なぜか愛してくるイケメン年下セフレと事後メシを食べる話

みつきみつか

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1 冬のカツ丼定食

一 冬くんと浄水器との関係

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 大阪、某歓楽街。
 一月。金曜日の午後七時。
 日は落ちて寒い。なのに街は明るくて、あまりの混雑具合に暑い。
 この街はいつも華やかで、賑やかで、活気と熱気に包まれている。街路樹のイルミネーションさえかすむほど色とりどりにきらきらと輝いている電飾とカップルだらけの夜の街だ。
 学生時代のあだ名はメガネかネクラだった俺とは正反対で、そして無関係な街である。
 仕事で通りがかるたび、居た堪れない気分になって足早に過ぎ去りたくなるのに、どうして待ち合わせ場所に指定してしまったんだろう。
 わかりやすいから。ホテル近いし。以上。

「はぁ……」

 ため息。
 本当に来るのだろうか。冬くん。
 今夜、初めて会う。約束をしている。
 というか、冬くんは本当に実在するのだろうか?
 何しろ、SNSでしか見たことがない。実はBOTとか?
 いや、声は聞いたことある。配信。何周聴いたかわからない。直接通話したこともある。だから、存在はするのだと思う。
 もしくは俺の知らないうちに、AIは、それと気づかないほど流暢な日本語をイケボで喋るようになった可能性もある。世界のITは日進月歩なのである。いや、ふつうに、業者かもしれない。
 業者。詐欺業者。
 だって、冬くんはかっこよすぎる。
 俺の憧れ。
 塩顔系のあっさりした小顔に、涼しげな目元。色気のある雰囲気で、実力派俳優を思わせる。ノンケっぽく見える。
 どんな服でも似合うって、いったいどんな骨格なんだろう。
 冬くんとの待ち合わせ時刻は午後八時だ。
 まだ一時間近くある。
 今日は朝からいつもの倍速で仕事を終わらせ、待ち合わせ場所にやってきた。
 緊張しすぎて、午後を回ったぐらいからずっと手が震えていた。ヤク切れの禁断症状に苛まれているひと状態で、職場では腫物を見る目で遠巻きにされていた。いつものことだけど……。
 冬くん。身長は百八十センチメートル。体重は六十二キロで細身です。
 今夜はダークグレーのトレンチコートに、ライトグレーのスーツ、ネイビーのネクタイをしています。黒髪のミディアムパーマ。眼鏡をかけています。
 とDMに書いてあった。原文ママ。暗唱できる自分がキモい。でもだって、五十回ぐらい読んだんだもん。我ながらキモ。生きててすみません。
 俺より十歳も年下の二十三歳。SNSで大人気のファッション系インフルエンサーなサラリーマン男子。
 俺もメガネだ。だが、冬くんはきっと、吐き捨てられるようにメガネと呼ばれる人生など経験どころか想像したこともないに違いない。おいメガネ! という感じだ。
 たとえ同じフレームを掛けていても、俺は視力矯正以外の何ものでもなく、冬くんはおしゃれで知的で仕事ができそうで色気があって外すとギャップで腰砕けで、ありとあらゆる賛辞を矢継ぎ早に贈られるスーパーイケメガネである。
 そうだ。詐欺業者の可能性が濃厚になってきたんだった。高額請求されるとか。宗教勧誘、マルチ勧誘の可能性もある。というか、そのどれかに違いない。
 どうしよう。でも冬くんに誘われたら入信しちゃうかもだ。カモだけに……。

「花火くん?」

 声をかけてきたひとがいて、俺は慌てて振り返る。
 振り返った途端、あまりの眩しさに目がくらんだ。
 華やかだけど引き換えみたいに下品で汚いこの街に不釣り合いな超絶イケメンが、天の采配ミスのように路上に佇んでいる。眩しい。本物って後光が差すんだ。目がちかちかする。
 事前情報そのままの、SNSでアップされる写真にうつるそのものの冬くんが、あろうことか俺を見つめている。
 わかりました。
 いますぐ入信します。

「ふふふふふゆくん」

 声が上擦った。陰キャだから。

「はい。毛糸の帽子に黒のダッフルコート。すぐ見つけました」

 三十三歳にもなって、こんな受験生みたいな格好をしているのは、この場所に俺だけだ。半径百キロ以内でもっとも野暮ったい自信がある。
 メガネも黒縁だし、逆に目立つほどだ。もちろん悪い意味で。

「中はスーツですね? お仕事、お疲れさまです」

 ふわりと微笑む冬くんに首元を覗き込まれて、俺はいくらでも貢いでしまいそう。
 冬くんの成績のためなら、どんな浄水器でも羽毛布団でも健康食品でも破産するほど買いそう。俺を財布にしてくれ。

「すみません。急にお誘いして」
「いえいえいえいえい!」
「じゃあ、行きましょうか」
「えっ、えっ」

 手をとられて、頬に口づけるような仕草。耳元で囁かれる声。
 いいにおいがする……。午後七時の仕事終わりにいいにおいがするってどうしてなの? 汗腺さえもイケメン仕様なの? ディフューザーなの?

「ホテル。今夜、花火くん、抱いていいんですよね?」
「えっ、あっ、うっ、じょ、浄水器!?」
「浄水器?」

 冬くんは苦笑しながら怪訝そうに首を傾げている。その仕草でさえもよく似合う。何をしても似合う。そして何もしなくても似合う。初めて知った。

「えっと、ミネラルウォーターならホテルにあると思いますが、念のため、コンビニに寄りますか?」
「いえっ……」

 本当に、冬くんは実在した。BOTでもAIでもなかった。

「一応、ゴム持ってきてますけど、買っておきましょうか。いくつ使うかわかりませんし」
「ひゃい」

 今夜セックスするという約束だって本物っぽい……。俺のつまらない人生は今夜のためにあったんだ。詐欺だろうが宗教だろうがマルチだろうが、もうなんでもいい。
 


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