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第五章
一 真夜中
しおりを挟む一
『すみません、こんな夜中に』
Bさんは電話越しに、疲れた声で言った。何時だろう。見ていなかった。枕元のスマホで時刻を確認すると、午前様だ。
先ほどBさんからおやすみなさいというメッセージが届いたので、すぐにおやすみなさいと返信したところ、まだ起きてますか? と訊ねられ、はいと答えたら電話がかかってきた。
近頃、俺は枕元にスマホを置いて寝ていて、真夜中にメッセージがあるのを見越して、メッセージが届いたらすぐに起きられるようにしていた。
「いえ……大丈夫です……」
『寝てましたね。ごめんね』
「平気です、切らないで……」
『切りません。声が聞きたくて』
ゆっくりと落ち着いたトーンで話すBさんの声のおかげで眠気は取れない。
『Aくん、僕、休みをとるので、どこかに旅行でもどうでしょうか』
「……Bさんと俺で?」
『Aくんが一緒に行ってくれるなら、ですが』
「行きたいです」
途端に眠気が吹っ飛ぶ。どこかへ行くのは、水族館のあとの映画以来だ。暗闇で手を繋いだ。
あれから二ヶ月が経っている。合間に自宅デートも一度して、そのときはキスもした。
かといって付き合っていると明言はしていない、恋人未満の関係である。
『じゃあ、決まり』
「はい!」
『もしよければ、一泊二日で』
「どこにしますか!?」
Bさんは嬉しそうに笑っている。
『Aくんとならどこでも……Aくんは?』
「俺も、どこでも……!」
大事なのはどこへ行くかではなくて誰と行くかだ。
Bさんと会って話せるのなら、素晴らしいリゾート地でなくて、近所の公園でもよかった。コンビニの前でも、そのへんの居酒屋でも、なんでもいい。
時間だって、一泊二日なら嬉しいけれど、もっと長時間そばにいたい気持ちもあるし、叶わないならば五分でもいい。
Bさんは働き詰めで時間がない。俺も会社員として拘束時間が長いので、平日はすれちがいばかりだ。Bさんはほとんど休みがない。
『……考えごとをしながら歩いていたら、Aくんの家の近くにいたりします』
「出ます!」
『急に、すみません。五分だけ』
「すぐ行きます!」
近くのコンビニの前で待ち合わせを約束して、俺は電話を切った。
慌てて寝間着を脱ぐ。髪の毛がはねているのをなんとか梳いて直した。
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