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第2章 波乱

第13話 Rubber Soul

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 21時50分、都心の渋滞ポイントを抜けた薄ピンク色のミニクーパーは、西へと向かう幹線道路をひた走りに走り続けていた。

 運転席では細身の長身なる男が巧みなハンドル捌きを見せ、助手席では年若き小柄な女性が、ただ前だけをじっと見詰めている。

 言うまでもなくそんな二人とは、マスターこと影山喜太郎さんと、私こと桜木結衣。とにかく電光石火とも言える行動だったと思う。

 喜太郎さんは琢磨君の住所をカーナビに入れてたから、あと20分もすれば、きっとそこに到着してるんだろう。

 琢磨君の住むマンションが都心から少し離れた郊外だったことに、私は感謝しなければならない。少なからず、このドライブと言う時間が、私の心を落ち着かせるのに十分な役割を果たしていたのだから。

 それにしても......なんか凄い不思議な気がする。さっき出逢ったばかりの男の人と二人で車に乗ってる何て絶対に有り得ない。どちらかと言えば私は人見知りが激しいタイプ。本来だったらビクビクしちゃって落ち着かない筈なのに、なぜだか今は妙にリラックスしてる。

 喜太郎さんと言う人物を、この短時間で信頼し切ってしまったからなのか、さっきから流れてるこの音楽が、私の脳にアルファ波を発生させているからかどうかは分からない。

 He’s a real nowhere Man Sitting in his Nowhere Land,  
 Making all his nowhere plans For nobody~♪

「この曲って......」

「ビートルズの『ひとりぽっちのあいつ』って曲だ。アルバム『Rubber Soul(ラバー・ソウル)』に入ってる」

 よく耳にするメロディだ。ビートルズってことは知ってたけど、曲名までは知らなかった。

「『ひとりぽっちのあいつ』って曲名なんだ......なんか今の私みたい。それはそうと、ラバー・ソウルって言ったら......」

「うちの店と同じ名前だな。上さんがこのアルバム大好きでね。あの店出す時、名前はこれにしようって二人で決めたんだ。でもスペルは変えた。あまりにベタベタ過ぎるからな」

 そっか......やっぱカウンターの後ろに立て掛けてあった写真は奥さんだったんだ。そりゃあそうだよね。性格はともかくとして、世間一般的にはイケメンだし、女性が放っておく訳無いよね。見れば、メーターの横にも小さな写真が飾ってある。きっとこの人は奥さんのことを本気で愛してるんだろう。

「この曲の意味知ってるか?」

「詳しくは知らないけど......曲名から想像するに、孤独になっちゃった人を題材にしたネガティブな詩なのかなって?」

「いや、孤独な人までは合ってるけど、その全然逆。超ポジティブな詩さ。俺もこの詩に何度救われたことか......おっと、マドモアゼルには関係無い話だったな」

 Nowhere Man, please listen, You don’t know what you’re missing, Nowhere Man, the world is at your command~♪

 居場所無き人よ、聞いてくれ。君は、何を見失っているか分かってないんだ。居場所無き人よ、世界は君の意のままなんだ~♪

 Nowhere Man, don’t worry, Take your time, don’t hurry, Leave it all 'till somebody else Lends you a hand~♪

 居場所無き人よ、心配いらない。焦らずに、じっくりやろう。誰かが手を差し伸べてくれるまで、そのままでいなよ~♪

 特にすることも無かったから、スマホで歌詞を調べてみたら、そんな意味の歌詩であることが分かった次第。確かに、今の私に取っては心付けられる内容だけど、しっかり奥さんが居て自分の店も出せてる喜太郎さんが、何でこの曲に救われてるのか? 全然意味が分からなかった。

「ところで喜太郎さん。何で私達、こんな格好してるわけ?」

 何となく答えは分かってたけど、特に話題も無かったから、敢えて聞いてみることにした。

「マドモアゼルがピンポン鳴らしたところで、琢磨が『はい、どうぞ』って通してくれると思うか? ここは宅配業者に成り切るのが得策だろ。この衣装二着借りるのに、口止め料込みで一万円も払ったんだ。有効に使うとしよう」

 まぁ、思った通りの回答だったわ。後で私に一万円請求してくるのかどうかは分からないけどね。ただしっかり帽子もセットになってるから、間違いなく顔を隠せるだろう。

 そう考えると、一万円でも安いのかも知れない。まぁ、どうせ喋るのは喜太郎さんなんだろうから、私は背中に隠れて静かにしてればいいだけなんだけどね......


  ※ ※ ※ ※ ※ ※


 やがてミニクーパーは、いよいよ閑静な住宅街へと入り込んで行く。もう琢磨君のマンションまでは1キロも離れていない。車がそこへと近付くにつれ、私の心拍数もそれに比例するかのように、どんどん刻みを早めていった。ドクン、ドクン、ドクン......

 まっ、不味い......そこの交差点を右に曲がったら、もう琢磨君のマンションじゃない! どっ、どうしよう......やっぱ帰ろうか? 絶対顔なんか見れないよ。困った......ああ困ったわ。

「おっと......もうすぐだな。準備はいいか?」

「や、やっぱ、す、すみません。今回の件はキャ、キャンセルってことで......」

 ガガガガカッ、ブルルン。

「よし、着いた。さぁ、突撃だ」

「は、は、は、はい」

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