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第3章 終着
最終話 禁断の恋
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眉を潜め、今直ぐにでも開きそうな扉に、俺が視線を集中したその時だった。
コンコンッ。扉をノックする音が。
もし結衣さんだったとしたら、琢磨氏の元に追い返さなきゃダメなんだろう。やっぱ冷静に考えると、彼女の為にはそれが一番いいに決まってる......本能と言う名の厄介な感情を、理性の蓋で見事封印した俺は、そんな強い決心の元、ゆっくりと扉を開けた。
「何帰って来てんだ?! 折角二人にして来てやったんじゃないか......え、あ、あれっ?」
「灯りが見えたもんで。喜太郎さん、制服......返して貰えるんですよね?」
俺はここで喜ばなきゃならない筈だった。なぜなら、今現れたその者は結衣さんじゃ無かったんだから。だってそれを望んでたんだろう?
見れば、先程制服を借りたばかりの宅配青年が、扉の外で立ち尽くしている。
「なんだ、君か......まさかタクシー乗って来たのかよ?」
「なんだは無いじゃないですか。タクシーは隣に用が有ったみたいですよ。制服2着、早く返して貰わないとマズいんですって!」
俺は一体何を期待してたんだ?! 宅配青年の顔を見て、『なんだ......君か』などと落胆の言葉を発した自分が許せない。
思い返せば今からちょうど1年前、春子は俺を残してこの世を去っていった。病気の進行が早くて、気付いた時にはもう手遅れ......手の施しようが無いってパターンだ。
あの時は本当に悔しかったさ。二人で金を貯めて漸くこの店を出した矢先だったって言うのによ......
この店の接客係はお前の指定席だった。だからどんなに苦しくても、俺は他人を雇うなんてことを考えたことが無い。でも最近じゃあ、一流の料理も酒も出せなくなってる気がする。
気持ちだけじゃどうにもならないってことを痛感してる訳さ。これじゃあ客は離れていくよな......
「あのう......制服」
「なっ、なんだ! まだ居たのか?!」
「ちょっと。だから勘弁して下さいって!」
空想の世界から俺を呼び戻したのは他でも無い。すっかり困り顔の宅配青年だった。無理な協力をお願いしといて、迷惑掛ける訳にもいかんわな......
「分かった......今一着だけなら有るけど、もう一着はここに無いんだ。戻って来たら直ぐに連絡するからもう少しだけ待ってくれ」
「ほんとですか?......まぁ、分かりました。約束ですよ。待ってますからね!」
「しつこいな。絶対返すって言ってるだろ!」
「ほんと頼みましたからね。それじゃあ僕はこれで」
ギー、バタン。
正直こっちが悪いのに、イラッとして追い返しちまったことは申し訳無いと思ってる。もしかしたら、煮え切らない自分の心に苛立ちを覚えたからなのかも知れない。
俺の心の中には、いつも春子が居てくれる。そしてあの娘には会社のエリートがついてる......もうそれで十分じゃないか。忘れよう......それが一番いい。
パン、パンッ! 俺は自分の目を覚まさせるかのように、両の手の平で頬に気合いを注入した。その時だ。
なんと! キー、再び扉が開いたのである。
「なんだ、まだ居たのか? 制服は直ぐに返すって言ってるだろ......あっ、えっ! な、何で......」
今俺の目の前で、ブルブルと震えているその者......
それはさっきまで怒っていた宅配青年なんかじゃ無かった。頭に浮かんでは理性で打ち消し、また頭に浮かんでは力付くで打ち消し......そんな葛藤を、さっきから永遠と繰り返し続けてきた正にその者の姿だったのである。
「き、喜太郎......さん......」
俺が必死に彼女を助けた理由......
それはもちろん、その者の心を救うが為。でも実は、死に掛けていた自分の心を救い出したかっただけなんじゃ無いのだろうか......
「自分に嘘は付けない......」
もしかして......
俺こそが自分を偽り続けて来たのかも知れない。そして今もまた、自分を偽ってこの人を追い返すつもりなのか?!
そんなの違うだろ......
「私の未来に必要な人は......琢磨君じゃない」
俺がこれから進む道は過去じゃ無くて未来だ。そんな未来を生き抜いて行く為には誰が必要なのか......
その答えを出すことに、背を向けててどうするってんだ?!
「私を悪夢から......救い出して」
今こそ俺は悪夢から目を覚ますべきだ。
万人から不義理な人間と罵られようとも......
そして万人から後ろ指を指されようとも......
今ここで出す答えなど、一つしか無い!
その答えとは?!
「結衣さん!」
「喜太郎さん!」
全てを捨てること......
そしてまた、全てを受け入れること......
ただそれだけだった。
「お帰り......」
「ただいま......」
気付けば......俺はその小さな身体を力強く抱き締めている。そして唇と唇が自然と重なり合っていた。時が止まり、『しがらみ』と言う名の霧が、脳裏から一瞬にして消え去っていく。この時の温もり、そして安らぎは、生涯忘れることは無いだろう。
それは大きな柱時計のすぐ裏手、潰れ掛けていた『LA・BAR・SOUL』の再生、そして禁断の恋が産声を上げた瞬間だったに違いない。
この世で起こったことには、全てその理由が有る......それは『LA・BAR・SOUL』で喜太郎が結衣に話した言葉だ。では果たして、今この場で結衣と喜太郎が再会を果たしたことにも、何か理由が有ると言うのだろうか?
いつしか人は、この店を『恋の駆け込み寺』と呼ぶようになっていく......
『LA・BAR・SOUL』は決して、酒を提供するだけのBARでは無かった。人々に笑顔を与え、そして恋に悩む人達に希望を与える......そんなBARへと成長していくこととなる。鋭き慧眼を持ったマスターと、天性とも言えるセンスを持ち合わせた新人接客係の力で......
『LA・BAR・SOUL』第1章 プロローグ(完)
『LA・BAR・SOUL』第2章 再生 に続く
「結衣さん」 By喜太郎
「なに?」 By結衣
「制服代一万円、まだ貰って無かったんだけど」 By喜太郎
「何小さいこと言ってるのよ! 『LA・BAR・SOUL』を再生させるまで待って。出世払いするから」 By結衣
「えっ、なに?!」
「私、もう決めたから。週明け会社に辞表出してくるわ」
「うそっ! まっ、まじかっ!」
『LA・BAR・SOUL』の物語は今ここに始まったばかり。二人の禁断なる恋、そして潰れ掛かった店がこれからどう成長して行くのか? それはまた次のお話。乞うご期待!
コンコンッ。扉をノックする音が。
もし結衣さんだったとしたら、琢磨氏の元に追い返さなきゃダメなんだろう。やっぱ冷静に考えると、彼女の為にはそれが一番いいに決まってる......本能と言う名の厄介な感情を、理性の蓋で見事封印した俺は、そんな強い決心の元、ゆっくりと扉を開けた。
「何帰って来てんだ?! 折角二人にして来てやったんじゃないか......え、あ、あれっ?」
「灯りが見えたもんで。喜太郎さん、制服......返して貰えるんですよね?」
俺はここで喜ばなきゃならない筈だった。なぜなら、今現れたその者は結衣さんじゃ無かったんだから。だってそれを望んでたんだろう?
見れば、先程制服を借りたばかりの宅配青年が、扉の外で立ち尽くしている。
「なんだ、君か......まさかタクシー乗って来たのかよ?」
「なんだは無いじゃないですか。タクシーは隣に用が有ったみたいですよ。制服2着、早く返して貰わないとマズいんですって!」
俺は一体何を期待してたんだ?! 宅配青年の顔を見て、『なんだ......君か』などと落胆の言葉を発した自分が許せない。
思い返せば今からちょうど1年前、春子は俺を残してこの世を去っていった。病気の進行が早くて、気付いた時にはもう手遅れ......手の施しようが無いってパターンだ。
あの時は本当に悔しかったさ。二人で金を貯めて漸くこの店を出した矢先だったって言うのによ......
この店の接客係はお前の指定席だった。だからどんなに苦しくても、俺は他人を雇うなんてことを考えたことが無い。でも最近じゃあ、一流の料理も酒も出せなくなってる気がする。
気持ちだけじゃどうにもならないってことを痛感してる訳さ。これじゃあ客は離れていくよな......
「あのう......制服」
「なっ、なんだ! まだ居たのか?!」
「ちょっと。だから勘弁して下さいって!」
空想の世界から俺を呼び戻したのは他でも無い。すっかり困り顔の宅配青年だった。無理な協力をお願いしといて、迷惑掛ける訳にもいかんわな......
「分かった......今一着だけなら有るけど、もう一着はここに無いんだ。戻って来たら直ぐに連絡するからもう少しだけ待ってくれ」
「ほんとですか?......まぁ、分かりました。約束ですよ。待ってますからね!」
「しつこいな。絶対返すって言ってるだろ!」
「ほんと頼みましたからね。それじゃあ僕はこれで」
ギー、バタン。
正直こっちが悪いのに、イラッとして追い返しちまったことは申し訳無いと思ってる。もしかしたら、煮え切らない自分の心に苛立ちを覚えたからなのかも知れない。
俺の心の中には、いつも春子が居てくれる。そしてあの娘には会社のエリートがついてる......もうそれで十分じゃないか。忘れよう......それが一番いい。
パン、パンッ! 俺は自分の目を覚まさせるかのように、両の手の平で頬に気合いを注入した。その時だ。
なんと! キー、再び扉が開いたのである。
「なんだ、まだ居たのか? 制服は直ぐに返すって言ってるだろ......あっ、えっ! な、何で......」
今俺の目の前で、ブルブルと震えているその者......
それはさっきまで怒っていた宅配青年なんかじゃ無かった。頭に浮かんでは理性で打ち消し、また頭に浮かんでは力付くで打ち消し......そんな葛藤を、さっきから永遠と繰り返し続けてきた正にその者の姿だったのである。
「き、喜太郎......さん......」
俺が必死に彼女を助けた理由......
それはもちろん、その者の心を救うが為。でも実は、死に掛けていた自分の心を救い出したかっただけなんじゃ無いのだろうか......
「自分に嘘は付けない......」
もしかして......
俺こそが自分を偽り続けて来たのかも知れない。そして今もまた、自分を偽ってこの人を追い返すつもりなのか?!
そんなの違うだろ......
「私の未来に必要な人は......琢磨君じゃない」
俺がこれから進む道は過去じゃ無くて未来だ。そんな未来を生き抜いて行く為には誰が必要なのか......
その答えを出すことに、背を向けててどうするってんだ?!
「私を悪夢から......救い出して」
今こそ俺は悪夢から目を覚ますべきだ。
万人から不義理な人間と罵られようとも......
そして万人から後ろ指を指されようとも......
今ここで出す答えなど、一つしか無い!
その答えとは?!
「結衣さん!」
「喜太郎さん!」
全てを捨てること......
そしてまた、全てを受け入れること......
ただそれだけだった。
「お帰り......」
「ただいま......」
気付けば......俺はその小さな身体を力強く抱き締めている。そして唇と唇が自然と重なり合っていた。時が止まり、『しがらみ』と言う名の霧が、脳裏から一瞬にして消え去っていく。この時の温もり、そして安らぎは、生涯忘れることは無いだろう。
それは大きな柱時計のすぐ裏手、潰れ掛けていた『LA・BAR・SOUL』の再生、そして禁断の恋が産声を上げた瞬間だったに違いない。
この世で起こったことには、全てその理由が有る......それは『LA・BAR・SOUL』で喜太郎が結衣に話した言葉だ。では果たして、今この場で結衣と喜太郎が再会を果たしたことにも、何か理由が有ると言うのだろうか?
いつしか人は、この店を『恋の駆け込み寺』と呼ぶようになっていく......
『LA・BAR・SOUL』は決して、酒を提供するだけのBARでは無かった。人々に笑顔を与え、そして恋に悩む人達に希望を与える......そんなBARへと成長していくこととなる。鋭き慧眼を持ったマスターと、天性とも言えるセンスを持ち合わせた新人接客係の力で......
『LA・BAR・SOUL』第1章 プロローグ(完)
『LA・BAR・SOUL』第2章 再生 に続く
「結衣さん」 By喜太郎
「なに?」 By結衣
「制服代一万円、まだ貰って無かったんだけど」 By喜太郎
「何小さいこと言ってるのよ! 『LA・BAR・SOUL』を再生させるまで待って。出世払いするから」 By結衣
「えっ、なに?!」
「私、もう決めたから。週明け会社に辞表出してくるわ」
「うそっ! まっ、まじかっ!」
『LA・BAR・SOUL』の物語は今ここに始まったばかり。二人の禁断なる恋、そして潰れ掛かった店がこれからどう成長して行くのか? それはまた次のお話。乞うご期待!
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