LA・BAR・SOUL(ラ・バー・ソウル) 第1章 プロローグ

吉田真一

文字の大きさ
上 下
15 / 26
第2章 波乱

第15話 ゴ・ミ

しおりを挟む
 そして9階。近くに高い建物が無いせいか、廊下から見下ろす景色はやたらと爽快だった。正面に小さく見える明かりは、琢磨君とよく夜食を買いに行ったコンビニだ。

 楽しい話をしながら手を繋いで歩いた記憶が直ぐに甦ってくる。あの時は本当に幸せだったし、別れの時がこんなにも早く訪れるなんて夢にも思って無かった。不味い......また目がウルウルして来たわ。

「おい、何外見て暮れなずんでんだ? 琢磨の思い出に浸ってんのか?」

「別に」

 突然声掛けられて、思わず顔を背けてしまう。また泣いてる姿を見られたく無かったから。こんな私でも、まだ少しはプライドが残ってたらしい。

 正直......自分の心内をズバズバ言い当てられるのに、少し慣れて来た気がする。まぁ、心が強くなって来てる訳なんだから、それはそれでいいんだけどね......

「マドモアゼルは、俺の後ろに隠れてればいいぞ。後は任せといてくれ」

「うん......」

 そして遂に、戦いの火蓋が切って落とされたのである。ピンポーン......喜太郎さんは、私が深呼吸する間すら与えずに、いきなりインターホンを押したのでした。そんなことをすれば、当然のように、中から人が出て来ちゃうじゃない! ああ、なんてことしてくれるの......

やがて、ギー、バタン。

「影山琢磨さんですね」

「ああ、はい。そうです」

 うわぁ、居た......ハルマゲドン!

「お荷物です。ここに受領印お願いします」

 とにかく自然体。喜太郎さんは澄まし顔で『Paul Smith』を差し出してる。どこをどう見たって普通の宅配員。文句の付けようの無い化けっ振りだ。

 一方、琢磨君の方はと言うと、伝票に書かれている『差出人:桜木結衣』の文字と、紙袋に描かれている『Paul Smith』のロゴを見詰めながら、何やら眉間にシワ寄せてる。と言うよりか鋭い目付きで睨み付けてる。荷物に触ってみれば、直ぐにそれがネクタイだって分かる筈だ。

 何だか今にも怒り出しそうで恐いんだけど......大丈夫かな? 受け取ってくれる? それとも受け取ってくれない? 頼むから受け取って下さい! 取り敢えず私の目の前で投げ飛ばしたりしないで!

 そんな私の不安を他所に、琢磨君が下した判定はと言うと......

「なるほどね......こいつの気持ちがよく分かったよ!」

 見れば琢磨君は、顔を真っ赤に紅潮させてる。しかも目は吊り上がってるし、眉間には更なる無数のシワが飛び出してる。それって、もしかして、もしかして......怒ってる? あらら......完璧に怒ってるわ。

「次の配達が有るんだから、早く受領印押してくれよ」

「ふんっ、荷物の受け取りを拒否する。こんな『ゴミ』なんかさっさと持ち帰ってくれ」

 そんな捨てセリフを吐きながら、ポイッ。何と『Paul Smith』を喜太郎さんに向けて投げ飛ばしたのである。

 この時、ピキッ......喜太郎さんの血管からそんな音が聞こえた気がした。案の定、鬼の形相を浮かべてるじゃない!

「おい、ちょっと待ってくれ」 

 その声は驚く程に低かった。なんでそんなに低いのよ!

「ん、まだ用が有んのか?」

 こっちもこっちでバリトンボイスだ。琢磨君も低過ぎる!

「俺の空耳かも知れないが......あんた今この荷物を『ゴミ』って言ったな?」

「ほほう......『ゴミ』を『ゴミ』と言って何が悪い? 大体そんなの宅配屋に関係無いだろ」

 うわぁ、完全にバチり始めてる......頼むから止めてよぉ。もう私は喜太郎さんの背中でブルブル震えてることくらいしか出来ることは無かった。

「もう一度聞くぞ。今あんたは、マドモアゼルが愛情込めて買った極上の『Paul Smith』を、ことも有ろうか『ゴ・ミ』と・言・っ・た・ん・だ・な!」

 もうストレートに喧嘩売ってるじゃん! しかも半分正体明かしてるし。もうぐちゃぐちゃだわ。

「愛情込めてだと? ふざけんなっ!」

「ふざけんなは、お前の方だ!」

 バシッ!......遂に始まってしまった。気付けば喜太郎さんは、琢磨君の襟首を掴んで思いっきりたくし上げてる。今にも殴り掛かりそうな勢いだ。

 まさかこれも喜太郎さんの計算尽くされた作戦だって言うの? だったらちょっとやり過ぎだよ! 予想だにもしなかった修羅場の到来に、私の頭は全くついていけない。

「こっ、こいつ狂ってる! おい、警察呼んでくれ!」

 きっと家の中に誰か居るんだろう。琢磨君は後ろを向いてそんな言葉を投げ付け始めた。

「警察だと? 上等じゃねぇか! 警察が来て困るのはそっちの方じゃないのか?! 大体なぁ、マドモアゼルがどんな辛い気持ちで、今日を過ごしたのかお前分かってんのか? 一度は愛したお前の女なんだろ。男として恥ずかしく無いのかよ?!」

「マドモアゼル? 誰だそりゃ? こいつは何言ってんだ?!」

 いつの間にやら喜太郎さんは、勢いで家の中に入っちゃってるし。それ完璧な家宅侵入じゃん! 

 ついさっきまでずっと冷静だった喜太郎さん......それが一体どうしちゃったって言うんだろう? このままじゃ琢磨君、怪我しちゃいそうだし、そんなことになったら喜太郎さんもただじゃ済まない。やっぱダメ。止めなきゃ......止めなきゃ! 

 今私が止めなきゃ、誰が止める!

 そんなこんなで......遂に私は我慢の限界に達したのでした。

「喜太郎さんもう止めて!」

 言ってしまった。現れてしまった。ぶち壊してしまった。多分、こんな大きな声を出したのって、生まれて初めてだと思う。正直......もう琢磨君のことも、タブレットのことも、全てがどうでもよくなってた気がする。きっと私の脳がキャパオーバーしてしまったんだろう。すると、

「そっ、その声は......ま、まさか......結衣?!」

 思った通り......気付かれちゃった。当たり前だわ......

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

クオリアの呪い

鷲野ユキ
ミステリー
「この世で最も強い呪い?そんなの、お前が一番良く知ってるじゃないか」

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

彼女が愛した彼は

朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。 朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。

処理中です...