幸せな気分になれるのは、きっと私だけじゃ無いと思うわ。


 それはそうと......今日は時間通りに来てくれるかな?  

 突然私の心に薄い雲が掛かり始めた。一体なんでそんなことを心配してるのかって言うと、彼プライベートに関してはやたらと時間にルーズなの。でも、仕事忙しそうだからそれは仕方がないよね......


 そんな愛する彼の姿を思い浮かべていれば、時間の経つのもあっと言う間だった。20分も経過すると、降り続いていた小雪が、いつの間にやら一人前の雪へとグレードアップしてる。モダンな石畳も今や真っ白な雪で覆い尽くされ始めてた。 

 そんなこんなで......デートに雪だるまコスプレもどうかと思って、店仕舞いした雑貨屋の屋根の下に身を移すことにしたわけ。とは言っても、宙から降り注ぐ雪を全て避け切る事は出来ない。 

 もうヤダ......プレゼントの中に雪が入ってきてる! 慌てて視線を落としてみると、『Paul Smith』と認められた紙袋の中身が、雪の仕業で白なる色に変化を始めてるじゃない!

 先週末、某有名百貨店で、悩みに悩み抜いて買ったネクタイとネクタイピンの王道セット。これを手にした彼の嬉しそうな顔が今から頭に浮かんで来る。ニタニタニタ...... 

 そんな甘い妄想を繰り返していれば、千切れるような寒さも、クリクリ始めた癖毛もなんのその。更に言っちゃうと、長い待ち時間すら至福の時間へと変化させちゃう訳だから、恋とは人を幸せに導く魔法のようだと、つくづく感じ入る弱冠24才、私こと桜木結衣(さくらぎゆい)がそこに居た。


 ところが......時間の経過と共に、そんな至福なる時間もやがては暗雲なる刻へと変化を遂げていったのでした。アララ......

 20時、定刻だ。ゴーン、ゴーン、ゴーン......雪帽子を被った柱時計が、一時間に一度のお勤めを始める。それまで静かにフリーズしていた可愛らしい人形達がまるで魂を取り戻したかのように、各々が各々の舞いを披露し始めた。 

「やったぁ、始まった!」 

「まぁ、可愛い!」 

 突如、人々の顔に笑顔が浮かび上がって、人形達をバックに写真撮影を始める賑やかカップルや、メロディに合わせて盆踊りを披露するほろ酔いサラリーマンなんかは数知れず。この由緒有る柱時計は、もう何年も訪れる人々に幸福を与え続けているんだろう。 

 そんな暖かい雰囲気の中、ただ一人だけ心が冷え切ったままの乙女が居たりもする。それは言うまでも無く......私だった。 

 やっぱ遅刻か......

 モヤモヤモヤ......

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