LA・BAR・SOUL(ラ・バー・ソウル) 第1章 プロローグ

吉田真一

文字の大きさ
上 下
2 / 26
第1章 憂鬱

第2話 Ristorante Venezia

しおりを挟む
『待ち人来たらず』......そんな状況で心が暖まる訳が無い。思い出したかのように、私は凍える手でポケットからスマホを取り出してみた。特に着信も無ければ、新しいLINEも届いていない。 

 琢磨君は遅れる時、必ずその旨をLINEで知らせてくれる人......だから何も届いて無いって事は、もうすぐ来るって事なんだろう。今はただそう信じるしか無かった。

 彼の誕生日を祝うイタリアンレストランは多少の遅刻を見越して20時30分で予約しておいた。結果論になるけど、20時にしないで良かったと思う。 

 私がスマホ画面から目を上げると、笑顔を浮かべたカップル達がちょうど目の前を通り過ぎて行ったりもする。そんな男女を恨めしそうな目で見ている自分に気付き、思わずハッとしてしまった。 

 私なに劣等感を感じてるんだろう......琢磨君の遅刻は別に今に始まったことじゃ無いんだから、もう少し待ってれば『ごめん、ごめん』と手を振りながら、変わらぬ笑顔を見せてくれるに決まってる。大丈夫よ......心配しなくたって!

 ところが......そんな私の期待を他所に、いつまで経っても琢磨君は姿を見せてくれなかった。電話を掛けても出てくれないし、LINEを送っても既読にすらならない。そんなこと、今まで一度も無かったわ。 

 寒い......とにかく寒かった。身体は冷え切って、指先の感覚が既に無くなりかけてる。でも本当に体温を失っていたのは身体じゃ無くて、その内に秘める心だったのかも知れない。 

 琢磨君......どうしちゃったのよ? もしかして......私のこと、嫌いになっちゃったの? そんなマイナス思考が心を支配し始めると、ついつい目頭に熱いものが込み上げて来てしまう。 

 でも絶対に泣きたくなかった。もしここで泣いちゃったら、本当に琢磨君が私の前から消えてしまうような気がしてならなかったから...... 

 そんな悪い予感と言うものは、得てして的中してしまうもの。気付けば、時刻は20時40分。もうここに来てから1時間も経過したことになる。あと20分もすれば、本日2回目のカラクリ時計の演舞が始まる時間だ。 

 琢磨君......来てくれないの? 

 そんなこと認めたくは無かった。でも、認めなきゃならないのかも知れない。もう帰ろうか? などと思いつつも、もし私が帰った後に琢磨君が来たらどうしよう......などと、私が判断を決めかねていたその時のこと。 

 トゥルルル、トゥルルル......突如コートのポケットが揺れ始めたの。 

 たっ、琢磨君?!  

 慌て過ぎてスマホを落としそうになる私。心臓がひっくり返る! なんて現象は、きっとこんな時に起こるものなのだろう。 

 起死回生の一撃とばかりに、私はスマホのディスプレイに目を近付ける。ところが......それは期待するその人からの着信じゃ無かった。 

『Ristorante Venezia』......予約しておいたイタリアンレストランからの電話だ。 

 ハァ......レストランに連絡しとくの忘れてた。きっと予約の時間になっても現れないから、確認の電話をして来たんだろう。深い溜め息と共に、一度はフルカラーになった私の表情が、再びモノクロームへと戻っていく。 

「はい......」 

「今日はもう満席で、予約していないお客様も多数お越し頂いています。今来て頂けないと言う事でしたら、キャンセルと言う扱いにさせて頂きたいのですが......」 

 正直なところ、この後琢磨君が来てくれるとは思えなかった。自分が待ち続けるのは勝手だけど、レストランに迷惑を掛ける訳にはいかない。 

「すみません。キャンセルでお願い......え? あ? ちょ、ちょっと待って!」 

 ブルブルブル......その時、今度は何と、LINEの着信が訪れたのである。 

 たっ、琢磨君?!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

クオリアの呪い

鷲野ユキ
ミステリー
「この世で最も強い呪い?そんなの、お前が一番良く知ってるじゃないか」

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

処理中です...