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そのじゅうよん

そのじゅうよん-10

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『尊さん、今入院してて』

「入院?」

『たいした事ないんですけど』

龍二くんが、ちょっと息をつく気配がした。

『眠ってる時にずっとみのりさんの事呼ぶから。俺我慢出来なくて』

「あたしを」

呼んでるの?

尊が?

『お願いです。尊さんに会って下さい』

「先生」

電話切って振り向くと。

松本氏の渋い顔。

「すみません。松本さん。あたし急いで帰らないと」

「授賞式始まります」

「帰らないと」

「先生」

「尊がっ!呼んでるからっ!」

松本氏がため息ついた。

あたしから少し眼、逸らして。

「…僕が」

松本氏がなによ。

「彼と話して」

松本氏には感謝してる。

「貴女の作家としての将来を守る為に離れると。自分がそばにいると貴女の将来の道に傷がつくから、と」

あたしを育ててくれた。

「彼が自分から。そう言いました」

「松本さん。あたしの文章は。あたしの小説は」

松本氏が顔上げた。

「つまらないスキャンダルで潰れてしまうほど弱いですか?あたしは、そんなにつまらない噂で潰れるような小説を書いてますか?」

ため息つきながら、頭振った。

「天海さん。僕にとって、貴女は大切な人です」

まっすぐあたしを見る。

「僕は、天海瞬を大切に想っています」

少し苦笑いして。

「授賞式、代わりに出ておきますよ」

て、言った。

ホテルに急いで荷物取りに行って。

着物脱ぎたいけど時間もったいない。

空港までタクシーとばして。

空いてる飛行機乗った。

ホントに。

あたしを待ってるのか。

あんだけ一緒にいて。

あんだけ一緒にいたのに。

酷いこと言われて。

閉じ込めてないと耐えられないくらい。

泣いたのに。

忘れた、と。

思い込んで。

過ぎていく時間と一緒に。

もう、思い出すことないと。

そう思ってたのに。

それでも残り続けてた。

あの時間の記憶。

一緒にいた、あの優しい笑顔。

あたしの中に居座り続けて消えてほしくても。

どうしても消えてくれなかった。

やっぱ龍二くんの勘違いなんやないの。

会ったら。

またひどい事言われて。

そうやったらどうしよう。





病院に着いて教えられた場所に行くと。

龍二くんがいた。

「なんか大事な用があったんですか!?」

着物のあたし見てびっくりした。

「うん。ま、ちょっとね…」

あのひとは?

聞こうとするのに。

その名前言うの躊躇ってしまう。

「今眠ってます」

龍二くんが微笑んだ。

ああ。龍二くんだ。

顔見て龍二くんの存在を改めて思い出す。

「別に病気じゃないんです。過労で倒れて」

過労、って。働きすぎか?

「ごめんなさい。みのりさんを呼び出して」

龍二くんがぺこりと頭下げた。

「…眠ってる時にずっとみのりさんの名前、呼ぶから」

夢でも。

みてんのかね。

「勝手な事して怒られんのはわかってるけど。どうしても俺、みのりさんに会わせてあげたくて」

尊さん見てるのツラいから。

龍二くんが言った。

「過労ってなんで?」

「少し前からお母さんの仕事手伝いだして。昼も仕事してるからあんま寝てなかったみたいで」

瞳子さんの仕事?

そりゃまた。なんで。

「どうぞ。まだ寝てますけど」

龍二くんが病室のドア開けた。

二人部屋で一つのベッド空いてる。

もう一つのベッドに。

点滴繋がれて。

眠ってる。

忘れたくて忘れたくて。

忘れようと頑張ったのに。

あたしの中から。

どうしても消えてくれなかった。

ベッドに腰かけてほっぺたそっと触った。

髪が前より短くなってて。

少し痩せた。

「…みのりさん」

小さい声であたしを呼びながら。

「みのりさん」

何度も。

あたし呼びながら。
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