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そのきゅう
そのきゅう-8
しおりを挟む山あいの静かな場所。
少しだけ開いた窓の隙間からどこかで鳥の鳴く声がする。
街中で聴くことの無い鳴き声は、窓から見える木立の風景に日常とは離れた静かな世界を認識させる。
「来てくれてありがとう」
柔らかい日差しの中穏やかな声で。
その人はベッドに身体起こして静かに笑った。
「座って」
勧められて尊と二人、椅子に腰降ろす。
尊は眼逸らして黙ったまま。
「すっかり大人になったね、瞳子そっくりだ。君が結婚する歳になったんだから僕も歳取るはずだ」
「初めまして。みのりです」
尊がなにも言わないから自分で自己紹介。
「そうか…孫が出来る歳になったんだなあ…」
あたしのお腹見てにっこりした。
「もうどっちが産まれるかわかってるのかな?」
「あ、それは産まれるまでお楽しみで」
尊が答えないからあたしが答えたら、お父さんがちょっと笑った。
「名前は考えてるのかな?もう決まった?」
「あはは…今考えてる最中です」
「そうか。僕達も尊の名前考える時は大変だったなあ」
「ご両親で考えられたんですか?」
尊は黙ったまま。
「尊の名前はやっぱり僕が日本史好きなのもあったけど」
「あ、じゃあヤマトタケルですか?」
会話するあたし達を尊がちょっと見た。
「うん、そうだよ。強く逞しく人を尊び自らも尊ばれる人になってほしい、てね」
尊の名前にはそんな気持ちが込められてたんだね。
尊、お父さんとしゃべりなよ。
黙ってないでさ。
「僕は…研究に明け暮れて家庭を築けなかったけど。尊はちゃんと良いダンナさんかい?」
「はい」
「良い奥さんで良かったよ」
「アンタに言われる筋合いないよ」
急に発した尊の言葉にお父さんがちょっとびっくりして。
「僕には君の父親の資格はとうに無かったね」
「尊!」
「良いんだよ。それが僕が選択した人生なんだから」
ダメだよ尊。お父さんとちゃんと話そうよ。
もう。
会えないかも知れないんだよ。
「…僕は君の人生に関わる事を放棄した。だけどずっと後悔し続けてきた。許して欲しいとは言え無いけど…」
お父さんはただまっすぐ前を見て。
「こうやって一人で最期を迎える事になったのは、君の側で君を愛せなかった罪の償いだと思ってる」
尊がお父さんの顔見た。
「君は一生懸命、幸せに…僕の勝手なお願いだ」
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なんか言おうよ!
「俺はすげえ幸せだから」
尊が言ったら。
「うん、良かった」
お父さんはあたし達が部屋出る時。
「僕はきっとその子には会えないけど。名前が決まったら教えてね」
笑った。
「尊…もっとちゃんと話そうよ。もっかい部屋行こう?」
建物出て。尊が黙ったままあたし抱き締めた。
「尊…」
「…いいんだよ、もういい…」
小さく震えながら抱き締めるから。
尊が泣き止むまで。
あたしも尊を抱き締めた。
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