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1 冬のカツ丼定食
六 隣の推し
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心斎橋、十時。
行きつけのお店。会社の近くだから週三以上の常連。
値段は安くて出汁が美味いけど、きれいとは言い難いし、客は立ち食いみたいに入れ替わり立ち代わりで、カウンター席だけだし、ゆっくり食べられるわけでもないし、大阪は安くて美味しいものは多いけれど、もっと美味しいメニューはいくらでもある。もちろん俺が出すし。
いいのかな。こんな安いお店で。
連れて行ってあげると、冬くんは嬉しそうだった。
「俺、方向音痴で、お店に辿り着けないんです。連れて来てもらえて嬉しいです」
「そうなんだ……」
方向音痴でさえも長所。
俺は冬くんと一緒にカウンター席に並んで座る。えへ。推しと隣の席。
中途半端な時間帯なので混雑はしていないものの、そこそこ客が入っている。客はほとんどがオッサンで、若い人もいるけど、冬くんは若い上にとんでもない容姿の持ち主で、掃き溜めに鶴。
「花火くん、カツ丼ですか?」
「あ、うん。カツ丼定食。おすすめ……です。セットの麺が選べて……。俺は天ぷら蕎麦で……。あっ、蕎麦もうどんも美味しいです。出汁が良くて……」
「あ、じゃあ、俺もカツ丼定食……あ、温かいうどんで」
「カツ二、ミニ天そばいち、ミニうどんいち!」
と、カウンター越しに注文を受けた店員さんの快活な掛け声。
俺は置いてあるピッチャーから冷たい麦茶をコップ二つに注ぎ入れ、ひとつを冬くんに渡した。
「ありがとうございます」
「いえっ、こちらこそ、ありがとうございます」
「?」
俺の隣に、本当に、推しが座っている……。しかも、俺は、昨晩も今朝も、このイケメンとセックスした。すごいしまくった。
はわあああ。
そんなことある!?
「敬語じゃなくてもいいですよ」
冬くんは、優しくはにかんだ。
「俺も敬語じゃなくてもいいですか」
「ぜぜぜぜんっぜん、大丈夫です」
カツ丼定食が二つ届いた。割り箸を割って、二人でいただきます。
ひとくち口に入れて、冬くんは感嘆。
「美味しい……!」
見上げると、カツ丼をかきこみはじめた冬くんと目があった。
明るい店内で見るとさらに男前に見えるの凄い。ふつうは、多少あらが見えるものなのに。すんごく美味しそうで、嬉しそうに目を細めている。かきこみ具合がガチ。
おなかすいてたんだ。
そりゃそうだよ。どうして気づかなかったんだよ、俺。俺は幸せを堪能させてもらったけど、冬くんに気を遣うべきだったよ。
俺に見られて恥ずかしそうにしている。
俺は慌てて冬くんを見ないように目をそらした。
「花火くんの外食っていつも美味しそうですよね。このカツ丼定食、時々載せてるから、ずっと気になってました」
頻繁に来てる。親子丼とかけそばの組み合わせか、カツ丼定食。
かすうどんとおにぎりも好き。全メニュー制覇してるはず。
「こっち来たら絶対食べたいと思って。関西の出汁って見た目は薄いですけど、旨味は濃いですよね」
「そそそう」
「俺、ふだん横浜なんですが、生まれは神戸で、なんだか懐かしいです」
神戸や横浜っていう海辺のおしゃれな街が似合う冬くん。
いや、たとえ西成でも、冬くんがいるならどこでもおしゃれに見えるのではなかろうか。
神戸生まれなんだ。冬くん。出身地非公開だから知らなかった。新しい情報ゲット。
セックスできたこと。一生この思い出だけで食べていけそう。食べながらずっと反芻してる。
「神戸、俺も、住んでました」
「えっ! どこに?」
「ひ、東灘……」
「いつ頃ですか? 俺、神戸は六歳までで、転勤族だったんですよ。親が全国勤務で」
「去年かな。ぎり一昨年かも……」
転勤族ってことは俺と同じだぁ。
「た、た、た、大変だよねぇ。転勤族」
「転校ばっかりで嫌だなーと思っていたのに、俺も転勤族になっちゃいました」
でも冬くんが転校してきて同じクラスになったとしたら大フィーバーだと思うよ。
今もイケメンだけど、幼少期だって絶対にかっこよかっただろうし、生まれ落ちたときから将来が楽しみなほど輝いていたに違いない。ぴっかぴか。目の大きさとかそのへんのひとと全然違うもん。
「お、俺も転勤ありだよ。近畿エリア」
「そうなんですね。俺も次は近畿がいいな」
推しが俺の住んでいるエリアに……!
「ごちそうさまでした。そろそろ出ましょうか」
「あ、っ、うん」
のれんをくぐって店を出た。
行きつけのお店。会社の近くだから週三以上の常連。
値段は安くて出汁が美味いけど、きれいとは言い難いし、客は立ち食いみたいに入れ替わり立ち代わりで、カウンター席だけだし、ゆっくり食べられるわけでもないし、大阪は安くて美味しいものは多いけれど、もっと美味しいメニューはいくらでもある。もちろん俺が出すし。
いいのかな。こんな安いお店で。
連れて行ってあげると、冬くんは嬉しそうだった。
「俺、方向音痴で、お店に辿り着けないんです。連れて来てもらえて嬉しいです」
「そうなんだ……」
方向音痴でさえも長所。
俺は冬くんと一緒にカウンター席に並んで座る。えへ。推しと隣の席。
中途半端な時間帯なので混雑はしていないものの、そこそこ客が入っている。客はほとんどがオッサンで、若い人もいるけど、冬くんは若い上にとんでもない容姿の持ち主で、掃き溜めに鶴。
「花火くん、カツ丼ですか?」
「あ、うん。カツ丼定食。おすすめ……です。セットの麺が選べて……。俺は天ぷら蕎麦で……。あっ、蕎麦もうどんも美味しいです。出汁が良くて……」
「あ、じゃあ、俺もカツ丼定食……あ、温かいうどんで」
「カツ二、ミニ天そばいち、ミニうどんいち!」
と、カウンター越しに注文を受けた店員さんの快活な掛け声。
俺は置いてあるピッチャーから冷たい麦茶をコップ二つに注ぎ入れ、ひとつを冬くんに渡した。
「ありがとうございます」
「いえっ、こちらこそ、ありがとうございます」
「?」
俺の隣に、本当に、推しが座っている……。しかも、俺は、昨晩も今朝も、このイケメンとセックスした。すごいしまくった。
はわあああ。
そんなことある!?
「敬語じゃなくてもいいですよ」
冬くんは、優しくはにかんだ。
「俺も敬語じゃなくてもいいですか」
「ぜぜぜぜんっぜん、大丈夫です」
カツ丼定食が二つ届いた。割り箸を割って、二人でいただきます。
ひとくち口に入れて、冬くんは感嘆。
「美味しい……!」
見上げると、カツ丼をかきこみはじめた冬くんと目があった。
明るい店内で見るとさらに男前に見えるの凄い。ふつうは、多少あらが見えるものなのに。すんごく美味しそうで、嬉しそうに目を細めている。かきこみ具合がガチ。
おなかすいてたんだ。
そりゃそうだよ。どうして気づかなかったんだよ、俺。俺は幸せを堪能させてもらったけど、冬くんに気を遣うべきだったよ。
俺に見られて恥ずかしそうにしている。
俺は慌てて冬くんを見ないように目をそらした。
「花火くんの外食っていつも美味しそうですよね。このカツ丼定食、時々載せてるから、ずっと気になってました」
頻繁に来てる。親子丼とかけそばの組み合わせか、カツ丼定食。
かすうどんとおにぎりも好き。全メニュー制覇してるはず。
「こっち来たら絶対食べたいと思って。関西の出汁って見た目は薄いですけど、旨味は濃いですよね」
「そそそう」
「俺、ふだん横浜なんですが、生まれは神戸で、なんだか懐かしいです」
神戸や横浜っていう海辺のおしゃれな街が似合う冬くん。
いや、たとえ西成でも、冬くんがいるならどこでもおしゃれに見えるのではなかろうか。
神戸生まれなんだ。冬くん。出身地非公開だから知らなかった。新しい情報ゲット。
セックスできたこと。一生この思い出だけで食べていけそう。食べながらずっと反芻してる。
「神戸、俺も、住んでました」
「えっ! どこに?」
「ひ、東灘……」
「いつ頃ですか? 俺、神戸は六歳までで、転勤族だったんですよ。親が全国勤務で」
「去年かな。ぎり一昨年かも……」
転勤族ってことは俺と同じだぁ。
「た、た、た、大変だよねぇ。転勤族」
「転校ばっかりで嫌だなーと思っていたのに、俺も転勤族になっちゃいました」
でも冬くんが転校してきて同じクラスになったとしたら大フィーバーだと思うよ。
今もイケメンだけど、幼少期だって絶対にかっこよかっただろうし、生まれ落ちたときから将来が楽しみなほど輝いていたに違いない。ぴっかぴか。目の大きさとかそのへんのひとと全然違うもん。
「お、俺も転勤ありだよ。近畿エリア」
「そうなんですね。俺も次は近畿がいいな」
推しが俺の住んでいるエリアに……!
「ごちそうさまでした。そろそろ出ましょうか」
「あ、っ、うん」
のれんをくぐって店を出た。
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