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そのじゅうはち
そのじゅうはち-9
しおりを挟む「そ……」
尊が息呑んで。
「そんなの、勝手な都合だろ。食うに困るくれえなら止めて他の仕事すりゃ良かったじゃねえか」
吐き出す息と一緒に言った。
「尊クン…キミは…」
各務先生が立ち上がる。
「そうだろ?俺の事考えるならそうするんじゃねえのか」
誰にとも無く尊が言う。
小さな尊は、お祖母さまのお家でずっと瞳子さんを待ち続けて。
待ち疲れて誰も信用しない子供になった。
言わば。
尊のアイデンティティーの元祖でもある、悲しい体験。
それを各務先生の言葉が壊そうとしている。
「そうかも知れない。子どものキミをそばで見守りながらって選択もあったはずだ。でも、違うんだよ、尊クン。瞳子さんができることで、キミのために瞳子さんが選んだのは、会社を成功させる事だったんだよ。社会的に誰もが認めるような土台を、大人になった時のキミのために事業という形にして遺したかったんだよ」
「知るかよ」
「ちゃんと聞いてくれ!」
場を離れようとする尊に、各務先生が追い縋る。
「毎日擦り切れるくらいに働いて、必死になって働いて、子供部屋のオモチャ眺めるのが唯一の癒しで、自分がいないと売上が立たないお店をやりくりして、キミに会いに行く為に休みを取って」
「だから俺はそんなん知らねえしっ!」
小さな尊は小さな手を伸ばして呼んだのに。
誰も応えてはくれなかったと、思ってきたから。
「もう帰れっ!俺に近付くなっ」
「キミのためなんだよ、全部」
「煩えっ!退けよ!」
「キミに何もしてあげられない代わりに会社を残してあげたかったんだよ!いつかキミに継いで欲しくて会社をここまでにしたんだよ!」
「黙れ!」
「止めてっ、尊!」
尊が各務先生の襟掴んで、振り上げた腕に瞳子さんがしがみつく。
あたしはなぜだろう、ドラマのワンシーンを見てる気がして。
尊を止めないと、各務先生を殴ってしまう。
思ってるのにスクリーンに写った出来事の様に醒めた頭で眺めているだけで。
「もう良いから、良いから…ね、準一郎くん…良いから…」
瞳子さんは泣いていた。
「だから、キミが会社継がないと瞳子さんの人生をかけた意味が無いんだよ」
シャツを掴まれて息苦しいのか、呻く様に各務先生が言った。
「俺は…そんなん知らねえ…」
尊が手を離して。
俯いた。
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