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第1章 憂鬱
第4話 マスター
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『LA・BAR・SOUL』
こんな店、いつの間に出来たんだろう? それは柱時計のちょうど裏を歩いていた時のことだった。
歩き慣れたオフィス街裏手の並木道。別に意識して一軒一軒店を吟味してきた訳じゃ無いけど、今まで目に留まった事は一度も無かった。
別に派手でも豪華でも無い小さな『BAR』......とは言っても、妙に興味をそそる。何かオーラを発してると言うのか、身体が吸い込まれると言うのか......
レンガ模様に彩られた壁には、木彫り細工の店看板が掲げられている。そんな看板にはスポットライトが照らされ『LA・BAR・SOUL』の文字が淡く浮かび上がっている。
入口扉のすぐ脇には1メートル四方、木目調の腰高窓が設置されているけど、エンジ色のカーテンで閉ざされ、店内を伺い知ることは出来ない。見えぬが故に、中はどうなっているんだろうと、逆に入ってみたいと言う衝動が襲い掛かって来る。
時間も空いちゃったし、心もぽっかり穴が空いちゃったし......時間と心を少しでも埋める事が出来たならそれは本望。
いつもはビビりな私。初めての『BAR』に一人で入った事なんかは一度も無い。恐い人達が居たらどうしよう? ぼったくられたらどうしよう? そんな事ばかりいつも思考が先行してしまう。
でも今私は、ギー、バタン。何の躊躇もなく扉を開けていた。その理由は自分でも分からない。後になって思い返してみると、もしかしたらこの時、私がこの店を求めてたんじゃ無くて、店が私を求めていたのかも知れない。
もっと言ってしまうと、私が琢磨君と付き合うようになったのも、そしてこの日、私が振られたのも、全てはこの『LA・BAR・SOUL』にやって来る為......そんな気がしてならなかった。
それほどまでに、今日と言う一日は、私に取って人生を大きく変える重要な一日と成り得ていた。もちろんそんなこと、この時点で私が知り得る訳も無いんだけどね......
※ ※ ※ ※ ※ ※
時刻はちょうど9時を過ぎたころ。モダンな繁華街の中心部に位置し、しかも名物柱時計のすぐ裏ともなれば、店内は大層な賑わいを見せている......かと思いきや、
「いらっしゃい」
テーブル上にごったがえする食器やらグラスを、汗水垂らして片すマスター以外に人の姿は無かった。
そんな汗水マスターは凡そ30才前後。見たままを中継するなら、白ワイシャツに蝶ネクタイ、黒スラックスに黒革靴、髪型は黒髪のオールバックで、体躯は180センチ弱の痩せ形、ついでにイケメンの部類(別にタイプじゃ無いけどね)......まぁ、そんな風貌だ。疲れた顔でニコリと微笑んでいる。
一方店内はと言うと、間口の狭さから想像出来ない程に広かった。テーブルやカウンターの配置に最大限の工夫を凝らせているんだろう。
BARと言う名から想像すると、所謂『飲み屋』をイメージする人も多いかも知れないけど、この店はそんな雰囲気じゃ無かった。高級ホテルのバーラウンジを想像して貰えれば、それが一番近いと思う。照明を極限までに落とし、僅かに流れるジャズの音色は、紳士淑女の雰囲気満載だ。
そんなBARのカウンター内に店員の姿は無かった。つまり今テーブルを片しているこの人が普段はカウンターに立っているんだろう。と言うことはやっぱマスターだ。
「こんばんわ」
BLUEな気持ちを押し殺し、そんなマスターに努めて明るく声を掛けてみた。
見れば今もなお額から汗を流し続け、慌てふためいた様子で食器をトレイに乗せているマスター。店の外装も内装も総じて高級店であるにも関わらず、そこで働くマスターの動きは実に庶民的。このギャップが私の心に『親近感』と言うスパイスを振り掛けていく。
きっと人手が足りないんだろう。決して狭いとは言えないこの店において、たった一人での稼働は有り得ない。学生時代、喫茶店で長らくバイトしてたから、そこら辺のキャパシティーは分かってるつもりだ。すると、
「お一人様かな。カウンターへどうぞ」
マスターは一旦手を休め、当然のルーティンの如く、慌てて私を席へと導いていった。何とか作り笑顔は保ってるけど、言い方は妙にぶっきらぼうだ。
なんかこの人......やっぱイヤな感じかも? でもまぁ、お酒と料理が美味しければ、それでいいや。正直、マスターへの第一印象はそんな感じ。この時点では大して気にもならなかった。
「はい......」
私は、マスターの横をすり抜けて、奥のカウンター席へと足を運んでいく。流し目で見た限り、カウンターの内側もメインディッシュやらスイーツの食材が散乱している。
私がこの店に入って来る前の格闘シーンがまるで目に浮かんでくるようだ。もしかしたら、団体客が帰った後のちょうどいいタイミングで私はやって来たのかも知れないな......
こんな店、いつの間に出来たんだろう? それは柱時計のちょうど裏を歩いていた時のことだった。
歩き慣れたオフィス街裏手の並木道。別に意識して一軒一軒店を吟味してきた訳じゃ無いけど、今まで目に留まった事は一度も無かった。
別に派手でも豪華でも無い小さな『BAR』......とは言っても、妙に興味をそそる。何かオーラを発してると言うのか、身体が吸い込まれると言うのか......
レンガ模様に彩られた壁には、木彫り細工の店看板が掲げられている。そんな看板にはスポットライトが照らされ『LA・BAR・SOUL』の文字が淡く浮かび上がっている。
入口扉のすぐ脇には1メートル四方、木目調の腰高窓が設置されているけど、エンジ色のカーテンで閉ざされ、店内を伺い知ることは出来ない。見えぬが故に、中はどうなっているんだろうと、逆に入ってみたいと言う衝動が襲い掛かって来る。
時間も空いちゃったし、心もぽっかり穴が空いちゃったし......時間と心を少しでも埋める事が出来たならそれは本望。
いつもはビビりな私。初めての『BAR』に一人で入った事なんかは一度も無い。恐い人達が居たらどうしよう? ぼったくられたらどうしよう? そんな事ばかりいつも思考が先行してしまう。
でも今私は、ギー、バタン。何の躊躇もなく扉を開けていた。その理由は自分でも分からない。後になって思い返してみると、もしかしたらこの時、私がこの店を求めてたんじゃ無くて、店が私を求めていたのかも知れない。
もっと言ってしまうと、私が琢磨君と付き合うようになったのも、そしてこの日、私が振られたのも、全てはこの『LA・BAR・SOUL』にやって来る為......そんな気がしてならなかった。
それほどまでに、今日と言う一日は、私に取って人生を大きく変える重要な一日と成り得ていた。もちろんそんなこと、この時点で私が知り得る訳も無いんだけどね......
※ ※ ※ ※ ※ ※
時刻はちょうど9時を過ぎたころ。モダンな繁華街の中心部に位置し、しかも名物柱時計のすぐ裏ともなれば、店内は大層な賑わいを見せている......かと思いきや、
「いらっしゃい」
テーブル上にごったがえする食器やらグラスを、汗水垂らして片すマスター以外に人の姿は無かった。
そんな汗水マスターは凡そ30才前後。見たままを中継するなら、白ワイシャツに蝶ネクタイ、黒スラックスに黒革靴、髪型は黒髪のオールバックで、体躯は180センチ弱の痩せ形、ついでにイケメンの部類(別にタイプじゃ無いけどね)......まぁ、そんな風貌だ。疲れた顔でニコリと微笑んでいる。
一方店内はと言うと、間口の狭さから想像出来ない程に広かった。テーブルやカウンターの配置に最大限の工夫を凝らせているんだろう。
BARと言う名から想像すると、所謂『飲み屋』をイメージする人も多いかも知れないけど、この店はそんな雰囲気じゃ無かった。高級ホテルのバーラウンジを想像して貰えれば、それが一番近いと思う。照明を極限までに落とし、僅かに流れるジャズの音色は、紳士淑女の雰囲気満載だ。
そんなBARのカウンター内に店員の姿は無かった。つまり今テーブルを片しているこの人が普段はカウンターに立っているんだろう。と言うことはやっぱマスターだ。
「こんばんわ」
BLUEな気持ちを押し殺し、そんなマスターに努めて明るく声を掛けてみた。
見れば今もなお額から汗を流し続け、慌てふためいた様子で食器をトレイに乗せているマスター。店の外装も内装も総じて高級店であるにも関わらず、そこで働くマスターの動きは実に庶民的。このギャップが私の心に『親近感』と言うスパイスを振り掛けていく。
きっと人手が足りないんだろう。決して狭いとは言えないこの店において、たった一人での稼働は有り得ない。学生時代、喫茶店で長らくバイトしてたから、そこら辺のキャパシティーは分かってるつもりだ。すると、
「お一人様かな。カウンターへどうぞ」
マスターは一旦手を休め、当然のルーティンの如く、慌てて私を席へと導いていった。何とか作り笑顔は保ってるけど、言い方は妙にぶっきらぼうだ。
なんかこの人......やっぱイヤな感じかも? でもまぁ、お酒と料理が美味しければ、それでいいや。正直、マスターへの第一印象はそんな感じ。この時点では大して気にもならなかった。
「はい......」
私は、マスターの横をすり抜けて、奥のカウンター席へと足を運んでいく。流し目で見た限り、カウンターの内側もメインディッシュやらスイーツの食材が散乱している。
私がこの店に入って来る前の格闘シーンがまるで目に浮かんでくるようだ。もしかしたら、団体客が帰った後のちょうどいいタイミングで私はやって来たのかも知れないな......
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