なぜか愛してくるイケメン年下セフレと事後メシを食べる話

１ 冬のカツ丼定食

七* ことの最中の会話

　はあ、満たされた。こんなに心身ともに満たされるなんて初めてかもしれない。昨日からすごい。明日からまた頑張れる。
　昨晩からの半日の記憶をよすがに、このまま一生がんばれそう。
　朝の光が眩しい。

「あー、美味しかったー！」

　店を出て冬くんは伸びをしている。
　朝の街は空気が冷たくて新鮮だ。伸びをする冬くんの手足は長く、背は高く、周囲から注目を浴びている。
　俺は冬くんを駅まで送っていった。
　改札近くの柱のそばでこそこそ向かい合った。駅は大混雑。
　冬くんはなんだかそわそわしてる。
　俺の頬に触れそう。そんなに近づかれたら、浄水器買っちゃうよ。他になにを買えばいいんだろう。壺とか。羽毛布団とか。あっ、現金渡さないと……。
　財布を取り出そうとしたときだった。冬くんの手が人目から隠れるみたいに顔に覆いかぶさる。一瞬、唇同士が触れた。
　！？
　何が起きた！？

「すみません！　寂しくなって……もう帰らないといけないかと思うと、キスしたくなって……こんな場所で、すみません……」

　冬くんは照れくさそうにつぶやいた。
　俺は気づいたら泣いていた。
　涙がぼたぼた落ちてきて、慌ててダッフルコートの袖で拭う。

「えっ、えっ！？」
「すごい……こんな夢が見られるなんて……。あの、これ、俺の手持ちです。二万しかなくて、ＡＴＭいったらもっと下ろせるから、時間さえよければ」
「…………えっ」

　え？
　冬くんの表情が固まっている。
　足りなかったのだろうか。
　桁が違うだろうか。二十万円。おろせる。ごめん、二百万円となると、定期預金を平日に銀行窓口で解約しないといけない。

「え、どういう……？」

　なんだか戸惑っているみたいな冬くん。戸惑っていてもかっこいい。

「こんな、俺みたいな陰キャ野郎と、寝てくれて、すごく気持ちよくて、楽しくて、嬉しくて……！　俺、一生の思い出になりました……！　本当にありがとうございました！　一生応援してます！」
「えっ、待って、いや、俺もすごく……楽しくて、ごはんもすごく美味しかったし……」

　俺はほっと胸を撫で下ろした。

「楽しんでもらえたなら、案内できてよかったです！　ありがとう！　本当にありがとうございました！」

　冬くんが片手を出してきたので、俺はその手を両手で握りしめ、語彙がなくなりつつある中、精一杯にお礼をいう。
　こんな経験、これから先はできない。
　冬くんは複雑そうに目を細めながら、少し笑った。

「……はい。あの、あの、花火くん。俺、また来週、大阪に出張予定です」
「そそそそうなんですね。美味しいお店が必要なら、お知らせします……！」
「あ、ですね。ぜひ教えてください。さっき言ったとおり、俺、方向音痴で、一人で辿り着ける自信がないです」
「わかりました！　できるだけわかりやすくお伝えできるように頑張ります！」
「……」
「本当に、俺、すごく幸せでした。冬くんの貴重なお時間をくださって、ありがとうございました！」

　でも、二万円は受け取ってくれなかった。
　冬くんは言った。

「ホルモン焼きがいいです」
「了解しました！　リストアップしておきます！」

　冬くんは早口で言った。

「あと、お好み焼きと、たこ焼きと、こっちのラーメンも食べたいし、串カツ、おすし、うどんもまた食べたくて、しゃぶしゃぶとか、豚まんも、そうだ、焼き立てのチーズケーキも……」
「ぜんぶリストアップしておきます！」
「あの、なんか、誤解が……。あー、時間だ。あの、花火くん」
「ん？」
「……花火くん、セックス中の会話、覚えていないほうですか？」
「えっ？」

　もちろん、すべて覚えている。今朝からずっと反芻してるし。気持ちよすぎて記憶が薄い部分もあるけれど。
　冬くんの真剣な眼差しにとろけそう。時間が許す限り見つめ合っていたい……。俺しか得してないな……。

「……お金はいらないので、来週は土日あけてもらえますか。食い倒れツアー、花火くんに、連れていってもらいたいです」
「ひぇっ！　いいいいいの！？」

　また会えるの！？　本当に！？
　だけど、冬くんはうかない顔をしている。ど、どうしてなんだろう。
　冬くんはため息を吐いた。

「どうしてなんだろう……」




〈カツ丼　終わり〉