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そのきゅう
そのきゅう-10
しおりを挟む「また来てくれると思わなかったよ」
お父さんは静かに笑う。
「今日は少し体調が良いからね。散歩に行こうと思ってたんだよ。君達も行くかい?」
「あ、じゃあ行きましょう」
だんまりの尊。
ベッドからちょっとだけたちあがってから車椅子に座ったお父さんは、慣れた感じで自分で動かす。
「あたし押しますよ」
「ありがとう。お願いするよ」
と、言ったものの。
「うー…」
重くて早速つまずくあたし。
「ああ、妊婦さんだし無理しないで」
笑うお父さん。
「やっぱり自分で動かすよ」
「代わって、みのりさん」
尊があたし押し退けて車椅子押す。
「ありがとう…」
またお父さんが静かに笑った。
綺麗に手入れされた芝生と花壇。
尊と二人芝生に座った。
ずっと三人黙って。
木立の葉が風に揺られるのを見てた。
「覚えているかな…君がまだ小さな頃瞳子と三人で行った島。家族で出掛けた事はあまり無かったけど」
お父さんは静かに。思い出している様に。
「君がいなくなって慌てて探してたら泥だらけで笑いながら君が戻って来て…そうそう、お姉ちゃんとお約束したからまた来る、って言ってたのに結局、連れて行ってあげられなかったな」
尊が少し考えて。
「場所は覚えてないけど。どこかの女の子と遊んだのは覚えてる」
ぽつり、と言った。
尊、それ。
「あたしだよ…」
「えっ!?」
「あたしもこないだ思い出したけど、それあたしだよ。たけゆ、って自分の事言ってた」
あの時夢で掘り起こした記憶。
「ええっ!?ホントにっ!?凄いっ、やっぱみのりさんと俺って運命的なんだっ!!」
興奮してあたし抱き締める。
「…それは凄いね、君達は結ばれる運命だったのか」
かすれた声でお父さんが笑った。
「…俺はみのりさんに会うまで人を好きになるってどう言う事かわかんなかった。誰かのことを大事に想うとかわかんなかった」
あたし抱き締めたまま言う。
「俺がそんな風になったのはアンタ達のせいだ」
「…うん。僕達は君に愛情と言うものを教えてあげる事が出来なかったね」
「今さら言われても…俺は…父親なんてずっといなかったんだから」
あたし抱き締めながら尊がちょっとだけ、泣きそうな声になった。
「その通りだね、僕は君の父親として何も出来なかった」
「…でもアンタ達がいなかったら俺はみのりさんに会えなかったから」
「…うん」
「産まれてきて良かったと思ってるよ…」
尊が言ったら。
「その言葉だけで僕は充分に幸せだ」
お父さんが片手でちょっと。
眼の端押さえた。
「後悔しか無かった人生でも最期に帳尻は合うもんなんだな…」
そう言って静かに笑ったお父さんは。
もう何日もしない後に。
物静かな人らしく。本当に静かに。
眠りについた。
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