LA・BAR・SOUL(ラ・バー・ソウル) 第1章 プロローグ

吉田真一

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第2章 波乱

第14話 ELV

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 ケイヤロ国第二王女とよばれた年月よりも、テリル国王太子妃、テリル国王妃とよばれる年月の方が長くなった。

 王室の光とよばれる王太子グロリア。

 王室の華とよばれる第二王女リリアン。

 母として二人の成長を見守ってきた。

 王女しか生めない不出来な妃と陰口をたたかれたが、王女しか生まなかったことで二人の娘を手元におくことができた。

 グロリアに王太子という重い責務をおわせたことに申し訳なさは感じるが、王太子であることから他国へ嫁ぐのではなく王配をむかえられた。

 そしてリリアンもグロリアを支えるために国内の貴族へ嫁がせることができた。

 娘たちを自分のそばにとどめておけた幸運をひそかによろこんでいる。

 グロリアが第二王子を出産した。第一王子のヒューバートが生まれた時と同じく王国がわいた。これでテリル国は安泰だと。

 第二王子の洗礼式に親戚と親しい友人が参加した。洗礼式のあとの昼食会をおえ、男性達は王宮でビリヤード室を新しくしたのでゲームを楽しもうと移動した。

 女性陣はお茶とおしゃべりを楽しんだ。すべてが終わったあと名残惜しさがつのり親子三人でグロリアの家に移動した。

「お姉さま、私が国教の教えを破るようなことをしたら、私のことをきらいになってしまうかしら?」

 リリアンの思いがけない問いかけにおどろいていると、グロリアが表情をかえずリリアンを見つめ、

「私があなたをきらいになることはないわ。たとえあなたが私の目の前で人を殺したとしても」と答えた。

 まさかと思うやりとりに二人を見ると、二人は見つめ合っていた。まるで目だけで会話をするように。

「ありがとうお姉さま。お姉さまがいるから強くいられる。お姉さまがいるから生きていける」

 リリアンの笑顔に胸をえぐられるような痛みを感じた。

 リリアンにとって支えになるのは母である自分ではなく、グロリアなのだと見せつけられた。

「あなたの幸せを一番に願っている。その幸せを手に入れるために何が起ころうと」

 リリアンが何を考えているのかを分かっているかのように答えるグロリアに痛みが強くなった。

 姉妹の仲が良いことや、大人として親を必要としないほど自立していることをよろこぶべきなのかもしれない。

 しかし自分が二人から疎外されているようでおもしろくなかった。

「二人とも何だか物騒な話をしているけれども王女としての品格を忘れないように」

「分かっています、お母さま。王侯貴族らしい生き方をするのです。愛は配偶者以外から求めようと思います。

 ご心配なく。王室の華として誇り高く生きます」

 リリアンの言葉に何といってよいのか分からなかった。

 リリアンが体調不良で入院した日のことを思い出す。

 入院したと聞きあわててかけつけると、

「お母さま、子を授かりました」といわれ安心とよろこびを感じたすぐあとに、

「サミュエルがパートナーと不貞関係にあるのですこし距離をおくことにしました」といわれ呆然とした。

 リリアンはサミュエルの裏切りを知った翌日に入院という形で夫と距離をとり、その後は静養のためと自宅ではなく離宮へ移動した。

 第二子の出産をひかえたグロリアの代わりに多くの公務をこなしていたリリアンの負担の大きさと、妊娠による体調不良を考えればリリアンの静養は当然と思われ一か月の二人の別居は周りからあやしまれなかった。

 リリアンの体調が安定し、王都の自宅にもどったことから王国民に懐妊が発表された。

 その時にリリアンは静養が必要だったため公務をはたせなかったことを詫び、自身の懐妊報告にからめ「夫には私のことを心配せずダンスに集中してもらいたい。生まれてくる子に勝利を捧げてほしい」というコメントをだした。

 夫をけなげに支える王室の華と名をあげた。

 洗礼式で二人はこれまで通りの仲の良さを見せていた。リリアンの大きくなったお腹を愛おしそうに見つめ、妻をかいがいしく気づかうサミュエルの姿は妻を愛する夫そのものだった。

 しかし二人の間でどのような話し合いがされたのかは分からないが、リリアンは夫へ見切りをつけたようだ。

「サミュエルのことをちゃんと見ていたつもりでしたが、やはり恋は盲目だったようです。

 それと国内の相手と早く結婚してしまおうという焦りもあったのでしょうね。

 サミュエルが私のことを愛してくれるなら幸せになれるのではと夢をもってしまったようです」

 淡々と話すリリアンにますます何もいえなかった。

「私のせいね。私があなたに国内にとどまってほしいと願ったから」

「それは違います、お姉さま。私がお姉さまのそばにいたかったのです。お姉さまが願うよりもずっと前から私の気持ちは決まっていました」

 二人の娘を愛している。しかし母娘の絆よりも姉妹の絆の方が強いだろう。二人は生まれてからずっと一緒にいる。

 自分自身も両親よりも兄弟との絆が深いのでそのことが理解できた。四人兄弟で二人の兄と姉が一人いる。子供の頃は四人で王宮を走り回っていた。

 国際間の電話は王族といえども自由に使えるわけではないが、何かと理由をつけて電話をしてくるのは両親ではなく兄弟だった。

「それにしても人って本当に分からない。

 サミュエルはリリアン一筋で誰から見てもリリアンを深く愛しているようにしか見えなかったのに。

 カルロとサミュエル、どちらが浮気しそうかと聞けば、百人中百人の人がカルロというわ。それぐらい意外だった」

 まじめな話をしているのにグロリアの例え方が絶妙で笑いそうになった。

 グロリアの夫であるカルロは人たらしといわれ、誰にでもやさしいため女性に誤解されやすく何度か不名誉な噂をたてられた。

 しかし実際のところは王子として身につけているやさしさでしかなく、女性ではなく狩猟とポロへなみなみならぬ情熱をそそいでいる。

 逆にサミュエルはリリアンへの一途な愛で知られているが、恋をすると感情のままに動く男だった。

 サミュエルとリリアンの結婚は王妃が画策したといわれているが、実際のところは偶然のなりゆきでしかなかった。

 二人がはじめて踊るまで、自分でも不思議に思うほどあの二人を一緒に踊らせようと考えたことがなかった。二人が同じ場にいることが何度もあったにもかかわらず。

 一緒に踊っている姿をみて「完璧」と思わずつぶやいたほど二人の踊っている姿は美しかった。

 ただ踊っている二人の姿が見たかっただけで結婚まで考えていなかったが、お互い好き合っているならと動いた。

 その二人の結婚が思いもしなかった状況をむかえ、自分のせいで娘を不幸にしたのではと罪悪感がつのる。

 リリアンがサミュエルに見切りをつけ、王女として国教の教えを破ることの罪深さを分かった上で配偶者以外に愛を求める覚悟をしたのなら、それを受け入れるだけだ。

 正しさだけで生きてはいけない。不貞という罪をおかし地獄におちてでも愛をつかみたいというなら、それを止めるつもりはない。

 王女として気高く育った二人の美しい娘達の幸せを祈る。

 いつまでも二人がほほえみあえるように。
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